日本の映画産業は長らく国内市場を中心に展開し、国際的に評価される作品においても海外の制作会社やクリエイターと組んで制作する事例は多くなかった。しかし近年、海の向こうに活路を見出そうと、機会をうかがう若手作家やプロデューサーが、海外映画祭のマーケットや企画開発ラボに積極的に参加する動きが広がっている。
そうした動きを後押しすべく、文化庁の補助金によって独立行政法人日本芸術文化振興会に設置された「文化芸術活動基盤強化基金(Japan Creator Support Fund)」(通称「クリエイター支援基金」)のもと、文化庁・日本芸術文化振興会・ユニジャパンの主催によって 、若手クリエイターの海外展開を長期的に支援するプログラム「Film Frontier」が立ち上がった。
Film Frontierの支援は、「海外渡航プログラム」「長編アニメクリエイター支援」「滞在型企画開発」の3つの柱で構成されている。単なる資金提供にとどまらず、クリエイターに伴走しながら長期的な支援を行う点に特徴がある。
Film Frontierが特に重視するのは、オリジナル企画の開発支援だ。構想の発展、脚本執筆 、資金調達のための資料やパイロットフィルムの制作など、映画は制作に入る前から多くの資金を必要とする。資金調達には、足しげく海外マーケットに参加し、人脈を広げる必要もあるが、その渡航費を捻出するのも容易ではない。同プログラムは、その苦しい時期を下支えするものだ。
実際にFilm Frontierの支援はどう機能しているのか。現在オリジナル企画を開発中の2組のチームに話を聞いた。
セルビアに5ヶ月滞在『Bomb Beneath the Lake』

Film Frontierの「海外渡航プログラム」に選出されているたかはしそうた監督は、2026年11月までの5ヶ月間、セルビアのスボティツァに滞在している。彼は、現在セルビアを舞台にした映画『Bomb Beneath the Lake』の企画を開発している最中だ。
たかはし監督は13年前に初めてセルビアを訪れて以来、この国の風景や文化に魅了され、いつかここを舞台に映画を撮りたいという思いを強めていた。そして、スボティツァの近くにあるパリチ湖にかつての戦争の不発弾が眠っているという噂をもとにした構想を思いつく。
「いつ爆発するかわからないものを湖の下に抱えているというのは、一触即発でいつ戦争が起きるかわからない状況や、災害と隣り合わせで生きる人々などのメタファーになり得るんじゃないかと思いました」

たかはし監督がFilm Frontierに申し込んだ理由
なぜ、Film Frontierの支援プログラムに申し込んだのか。たかはし監督はこう語る。
「僕は映画を作る時に、舞台となる場所に実際に住んでみるようにしています。現地に滞在することを前提にした資金の支援というのは少ない。普通の助成金は脚本があってそれをもとに審査しますが、脚本の前段階の開発を、しかも滞在も含めて 支援してくれるプログラムがあると知って、応募したいと思いました」

企画開発のために、たかはし監督は具体的にどんなことをやっているのだろうか。
「まずは現地で色々な場所を見に行きます。パリチ湖はもちろん、90年代の戦争中にNATOの空爆を目撃した方にも取材しています。
また、隣接するルダシュという地域の湖で亀の調査をしている自然保護団体の話などを聞くことができました。こういう話を積み重ねていくと物語が次第に生まれてくるんです」
実際に現地を見て、話を聞くことで企画はどう発展していくのだろうか。
「例えば、空爆目撃者は暗いトーンで体験を語ると思っていたんですが、割と明るく話してくれるんです。この体験を色々な人に知ってほしいという気持ちを持っているんだと感じました。やはり、現代の日本人とは戦争の距離感が違っており、そういう人の語りを直接聞けたことは確実に役立っています。
もう一つ具体的なエピソードとしては、ロマの女性に関するものです。ロマの女性は義務教育が終わって2、3年以内に結婚、しかも家族同士が決めることが多いそうです。そういう風習に対して、女性たちは反発を覚えているのかと思い、支援団体の方に尋ねたら、必ずしもそうではないと言うんです。そうした話を聞くことで、内容の方向が変わっていきました」
資金だけでなく言語習得のサポートも
さらに、現地滞在やマーケット参加の資金だけでなく言語習得のためのサポートも受けていると、本企画のプロデューサーである村上知穂氏は語る。スボティツァはセルビアの中心部から離れており、英語ができない人も多い。現地取材のため、たかはし監督はFilm Frontierのプログラムが開始されてすぐ、大学で行われているセルビア語の講義に参加させてもらったという。資金だけではなく、企画開発に必要なスキルの習得も同時に支援するのが、Film Frontierの特徴だ。
また、海外でのピッチをともに経験する機会が得られたことでプロデューサーと監督の相互理解が深まったと村上氏は語る。

