なぜロヒンギャ語の映画を日本から世界へ届けるのか?『LOST LAND/ロストランド』藤元明緒監督らが語る【イベントレポート】

Branc主催のトークイベント「ベネチア国際映画祭3冠 ロヒンギャ語の映画『LOST LAND/ロストランド』はいかにして世にでたのか Dialogue for BRANC #13」のイベントレポートを公開。全編ロヒンギャ語で展開する映画の資金調達はいかになされたのかについて語った。

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なぜロヒンギャ語の映画を日本から世界へ届けるのか?『LOST LAND/ロストランド』藤元明緒監督らが語る【イベントレポート】
なぜロヒンギャ語の映画を日本から世界へ届けるのか?『LOST LAND/ロストランド』藤元明緒監督らが語る【イベントレポート】
  • なぜロヒンギャ語の映画を日本から世界へ届けるのか?『LOST LAND/ロストランド』藤元明緒監督らが語る【イベントレポート】
  • 渡邉一孝氏
  • 左から:渡邉一孝氏、藤元明緒監督、エリック・ニアリ氏
  • なぜロヒンギャ語の映画を日本から世界へ届けるのか?『LOST LAND/ロストランド』藤元明緒監督らが語る【イベントレポート】
  • エリック・ニアリ氏
  • 藤元明緒監督

4月20日(月)、Branc主催のトークイベント「ベネチア国際映画祭3冠 ロヒンギャ語の映画『LOST LAND/ロストランド』はいかにして世にでたのか Dialogue for BRANC #13」が開催された。

『LOST LAND/ロストランド』は、第82回ベネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門で審査員特別賞など三冠を受賞し、注目を集める藤元明緒監督の最新作だ。世界で最も迫害されている民族の一つとも言われるロヒンギャの人々をキャストに迎え、主要言語をロヒンギャ語として制作された長編劇映画だ。

イベントには、藤元監督、プロデューサーの渡邉一孝氏、コンサルティングプロデューサーのエリック・ニアリ氏が登壇。企画の出発点から、国際共同製作の実務、VIPO支援事業の活用、ベネチア国際映画祭までの道のり、そして映画を通じた社会変革を目指す「インパクト・プロダクション」まで、濃密な対話が繰り広げられた。本稿では、その一部をレポートする。


ロヒンギャの人々と映画を作る──企画の出発点

『LOST LAND/ロストランド』は、ロヒンギャ難民の姉弟の過酷な旅を描く作品だ。藤元監督はこれまで、在日ミャンマー人家族を描いた『僕の帰る場所』、ベトナム人技能実習生を描いた『海辺の彼女たち』など、国境や移動、社会の周縁に置かれた人々を見つめ続けてきた。

企画の出発点について、藤元監督は「10年以上ミャンマーで仕事をし、生活をしてきた中で、ロヒンギャの人々への迫害はずっと見聞きしていた」と語る。しかし、ミャンマー国内でロヒンギャの問題に触れることは非常にタブー性が高く、監督自身も長い間、声を上げられずにいたという。

転機となったのは、2021年のミャンマー軍事クーデターだった。ミャンマーについて映画を通して声を上げる一方で、ロヒンギャの人々が虐殺に直面していた時に、自分は沈黙していた。その事実に向き合うことになった。

「自分はある種、命の区別をしてしまっていたのではないか。その負い目が積もりに積もって、3作目を考えた時に、ロヒンギャの人たちと映画を通して関わりたいと思った」と藤元監督は語った。

実際のロヒンギャの人々に出演してもらうこと、ロヒンギャ語で映画を作ることは、当初から企画の前提だったという。「彼らの実際の経験、眼差し、声を映画として残したい」という思いが、本作の根幹にある。

藤元明緒監督

この企画を最初に聞いた時、渡邉氏は「途方もないなと思った」と振り返る。前例のない企画であり、ロヒンギャの人々をキャストに迎え、海外で撮影し、国際的に届けるまでには、無数の困難が予想された。

それでも渡邉氏は、「どこから始めて、誰とコミュニケーションを取るかを、一つひとつやってきた」と語る。『僕の帰る場所』が各国の映画祭を回り、東南アジアのフィルムメーカーたちと出会い、『海辺の彼女たち』を経て仲間がさらに広がった。その積み重ねが、本作を前に進める土台になった。

印象的だったのは、藤元監督と渡邉氏が語った「しないこと」の重要性だ。たとえばキャスティングにおいて、「ロヒンギャに似ている有名俳優を起用する」といった選択肢は、議論にすらならなかったという。

渡邉氏は、その姿勢こそが信頼につながると説明する。「藤元明緒監督はこれをしない、あれをしない、ということが分かる。だから、この先に大事なものがあるかもしれないと信じやすい」と語った。

制度ではなく“共感の連なり”としての国際共同製作

本作は、日本、フランス、マレーシア、ドイツのプロダクションに加え、ロヒンギャ支援に関わる組織も参加する国際共同製作として完成した。しかし、その座組は、最初から緻密な資金計画に基づいて設計されたものではなかったという。

渡邉氏は、本作の共同製作を「お金の連なりというより、共感の連なり」と表現する。どの国の助成金を取り、どの工程をどこで行うかという制度的な設計よりも、まず作品に共感する人々が現れ、その関係の中で可能性が広がっていった。

