Netflix、協同組合日本映画撮影監督協会(JSC)、ソニーが手を組み、フォーカスプラーを対象にしたトレーニングプログラムを開いた。JSCが文化庁と独立行政法人日本芸術文化振興会の支援を受けて進めている国際的人材育成プログラム「Cinematic Quantum(CQ)」の一環だ。講師には、アメリカで長年ファーストAC(アシスタント・カメラ)を務め、『キル・ビル』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『アビエイター』などに参加してきたジェイミー・フェルツ(Jamie Felz)氏を招いた。
この記事では当日のトレーニングそのものではなく、なぜ今このプログラムが必要とされているのかを、三名へのインタビューから探っていく。
話を聞いたのは、JSC副理事長の山本英夫氏、講師のジェイミー・フェルツ氏、そして過去にNetflixのフォーカスプラー育成に参加してきた熊谷美央氏の三名。
撮影現場を取り巻く環境が大きく変わるなか、日本の撮影部はフォーカスプラーという職能をどう捉え直せばいいのか。今回のトレーニングは、その問いを浮かび上がらせる場でもあった。
【この日のトレーニングの様子はこちら】
撮影所なき時代に、技術の“遺伝子”をどう残すか
「Cinematic Quantum」は、海外から撮影監督やスタッフを招いてマスタークラスを開いたり、逆に日本の撮影監督やスタッフを海外のマスタークラスへ送り出したりしながら、国際的に活躍できる人材を育てることを目指している。
このプログラムを立ち上げた背景について、山本氏はこう語る。
「国際共同制作も増えていますし、海外のスタッフが日本に来て撮影する作品も多くなっています。日本のスタッフも、海外の人と一緒に制作する視野や技術を持たなければなりません」
今回のフォーカスプラー向けプログラムも、その問題意識の延長線上にある。また、育成の機会そのものをつくり出すという狙いもあった。

かつて日本の映画界には撮影所があり、社員かフリーかを問わず、若い撮影助手が現場で先輩から学べる環境がそこにはあった。技術や現場での振る舞いを教えられ、人との接し方や撮影助手としてのスピリットまで、肌で覚えられたと山本氏は振り返る。
ところが今は、多くのスタッフがフリーランスだ。作品ごとにチームが組まれ、終われば解散する。同じ先輩のもとで長く学ぶ機会は減り、スキルアップも個人の努力任せになりがちだ。
いま必要なのは撮影助手の「遺伝子」を残すことだと、山本氏は表現する。
「技術だけではなく、昔は自然に受け継がれていたものが、今は意識しないと残っていかない。正統な遺伝子を次の世代に残していくことは、先人たちの役目だと思います」
「教えるべきは機材ではなく、学び方」
講師のフェルツ氏は、アメリカでファーストACとして働くかたわら、教育にも長く関わってきた。技術が急速に進歩するなかで、何を教えるべきか。フェルツ氏の答えははっきりしている。
「新しいテクノロジーそのものを教えるわけではありません。学校と同じで、暗記させるのではなく、学び方を教えることが大事です」

また、日本の若い参加者には、非常に良い印象を持ったという。
「とても勤勉で、学ぶ意欲が高かったです。もっと良くなりたい、ベストを尽くしたいという姿勢がありました。この業界で働くことへの情熱も感じました」
フォーカスプラーは、現場で最も難しい仕事の一つ
フェルツ氏は、フォーカスプラーの仕事を「セットの中で最も難しい仕事の一つ」だと言う。「技術的な知識だけではありません。身体的なスキルも必要です。オペレーター、ドリーグリップ、俳優と一緒に踊るようなものです」
俳優もカメラもドリーも動くなかでフォーカスプラーは、対象との距離を読み、芝居の癖を捉え、次の動きを予測してフォーカスを操る。しかも失敗の多くは、その場で画面に出てしまう。
もう一つフェルツ氏が強調したのは、フォーカスプラーは現場で自分のために声を上げなければならない、ということだ。「ミスがあったのでもう1テイク必要です。この絞りでは難しいので、もう少し光が必要です。そう言えるようにならなければなりません」
若いスタッフほど、現場で発言するのを恐れる。だが必要なことを口にしなければ、最後に責任を負わされるのは自分自身となる。
さらにフェルツ氏は、フォーカスの責任がフォーカスプラーだけにあるわけではないと明言する。
「私はいつも言っています。DP(撮影監督)と監督も、フォーカスに対して同じように責任があります。彼らがショットを設計し、ライティングを決め、レンズを選び、絞りを選ぶ。チームとして、フォーカスの成立を考える必要があります」

