韓国映画業界のリアルな今、コロナ後訪れた危機【小出PインタビューVol.2】

制作会社ROBOTのプロデューサー・小出真佐樹氏のロングインタビュー第二弾。映像エンタメの中心地といえる韓国だが、新型コロナウイルスの影響が落ち着いてきた今、先行き不安な課題も増えてきている?

グローバル アジア
韓国映画業界のリアルな今、コロナ後訪れた危機【小出PインタビューVol.2】
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『22年目の告白 -私が殺人犯です-』『見えない目撃者』『最後まで行く』等、日韓の映画界をつなぐ架け橋を務めてきた制作会社ROBOTのプロデューサー・小出真佐樹氏。

次々にグローバルヒットを生み出し、Netflixが今後4年間で25億ドル(約3,300億円)を投じると発表するなど、映像エンタメの中心地といえる韓国。しかし小出氏によれば、それはあくまで一元的な見方だという。そこでBrancでは、小出氏にロングインタビューを実施。

「『最後まで行く』が出来上がるまで」「韓国映画界に訪れた危機」「日本映画界の課題と希望」の全3回にわたって、じっくりと語っていただいた。第2回は、コロナとNetflixによって激変が起こっている韓国映画・映像業界の“いま”をお届けする。

≫第1回はこちらから!



韓国は“投資”の文化、日本は“製作委員会”の文化

――小出さんはTwitterで韓国映画・映像界の危機を訴えていらっしゃいますよね。日本の映画界だと多くの方が「韓国に追い付かなきゃ」ムードなので、衝撃を受けました。

その風潮にはすごく違和感を覚えていて……。

――例えば、とある役者さんから「日本だと年齢が上がると役柄が限定されがちだけど、韓国では年齢や知名度に関係なくチャレンジングな役をやれるのがうらやましい」という声も聞きました。

最近のOTT(※)旋風の結果、メイン俳優のギャランティが高額になり、バランスを見たキャスティングになっているのだと思います。韓国はいま主演級の俳優の方々のギャラが高騰していて、Netflix等のオリジナル作品をみても有名な俳優を一人二人しか起用していないという状況になっています。「どんどん新しい俳優が出てきている」と見えるのには、そういう事情もあります。ただ、みなさん独立映画や演劇などで力のある方々ばかりです。

(※オーバー・ザ・トップ。インターネットコンテンツの総称)

――なるほど……!

韓国は投資の文化で、日本は製作委員会の文化です。投資というのは、市場が悪くなったら一斉に手を引くもの。それで今は新作映画の開発がほとんど止まってしまっているんです。対して日本は製作委員会形式があって、幹事会社が年度単位で新作を作るため、ある日突然ストップするようなことはない。そうした意味では、日本の方がチャンスがあるともいえます。継続的に映画を作り続けられるわけですから。

――製作委員会は各社が資金を持ち寄り、分配するシステムのため、損失を抑えられるというメリットがあります。

ある種、未来永劫新作が作られていくシステムが出来上がっているから、その部分は安心ですよね。

――韓国でいま一斉に撤退しているのは、利益が見込めないからなのでしょうか。

そうですね。コロナの影響が大きかったのだと思います。『藁にもすがる獣たち』の韓国公開は2020年の2月19日でしたが、ちょうどそのタイミングでソウルで感染者増が起こってしまって……。僕は舞台挨拶にロケバスに乗って同行していましたが、移動中に「大変なことになった」とみなさん話していました。

象徴的だったのは、ラ・ミラン主演の『正直政治家 チュ・サンスク』が公開を1週間早めて2月12日にした結果、観客動員100万人を超すヒットになったこと。「こっちはジャンルも違うし大丈夫じゃないかな」と思っていたら、コロナの影響をもろに受けて客足が途絶えてしまった。いままでだったら動員100万人は軽く確実視されていた作品が、突然そうじゃなくなってしまったわけです。しかもそこからコロナがどんどん悪化してしまい……。

コロナ禍に大作映画がNetflixへ直行

その中でご存じのようにNetflixが大きく動き出しました。『狩りの時間』は2020年の2月26日に公開予定でしたが、映画興行の悪化を受けてNetflix配信に切り替え、4月23日に全世界で観られる状態になりました。Netflixとの契約時に、海外セールス済みだった国も多く、その調整が記事になったり、最初のNetflix直行映画はなかなかハードルが高いものだったと思います。

他にも『ザ・コール』(20)も劇場公開を諦め、Netflix直行になりました。例えば純制作費が6億円かかったとして、P&A費(宣伝費)は大体2億。総バジェット8億かけて劇場公開して、本当に回収できるのか?という状況で踏み込む会社が誰もいなくなってきたということですね。

