2026年7月17日、ソニーのDigital Media Production Center Japan(DMPC Japan)で、撮影スタッフ、なかでも「フォーカスプラー」を育てるためのアカデミークラスが開かれた。主催したのは、Netflixが文化庁、独立行政法人日本芸術文化振興会、協同組合日本映画撮影監督協会(JSC)と進める国際的な人材育成プログラム「Cinematic Quantum(CQ)」。講師には、『キル・ビル』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『アビエイター』などに参加し、2025年にThe Society of Camera Operators(SOC)からTechnician of the Yearを受賞したジェイミー・フェルツ(Jamie Felz)氏が招かれた。
Netflixは2021年、全米撮影監督協会(ASC)所属のShane Hurlbut氏と、コロナ下でのオンラインワークショップを共催した。2024年にはカメラメーカーのARRIと組み、実践的なハンズオントレーニングへと発展させている。
今回のアカデミークラスは、そうした蓄積と、Netflixが日本で展開する「Netflixクリエイターズ道場」の理念を、文化庁の補助金によりJSCが受託する「Cinematic Quantum」と合流させて実現したものだ。
スタジオの天井には照明バトンがびっしりと組まれ、その下にドリーやレール、大判センサーのシネマカメラが並ぶ。20代から30代前半の若手撮影助手たちがグループに分かれ、実践演習に取り組んでいた。受講者たちはみな一様に真剣な表情を浮かべ、教科書では得られない緊張感が、そこにはあった。本稿ではその一日の様子をレポートする。

なぜ今、フォーカスプラーなのか
フォーカスプラーとは、カメラのピント操作を専任で担う撮影スタッフのこと。映像の品質を大きく左右する、極めて重要な役割だ。
近年、この職能に求められる技術のハードルは急激に上がっている。マルチカメラ運用、大判センサー、浅い被写界深度、リモートフォーカスシステムの普及によって、ピント送りにはかつてない精度が要求されるようになった。JSCの関係者はこう語る。「最近はセンサーが大きくなって深度が浅い。4Kや6Kだと、少しでもボケていたらすぐ分かってしまう。せっかく俳優がいい芝居をしているのに、ピントがずれると感情移入が途切れてしまう」。

ところが今の日本には、こうした専門技術を体系的に学ぶ機会が乏しいという。海外ではフォーカスプラーが独立した専門職として確立しているのに対し、日本では撮影助手が「サード→セカンド→チーフ」と昇っていく過程の一段階として担うことが多く、フォーカスの専門家として定着しにくい構造的な違いがある。加えて、現場の人員削減や人材不足もあり、かなり早い段階でフォーカスを任されるセカンドのポジションに就かざるを得ないケースも少なくない。
アメリカのDP(撮影監督)システムでは、ファーストAC(アシスタント・カメラ)と呼ばれるポジションが撮影部全体を管轄しながらフォーカスを担当する。熟練者が就くポジションだという。
JSC副理事長の山本英夫氏はこう述べる。「かつて撮影所というシステムが健在だった時代には、助手として経験を積みながら、先輩からフォーカスマンとしての技術だけでなく、現場での立ち居振る舞いや仕事への姿勢まで教え込まれた。まさに生きた学校だったと思います。現在は高解像度デジタル映像の時代となり、求められる技術や知識はより高度になっている。受け継ぐべき本質と進化すべき技術、その両方を大切にしながら、世界で活躍できる人材を育てたい」。

技術を超えた総合力を学ぶ
フェルツ氏の講義は、ピント送りの技術だけにとどまらなかった。撮影準備、問題解決、現場での判断力、リーダーシップ——プロの1st ACに求められる総合的な力を、実践演習を通して学ぶ内容だった。
午後は受講者をグループに分け、手持ちカメラでのフォーカス、奥から手前に迫ってくる被写体へのフォーカス、ドリー(台車)に乗った状態でのフォーカスという3つのパターンを、全員がローテーションで経験した。なかでもドリーに乗っての撮影は難度が高い。「フォーカスを送る人とドリーを押す人の息が合わないと成立しない。少しでも速くなったら合わない」からだ。

フェルツ氏の指導は、経験に裏打ちされた実践的な知恵に満ちていた。沼地でウェーダーを着て水中でピントを送った撮影、50フィートのテクノクレーンでカメラが見えないまま操作を求められたスタートレックの現場、ボタン一つでルックを切り替えながらフォーカスを送るマルチタスクの技術。具体的なエピソードを交えながら、彼女は繰り返し核心を説いた。
そのひとつが、俳優の身体を「読む」ことの重要性だ。「モニターや数字ばかり見ていて、全体を捉えていないのは危険です。俳優がどう動くか、毎回どれくらい前傾するか、どのくらいの速さで動くか——その身体言語を学ばなければならない」。マークを外す俳優、マークを越えてしまう俳優。それぞれの癖を覚えることが精度につながるという。
そして最も強く訴えたのは、「フォーカスは演技である」という考えだった。「フォーカスプラーは俳優のようにパフォーマンスをしている。プレッシャーの中、時間の制約の中で、まるでバレエのようにオペレーターやドリーグリップ、俳優と完全に同調しなければ成立しない」。だからこそ、自分を守る力も要る、と彼女は言う。「若いDPは理由もなく開放で撮りたがる。でも『1.6では無理です、2.5をください』と言えなければならない。自分を守れなければ、クビになるのはあなたです」。

技術的なティップスも惜しみなく共有された。距離を目測する訓練の大切さ、安価なレーザー距離計の活用法、フラットな照明下でモニターにコントラストを作る工夫、アナモルフィックレンズのマッピングやVFX連携のための段取り。緊張した時こそ深呼吸で神経系を落ち着かせ、身体を完全にコントロールすることの大切さにまで話は及んだ。そして「唯一上達する方法は、やり続けること」と、彼女は明るく締めくくった。
なお7月15日・16日には、撮影監督のNicole Hirsch Whitaker氏(ASC)とUla Pontikos氏(BSC)を講師に迎えたマスタークラスも開かれている。こちらは既に現場で活躍する撮影監督クラスが対象だ。
参加者の声:ロールモデルとの出会い
受講者たちは、この一日から何を得たのか。
セカンドとして8年のキャリアを持つ男性参加者は、参加の動機をこう語った。「自分では知り得ない海外の技術に興味があった。ゆくゆくは日本に来る海外クルーとももっと仕事ができたらという思いもあります」。海外作品の応援に1日だけ入った経験から、日本と海外の撮影システムの違いを痛感していたという彼にとって、国内でこうした学びの場があることは貴重だという。

もう一人、フォーカスプラーとして生きていくことを志す女性参加者の言葉が印象に残った。「チーフに上がったりカメラマンになるのではなく、フォーカスプラーでやっていこうという思いが強くて参加しました。フォーカスを送るのが楽しいし、カメラマンと一緒に考える立ち位置が自分に向いていると思うんです」
彼女がこの日、最も心を動かされたのは、講師であるフェルツ氏の存在そのものだった。「ベテランの女性フォーカスプラーに初めてお会いしました。すごくかっこいいというか、憧れる部分があって。ああいう風になれたらと思います」。日本の撮影部はいまだ男性が多い。女性のDPやファーストACが講師として登壇したこと自体が、彼女にとって貴重なロールモデルとの出会いになったようだ。
撮影所という「生きた学校」が失われた時代に、世界の第一線の知見と日本の現場の強みを掛け合わせ、次世代の挑戦に寄り添う。この日の現場は、そんな理念を感じさせるものだった。

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