この言葉は、日本の現場が抱える課題とも重なってくる。
過去に日本におけるNetflixの育成の取り組みに参加してきた熊谷氏は、フォーカスエラーを「フォーカスプラー個人の技量」だけで語ることに疑問を投げかける。
「フォーカスが合わないと、送っている人が下手だという話にされがちです。でも本当は、撮影プラン、テストの有無、演出のつけ方などが原因である場合も多いんです」
テストが十分に行われない。演出上、俳優が読みにくい動きをする。フルフレームで被写界深度が浅い。移動撮影が多い。複数のカメラが同時に回る。こうした条件が重なると、フォーカスの難度は跳ね上がる。それでも画面でピントが外れれば、「フォーカスプラーのミス」と見なされやすい。
欧米と日本の撮影システムの違い
この問題を考えるうえで避けられないのが、日本と欧米の撮影部の役割分担の違いだ。
日本では、撮影助手がサード、セカンド、チーフとステップアップし、やがて撮影監督を目指すという流れが一般的で、フォーカスは主にセカンドが担う。対してアメリカなどでは、ファーストACが専門職としてフォーカスを担当し、撮影部の中核を占める。
熊谷氏によれば、日本の現場では「ファーストAC」の本来の役目が十分に共有されていないという。「日本で“ファーストACです”と言っている場合、実際にはチーフとセカンドを兼任しているだけで、人数削減の理由になっていることもあります」

欧米のDPシステムでは、ファーストACの周りにオペレーターやグリップチームがいて、役割を分担している。ところが日本では、オペレーターが置かれないことも多く、グリップの人数も限られる。そこへ「ファーストAC」という役割だけを持ち込めば、かえって一人に負担が集中しかねない。「ファーストACだけを入れても、ただのオーバーワークになってしまうんです。本来は、オペレーターがいて、グリップがいて、全体の編成の中で成立するものなので」
大事なのは、「海外式をそのまま入れればいい」という話ではない点だ。熊谷氏によれば、今回来日した海外のDPたちも「その国のやり方に合わせることが一番いい」と話していたという。日本には日本の撮影文化があり、長い時間をかけて築かれてきた現場の強みもある。
問題は、すべてを欧米式に変えることではなく、作品の規模や内容、撮影スタイルに応じてチーム編成を柔軟に変えられるかどうかだ。
「日本映画だけを撮っていた時代のチーム編成があって、今はいろいろな作品やドラマがある。それに合わせて、編成を流動的に変えていくことが求められているんだと思います」
プリプロにファーストACが関われるか
熊谷氏は、プリプロダクションの重要性についても力を込めた。
フォーカスプラーやファーストAC的な役割のスタッフが撮影直前に合流するだけでは、できることに限界がある。本来ならDPと早い段階から合流し、カメラ、レンズ、撮影方法、グリップ、ライティング、チーム編成について話し合っておくべきだと語る。
「本当は、ファーストACはライティングやグリップのことも含めて、ブレーンとして早めに入らないといけないと思います」
とはいえ、現実にはそれが難しい。フリーランスのスタッフは撮影している期間しか報酬が発生しないことが多く、準備期間に十分なギャラが出なければ、別の現場をこなさなければ生活できない。
「パフォーマンスしている間にしかお金が払われないのが、日本のシステムです。だから直前まで別の現場に行くことになる。理想としては早く入った方がいいけれど、現実には難しい」
これはフォーカスプラー個人の努力では解決できない。誰を、いつ、どの予算でプリプロに参加させるのか。そこまで含めて考えなければ、フォーカスの問題は根本からは解けない。
海外のやり方を知ることは、自分たちの強みを知ることでもある
海外のやり方を知ることには大きな意味があると熊谷氏は言う。熊谷氏自身、海外のフォーカスプラーがどう対応しているのかを知りたかったそうだ。
「もっとすごい方法があるのかなと思っていました。でも実際に聞いてみると、自分たちがやっていたこととほとんど一緒だったんです。少なくとも欧米と比べて、マインドや取り組み方が大きく違うわけではない。自分たちがやってきたことが間違っていなかったと分かる。それは自信になります」
山本氏も、日本の撮影スタッフの力を強く信頼している。
「日本人は対応力が非常に高い。海外でも通用すると思う。ただ、そのためには海外の人がどう考え、どう仕事をしているのかを知る必要がある。こういうマスタークラスを活用して、知識と見聞を広めることは非常に大事です」
海外のやり方を知ることは、日本の現場を否定することではない。むしろ、自分たちのやり方が世界とどこで重なり、どこで違うのかを確かめる作業でもある。その意味でも、今回の取り組みは貴重な場になったようだ。









