9月17日、Branc主催のトークイベント「なぜ、あえて今、日本で洋画配給なんですか? Dialogue for BRANC #9」が開催された。登壇したのは、フランス出身でありながら、日本で洋画の配給事業を立ち上げたユニークなキャリアを歩むティボ・ベネト氏。
同氏が初めて配給を手掛けるベルギー映画『ジュリーは沈黙したままで』(10月3日公開)を題材に、作品の魅力から日本の映画市場が抱える課題まで、多岐にわたるテーマでトークが繰り広げられた。本稿ではその模様をレポートする。

日本映画への愛が原点、異色のキャリアパス
ベネト氏が初めて日本を訪れたのは2011年3月。フランスの大学卒業後すぐの時だった。元々、日本映画や小泉八雲の著作を通じて日本文化に強い関心を抱いており、観光ビザで来日し、日本の日常生活を肌で感じたいと考えたのがきっかけだったという。
その後、映画監督の黒沢清やレオス・カラックスのファンであったことから、彼らが教鞭をとっていた映画美学校に興味を持つ。日本語学校に通いながら映画制作の基礎を学び、映画業界への扉を開いた。
2018年にはインディペンデント系配給会社アンプラグドに入社し、バイヤーアシスタントとしてカンヌ国際映画祭に参加。翌年には、配信ビジネスの経験を積むためポニーキャニオンエンタープライズ(現クープ)に転職し、NETFLIXのライブラリー作品の配信コーディネーターを担当した。そして2022年、買い付けの仕事への強い思いから現在のオデッサ・エンタテインメントに入社し、新規事業として配給部門を立ち上げるに至った。ベネト氏は30代を「できるだけスキルアップする」時期と捉えており、飽くなき探求心と情熱がそのキャリアを突き動かしている。

なぜ『ジュリーは沈黙したままで』を買い付けたのか? その魅力と勝算
ベネト氏が配給第1作目に選んだ『ジュリーは沈黙したままで』は、ベルギーの新鋭レオナルド・ヴァン・デイル監督による長編デビュー作である。将来有望な15歳のテニスプレイヤー、ジュリーを主人公に、彼女のコーチが指導停止になった背景をめぐるドラマだ。
ベネト氏がこの作品に出会ったのは、昨年のカンヌ国際映画祭 。マーケットスクリーニングで鑑賞し、強いインパクトを受けたという。買い付けの決め手は複数あった。まず、高名なダルデンヌ兄弟がプロデューサーとして参加していること、そして、プロテニスプレイヤーの大坂なおみ選手もエグゼクティブディレクターとして名を連ねており、セールスポイントが明確になっている点を挙げた。
そして、作品のクオリティだ。主演俳優は実際のテニスプレイヤーであり、そのプレイシーンは「今まで見たことがないほどリアル」。さらに、35mmや65mmフィルムで撮影された映像美や、現代の潮流とは逆行するロングテイクを多用した緊張感あふれる演出も、流行と逆をいく点を高く評価した。

べネト氏は、「自分はいい作品だと思えないと頑張れない」と語る。この作品には、宣伝やブッキングをやり遂げられるという確信と、自身の人生の時間を捧げるに値する情熱を感じたようだ。
また、本作のポスターは、叫ぶジュリーの姿が印象的な本国版とは異なり、日本オリジナルのデザインが採用された。これは、映画の静謐な雰囲気と「ジュリーは沈黙したままで」という邦題に合わせ、デザイナーと共に作り上げたものだという。フィルム撮影の質感を表現したダークなトーンの中に、テニスコートのラインを思わせるデザインが施されている。作品をまだ見ていない人の意見を重視し、フラットな視点を交えて制作したという。

フランスから見た日本市場と、洋画人気復活への道
イベントの後半では、日本の映画産業が欧州からどう見られているか、そして洋画が苦戦する現状をどう打破すべきかというテーマに話が及んだ。
日本の興行収入ランキングはアニメやアイドル関連の作品がトップを占め、欧米の映画、特にインディペンデント作品にとって難しい状況だ。この現実は海外の権利元にも広く認識されているという。洋画人気の低迷の主な理由として、ベネト氏は配信サービスの普及を挙げ、手軽にコンテンツを享受できる時代に、映画館へ足を運ぶ人が減少していると分析する。

では、いかにして洋画人気を復活させ、映画文化の多様性を守るべきか。ベネト氏は、フランスの事例を挙げ、国によるサポートの重要性を強調した。フランスでは、CNC(国立映画映像センター)のような組織が、自国映画だけでなく外国との共同製作作品などにも助成金を出している。さらに制作現場だけでなく、配給会社や映画館(ミニシアター)を支援する制度もあり、文化の多様性を国家レベルで支えているという。
ベネト氏は、「マーケット(市場原理)に完全に任せると、売れるものしか制作されなくなる」と警鐘を鳴らす。日本でも映画文化の多様性を守るためには、興行的に厳しい作品であっても配給・上映できるよう、国がサポートする仕組みが必要不可欠であると語った。
さらに、全国ロードショーに固執するのではなく、限定的なイベント上映と配信を組み合わせるなど、新しい上映形態を模索していく柔軟な発想も、今後のインディペンデント映画配給の鍵になるだろうと展望を語った。
ベネト氏の情熱と冷静な計算、市場を俯瞰する視線が印象的なトークイベントとなった。全編視聴希望の方は以下のボタンより申し込める。
【作品概要】
『ジュリーは沈黙したままで』(英題:Julie Keeps Quiet)
2025年10月3日(金)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
監督:レオナルド・ヴァン・デイル
出演:テッサ・ヴァン・デン・ブルック、クレール・ボドソン、ピエール・ジェルヴェー、ローラン・カロンほか
2024|ベルギー・スウェーデン合作|オランダ語・フランス語・ドイツ語|100分|カラー|5.1ch|1.85:1|原題:Julie zwijgt | 日本語字幕:橋本裕充
公式サイト:https://odessa-e.co.jp/julie_keeps_quiet/
配給:オデッサ・エンタテインメント
(C)2024, DE WERELDVREDE