それでもまだ、「コロナはすぐ終わるだろう」と考えていて。象徴的なのは、ソン・ジュンギ、キム・テリ主演の『スペース・スウィーパーズ』(21)です。当初はコロナが収まると考えた2020年の夏公開と発表し、その後旧盆、そして年末にズラし、2021年の正月公開を目指してもリスクが高いと考え、最終的に2021年の2月にNetflix直行となりました。こちらは純制作費が20~30億円とも言われた作品ですが、直行のほうがメリットがあったのでしょう。

『狩りの時間』はLittle Big Pictures、『スペース・スウィーパーズ』はメリークリスマスの投資ですが、このような動きを見て投資配給会社が「もう劇場公開のリスクをとるより直接NetflixやグローバルOTTに売ろう」という傾向になっていったんです。

そういうフェーズに入ってくると、各社テントポール(看板作品)になるような10億円以上をかけ準備していた作品をどうしようか……と悩みだすわけです。

OTT企業に人材が流れる

――これまでのように出口=劇場公開というわけではなくなるわけですもんね……。

そうなんです。そこで、まずは新作開発をストップしようということになる。となると、各社の企画開発投資担当者がどんどん辞めていくわけです。と同時にOTT系の新規企業がどんどん生まれて、彼らはそっちに転職していく。

このような、人事の大移動が起こることによって制作プロダクションが「この脚本をちょっと読んでほしい」と投資配給会社にアタックする際、相手先がいなくなってしまう。

――いままでは人でつながっていたから……。

そして、スタジオドラゴンやSLL(旧JTBCスタジオ)やKAKAOが、映画制作プロダクションにドラマの制作を依頼できるよう系列に置きはじめました。そうすることでドラマの量産体制が守れる。プロダクション側も映画の企画が動かないから、ドラマに切り替えて色々な企画開発を進められて相互メリットがありますしね。

でも、映画づくりしかやってきていなかったプロダクションがドラマ制作にシフトするのは大変ですね。比較的、代表が若いプロダクションのほうが、切り替えに成功しています。波に乗れていないプロダクションは、もうほぼ機能していないように思います。OTT系の企業も担当者は若いので、いっせいに映像文化の世代交代が起きたような気がします。結果論ですが。

ただ、韓国国内向け動画配信サービスとして広く利用されていた「TVING」や「Wavve」が、新たに新規顧客獲得のため巨額を投じてオリジナルコンテンツを制作したけど目標値に達さなかった……みたいな記事も先月大きくネットで出て、産業自体がいまや脆くなっていることが周知の事実になってしまい、より企画の中断、制作の中断、お蔵入りなどの流れに動き出してしまっている気がします。


韓国の労働環境の良さを肌で感じた

――日本の映画業界の人々が韓国をベンチマークにしようという流れがあるのは、働き方も大きいかと思います。

僕も、入江悠監督と一度オール韓国ロケの日本映画を撮りたくて『聖地X』(21)を韓国の仁川で撮影したときに、韓国の労働環境の良さを肌で感じました。完全週休2日制で、移動日を稼働日と捉える国ですから、反面1日の労働時間を守れなくて、本当に照明部に照明落とされたくらいです。

――主演を務めた岡田将生さんが「スタッフみんなとお昼ご飯を食べられるのが嬉しかった」と話されていましたね。そこで交流が生まれますし。日本だと飯休の間に他のスタッフさんが準備をしていたり、一斉に休めない現場もありますから。

そうそう。なかなかみんなで楽しく鍋をつついて――みたいな空気ではないですよね。『聖地X』でも最初、ご飯休憩の間に日本人スタッフが再開後の準備をしていたから「休んで!」と言いに行きました。ちなみにご飯はケータリングで、汁物もフルーツも必ずあって。みんな大体20分くらいで食べ終わるじゃないですか。残りの時間は近くにアイスコーヒーを買いに行ったり横になって休憩したり、そういうことができる現場でした。

――日本では毎日ケータリングは難しいからお弁当になることも多いですよね。ただでさえコロナ禍で「衛生班」が必要になり、検査キット等でお金がよりかかるようになってしまいましたし……。

労働環境をよくするために韓国の制作費が跳ね上がったのは間違いないですね。比較的に制作費がかからないヒューマンドラマや、ラブストーリーも商業映画だと純制作費が4億円くらいはかかります。主演俳優や、監督のギャラの占める割合も高いのですが。公開時には基本、900~1,000スクリーンくらいは開くので、初日(基本木曜日)10万人強、2日目はそれ以上、初週末の土日動員で100万人くらいは見込めていた環境でしたね、コロナ前は。劇場観賞料金もいまは15,000ウォン(1,500円)くらいで、日本とそこまで差はありませんが、1回の映画にその金額を使うならOTTの月額利用料金にしたほうがと考える方も多いようです。

Vol.3:日本映画界が進むべき道とは?


《SYO》

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物書き SYO

1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、小説・漫画・音楽・ゲームなどエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。並行して個人の創作活動も行う。

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