「日本人監督がセルビアで、しかも政治的緊張の風刺を含む映画を撮るというのは、チャレンジングな企画だと自分でも思います。それでも実現に向けて動き出せていること自体、支援のおかげだと思います。監督とネナド(・ミトロヴィッチ。もう一人のプロデューサー)と3人でカンヌに行って、ピッチをしたのですが、3人の関係性が深くなり、セルビアにも3人で行き時間を共有したことで、アイデアやイメージを共有しやすくなりました」
伴走支援で企画が具体化『国道7号線』

『国道7号線』は、秋田県の国道7号線沿いに住んでいたチョン・ジニョン監督が地図を眺めていたある時、海を隔てた韓国にも同じ名前の国道を発見したことで着想した企画だ。
主演のソウジ・アライ氏が吉原裕幸氏を監督に紹介し制作した短編映画が国内外の映画祭で高く評価され、長編映画化のための 企画のブラッシュアップと国際パートナーを求めて、足しげく海外に渡航している。

支援によって現実味を帯びたドイツ要素の追加
Film Frontierに選出されたのはプロデューサーの吉原氏だ。彼は、ユニジャパンによる 伴走支援が決め手となって応募したと語る。
「企画を前に進めるいい方法はないかと探して、開発支援プログラムを探していました。実は別の開発支援にも通ったんですが、Film Frontierは単にお金を渡して終わりじゃなくて、長期的に伴走支援してくれるというので、こちらを選んだんです」
伴走支援のおかげで、企画に具体性が生まれてきたとチョン監督は語る。彼らは、短編から長編へと企画を発展させる中、日本と韓国だけではなく、ドイツも舞台に加えることを選んだ。

チョン「もともと、7号線の7という数字からスロットマシンのスリーセブンを連想して、もう一か国あった方がいいと思っていたんです。そこでふさわしいのはかつて分断されていたドイツかなと。でも予算の面でドイツに行って撮影するのは、短編の時は現実的ではありませんでした。
今進めている長編の企画では、ドイツを拠点に活動する脚本家にも参加してもらう予定です。その脚本家は、ウディネのフォーカスアジアというマーケットで、日系ブラジル人プロデューサーの知り合いに紹介してもらったのですが、日本とイタリアのミックスルーツでベルリンを拠点に活動しているんです。日本語も少し話せるし、僕らとしては最適な人材。支援がなければ、そういう人とも出会うことはできなかったと思います」
ブートキャンプで企画を発展
Film Frontierでは、渡航先でのミーティングのセッティングも行っているという。ベルリン国際映画祭のマーケットでは、AFAN(Asian Film Alliance Network)の事務局長であるローナ・ティー(Lorna Tee)氏とミーティングする機会をもらった。その後、AFANのブートキャンプに参加することになり、さらなる企画の発展の機会につながった。
吉原「初稿は完成していたのですが、ブートキャンプでの指摘を受けて、一度トリートメントに戻すことにしました。それまでは男性主人公が1人の設定でしたが、日本・韓国・ドイツそれぞれのチャプターに主人公を1人ずつ置く構成にしました」
特に印象深いアドバイスは、「説明に終始してしまっている」という指摘だったという。
吉原「この企画はコンテクストが多いんです。日本、韓国、在日、北朝鮮…。海外の人からすると、その関係性がわかりにくい。だから丁寧に説明すべきだと思っていたんですけど、『そうじゃない、ストーリーを伝えてほしいんだ』と言われて」
AFANのブートキャンプでは個別ミーティングが行われ、脚本に関するメンターが2人、制作全般のメンターが2人と、4人からアドバイスを受けられる体制で多角的な助言を提供しているという。こうしたフィードバックがもらえるのも、支援のおかげで躊躇なく海外に行けるからだとチョン監督は言う。

良い企画開発にはお金がかかるという認識が広がってほしい
2組は、いずれも開発支援をうまく活用して、日本国内だけでは実現困難な企画を前進させている。開発段階で積極的に海外に行かなければ、企画は停滞してしまっただろう。
たかはし監督は開発支援の重要性をこう語る。

「企画開発という段階は、アイデアを考え形にしていく時間です。アイデアを考える作業は一見すると、何もしていないように見えるかもしれません。でも、映画作りに確かに必要なプロセスなんです。Film Frontierの支援があるおかげで、贅沢にその時間を使わせてもらえていると感じています」
プロデューサーの吉原氏と企画開発を進めているチョン監督は、企画開発にはお金がかかるという認識が当たり前になってほしいと語る。

「企画開発費を支援してもらって映画の準備をするのは初めてですが、やっぱり良いものを作ろうと思うなら、準備段階にお金をかけることが必要だなと実感します。映画の土台はシナリオです。その土台を作ることにお金をかけられなければ、良い映画は生まれにくい。自分の想像力だけではどうしても足りない部分が出てきますから、現地に渡航できるのは大きい。撮影やポストプロダクションにお金がかかるのと同じくらい、企画開発にもお金が必要という認識が当たり前になってほしいです」
両作品とも、来年のクランクインを目指して企画のさらなるブラッシュアップと資金調達に奔走している。将来、この2つの企画がどう具現化して展開されるのか、楽しみだ。









