【レポ】韓国映画界の契約事情!10年で劇的に労働環境が改善

オンライン講座「映画スタッフ・監督の契約事情~韓国映画界の事例紹介~」が開催。国家政策として映画産業に力を入れてきた韓国では、近年労働環境の改善が進んでいると言われているが、契約書がその改善をどう後押ししているのか?その実態を紹介する。

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2024年11月からフリーランス新法が施行され、フリーランスと事業者間の契約の適正化が法令化された。

映画業界においてはスタッフが契約書を交わさない慣習が長年課題となっており、新法への対応が求められている。そのためには事業者とフリーランススタッフ双方が契約書に関する認識・重要性を向上させることが必要だ。

そんな中、文化庁は一般社団法人Japanese Film Projectと協力して、映画スタッフ向けの契約レッスンの研修会を実施。その一環としてオンライン講座「映画スタッフ・監督の契約事情~韓国映画界の事例紹介~」を開催した。国家政策として映画産業に力を入れてきた韓国では、近年労働環境の改善が進んでいると言われているが、契約書がその改善をどう後押ししているのか、その実態を、韓国在住の日本人俳優・広澤草氏と武田裕光氏、韓国の映画監督ヒョン・スルウ氏、JFP調査員で韓国を担当している大塚大輔氏が韓国映画界の契約書のあり方を紹介した。

韓国映画界の「標準契約書」について

まずは大塚氏が、韓国映画の俳優と監督が使用している「標準契約書」について説明した。

大塚大輔氏

韓国では標準契約書というものが広く普及しており、どの業界でも頻繁に交わされる書式のこと。こうしたものを用意することでいちいちゼロから書式を作成する必要がなくなるという。日本で例えると、プロ野球やJリーグの契約書はこれに近いという。

標準契約書の特徴は、労働者と雇用者、政府の合意のもとで作成されるもので、映画などの文化芸術関連は文化体育観光部が管轄しており、政府の公式サイトからひな型がダウンロード可能なことだ。こうした書式を用いることが助成金申請のための条件になることもあるという。

こうした契約書が映画業界に導入されたのは、90年代に音楽産業の急成長があり、収益の分配や著作権などの問題が表面化したことが大きいという。映画業界も90年代に労働環境改善が訴えられ、俳優の性的接待や性加害、事務所の専属契約を巡るトラブルが表面化したことで、契約書の必要性が叫ばれるようになった。

こうした中で「大衆文化芸術産業発展法」が成立し、商習慣や契約書関連が法制化されることになった。この法整備によって俳優は、「大衆文化芸術人」という地位を確立し、マネジメント会社・制作会社の登録制が進んでいった。大衆文化芸術人の定義は、その条文によると「演技、舞踊、演奏、歌唱、朗読などを提供するもの、もしくはその意志を持って契約を結んだもの」となるそうだ。

映画業界で使用される標準契約書は主に、「映画上映標準契約書(配給会社や上映館、映画監督が使用)」と「標準専属契約書(俳優と事務所が使用)」、「放送出演標準契約書(俳優、事務所、放送局が使用)」、「映画出演契約書(俳優、事務所、映画制作会社が使用)」などがあるという。

また映画監督向けには「DGK演出契約書(監督と制作会社が使用)」などもあるという。これには、監督の編集権の範囲の明文化、権利帰属、収益配分や契約解除条項や損害賠償などが定められている。

映画上映標準契約書は、上映権料の配分を取り決めたものだ。映画出演契約者には、プリプロダクション、撮影、ポストプロダクションに関する取り決めと報酬額、遅延ペナルティや広報への協力、最近になってインティマシー・シーンの事前協議に関することも明文化されるようになったという。

放送出演標準契約書は、テレビに出演するタレントたちが放送局と交わすものだが、韓国では活動年数や実績に応じて、等級で出演料が規定されているそうだ。だが、配信作品はその限りではなく、近年、主演級の俳優のギャランティーが大きくアップしているのは、このためだという。この契約書には、撮影時間は移動や待機時間を含めた時間や追加撮影のための取り決めがなされているとのこと。