渡邉一孝氏

フランスの共同プロデューサーとは、アジアに特化したフランスの映画祭で出会った。ドイツのプロデューサーとは、VIPOの伴走型支援を通じて参加したファーイースト映画祭のプロジェクトマーケット「Focus Asia」で出会った。いずれも単なるビジネス上のパートナーではなく、作品の主題に強いシンパシーを持つ仲間だった。

一方で、国際共同製作の実務には難しさもある。渡邉氏は、ヨーロッパのファンドを活用する際、その資金規模が権利や利益配分に大きく影響しうると指摘する。企画の発祥地や撮影地がアジアであっても、ヨーロッパ側が大きな権利を持つケースもあるという。実際、あるアルゼンチン発の企画では、ヨーロッパ側の資金が大きく入った結果、現地の企画でありながら権利の大部分をヨーロッパ側が持つ形になってしまった例も聞いたという。

エリック・ニアリ氏は、ヨーロッパの制度化された国際共同製作を「ホワイトカラー国際共同製作」と呼び、本作のように不確定要素を抱えながら進む形を「ブルーカラー国際共同製作」と表現した。日本は国際共同製作協定が少なく、毎回新しいスキームを自分たちで作らざるを得ない。難しさはあるが、「まだ正解が出ていないからこそ、やりようがある」と語った。

エリック・ニアリ氏

VIPO支援がもたらした開発・出会い・編集・営業の循環

本作は、VIPO(映像産業振興機構)が運営する海外展開支援事業を複数活用している点でも注目される。

企画開発段階では、海外向けのティザー映像やプレゼン資料の制作支援を受けた。渡邉氏は、ティザーを作れたことで「どうアプローチするか、チームがどう動くかを確認できた」と語る。映像があることで、プロジェクトマーケットでの説明力も大きく変わった。

伴走型支援によって参加した「Focus Asia」では、ヨーロッパの映画祭関係者、セールスエージェント、プロデューサーたちと出会う機会を得た。渡邉氏は、規模の大小にかかわらず、アジア映画に特化した映画祭やマーケットは「親密な関係が作られやすい場所」だと述べる。


藤元監督が「特に良かった」と強調するのが、編集段階の支援「First Cut Lab」だ。編集途中の作品を、映画祭プログラマーやセールスエージェント、海外のプロフェッショナルたちが真剣に観て意見をくれる機会は貴重だったという。

「内部だけで編集していると、だんだん疑心暗鬼になる。自分が大事だと思っている場面を、第三者も大事だと思ってくれていると分かるだけで、編集の強度につながる」と藤元監督は話す。

エリック氏も、自身が関わった『HAPPYEND』で同様のラボを経験しており、「クリエイティブ面だけでなく、セールスや映画祭戦略の面でも非常に役に立つ」と評価した。

左から:渡邉一孝氏、藤元明緒監督、エリック・ニアリ氏

インパクト・プロダクションとは何か?

本イベントのもう一つの大きなテーマが「インパクト・プロダクション」だった。

エリック氏は、通常の作品が興行的利益を目指すのに対し、インパクト・プロダクションは社会的インパクトを目指すものと説明する。藤元監督は、フランスで聞いたというインパクト・プロダクションの四つの役割を紹介した。第一に、当事者だけが抱えていた課題を社会の課題にしていくこと。第二に、上映後のトークなどを通じて対話を生み出すこと。第三に、寄付やボランティアなど具体的な行動につなげること。第四に、議会や国際機関など意思決定の場に作品を届け、政策提言につなげることだ。

エリック・ニアリ氏

本作の場合、ベネチア国際映画祭の直後には、国連総会の時期に合わせ、政策決定者向けの上映や働きかけも行われたという。またフランスでは、アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体と連携し、上映前に専門家がロヒンギャ問題を解説する取り組みも行われている。欧州では議会での上映などが企画されることもあるそうだ。

また、イギリスのThink-Filmなどインパクト・プロダクションを専門にする会社も存在しているという。インパクト・プロデューサーと呼ばれる人もいて、予算にインパクト費が計上されるプロジェクトもある。この10年ほどで映画祭にもインパクト・プロダクション向けのプログラムが増えているそうだ。

藤元監督は、日本にインパクト・プロダクションという言葉はまだ浸透していないが、実践そのものは以前から存在しているとも指摘する。特にドキュメンタリーの分野では、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、上映を通じて社会とつながる取り組みが長く行われてきた。「概念の体系化がされていないだけで、土壌はある」と語った。

また、本作で監督が特に重視しているのは、ロヒンギャの当事者自身が声を発信できる場を作ることだ。日本に暮らすロヒンギャの人々が舞台挨拶に登壇する機会も設けられており、映画が当事者の声を社会へ届ける場にもなっている。

渡邉氏は、フランスの共同プロデューサーから言われた言葉を紹介した。本作は社会問題を説明する映画ではなく、「人間だったらわかるもの」を前面に出している。だからこそ、遠い問題が観客に近づくのだという。

『LOST LAND/ロストランド』は、ロヒンギャの人々の声を映画として残す試みであると同時に、映画が社会に何をもたらしうるのかを問い直す挑戦でもある。

映画『LOST LAND/ロストランド』は4月24日(金)より全国公開中。まずは劇場で、その圧倒的な映像と、そこに刻まれた声に触れてほしい。

《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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