事務所に所属するタレントが使用する標準専属契約書は、基本的に専属契約の上限は7年とされているが、同意することで延長が可能、さらに俳優からマネジメントに資料を請求できる権利が定められているほか、収益清算内訳の開示義務などが記されることが多いとのこと。

大衆芸術文化人のうち、標準契約書を使用しているのは約80%ほどになるという。ちなみに日本では契約書なしが40%ほどになるとのことだ。

また、韓国ではエキストラも労働者として権利が保護される。最低賃金の適用対象で食費や交通費、深夜手当もつく。エキストラの労働組合もあり、派遣会社と組合が協定を結び、搾取や偽装請負を排除する仕組みとなっているそうだ。

2025年には大衆文化芸術発展法が改正され、標準契約書を使用している企画が公的助成金を優先的に受けられることが明文化されるとのこと。また、KOFICの資金源となっていた映画発展基金のチケット賦課金がいったんは廃止されたものの、復活させるための改正案が提出される見通しとのことだ。

大塚氏は、こうした契約システムがオープンでクリアになっている業界と、不透明で契約についても話しにくい業界と、どちらが発展できる見込みが大きいかを考えるべきとまとめて、プレゼンを終えた。

この10年で劇的に環境改善が進んだ韓国映画界

続いて、韓国映画界で活躍する2人の俳優から話を聞いた。

広澤氏は、契約事情は日本と韓国では全く異なると話す。日本では事務所と契約書を交わすこともあれば、全くなかったこともあったそうだが、韓国ではインデペンデント映画であっても契約書がきちんと交わされるとのこと。また韓国の現場では温かい食事が出てくるし、現場のスケジュールが遅れていても食事の時間が削られることはない。ただ、ドラマと映画で食事などの扱いは異なるようで、ドラマの場合、食費は自腹になることもあるという。また、韓国では事前にギャランティについて話すのが当たり前になっているが、日本ではギャランティについて話がないままに進むことがあるという。

広澤草氏

武田氏は、2008年から韓国を拠点にしているが、所属事務所は日本の事務所だそうだ。初めて韓国映画に出演した当時と今を比べるとかなり変化があったようで、以前は早朝から深夜まで撮影し、その数時間後にまた集合ということも珍しくなかったし、当日まで台本が用意されないこともあったという。現在では、毎日の撮影スケジュールがきちんと組まれ、予定を大きく超えることはなく、台本も事前に用意され、働きやすくなっているとのこと。

とはいえ、韓国でも契約書を交わすのは撮影直前になることも珍しくないようで、その際にいつもの金額より低い提示をしてくることもあるため、その辺りは改善されてほしいと武田氏は語る。

武田裕光氏

ヒョン・スルウ監督は、この10年で労働環境は劇的に改善されたと語る。以前は徹夜で撮影が当たり前で睡眠不足による事故も起きていたという。映画業界では、2014年の『国際市場で逢いましょう』という作品で初めて標準契約書が使用されたそうで、そこから改善が始まっていったとのこと。スルウ監督は長編以外に短編映画をよく作っているそうだが、短編であっても知り合いではない人にスタッフをお願いする場合は、契約書を交わすようにしているという。

ヒョン・スルウ監督

また、インティマシー・シーンについて、広澤氏は10年前はざっくりとした説明しかなかったそうだが、近年は細かく事前に話せるようになったそうだ。しかし、韓国にはまだインティマシー・コーディネーターがいないそうだ。

大塚氏は最後に、契約やお金のことをオープンに話せる業界の方が、将来性があるはずだと重ねて語る。広澤氏も日本ではフリーランスの立場がまだ弱いので、契約習慣の普及と一緒に改善されてほしいと語る。

武田氏は、韓国業界で働きたい人の参考になれば幸いだとしてトークセッションを終えた。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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