【カンヌ現地レポート】短編映画のプログラミングはキュレーションか?ロカルノ・MUBI・FNCの実践者が語る“束ね方”の批評性

短編映画が単独で上映されることは少ない。たいていは複数本がひとつのプログラムにまとめられ、観客はその並びの中で個々の作品と出会う。では、その“束ね方”は単なる編成作業なのか、それとも批評性を伴うキュレーションなのか。カンヌ国際映画祭のマーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」で行われたパネルは、短編映画のプログラミングとキュレーションの境界、そして観客との関係を実践者の視点から掘り下げるものとなった。

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Lyse NSENGIYUMVA氏
Lyse NSENGIYUMVA氏
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2026年5月18日、マルシェ・ドゥ・フィルム内のShort Film Cornerで、カンファレンス「SFC | Rendez-vous Industry | Film Curating VS Programming Panel」が開かれた。

登壇者は、Filmfest Dresden共同ディレクターであり、ロカルノ国際映画祭短編部門「Pardi di domani」のプログラマーも兼ねるAnne Gaschütz氏、モントリオールのFestival du Nouveau Cinéma(FNC)短編部門責任者のEmilie Poirier氏、MUBIシニア・プログラミング・マネージャーのEmily Wright氏、ロッテルダム国際映画祭(IFFR)およびBlackStar Film Festivalでプログラミングを手がけ、ブリュッセルでディアスポラに焦点を当てた上映企画「Recognition」を主宰するLyse Nsengiyumva氏。モデレーターはShort Film CornerのCéline Roustan氏が務めた。

長編と違って、短編が一本だけで上映の機会を得ることは少ない。5本、6本、ときにそれ以上が束になって、ひとつの上映枠を構成する。そうなると、一本の映画の印象は前後に置かれた作品、全体のリズム、タイトルや紹介文、Q&Aの設計次第で大きく変わってくる。このパネルディスカッションが浮かび上がらせたのは、短編映画における「プログラミング」と「キュレーション」が重なり合いながらも決して同義ではない、という事実だった。


プログラミングとキュレーション――「curagramming」という中間領域

ロカルノ国際映画祭短編部門のGaschütz氏は、自身の仕事について「私は自分をキュレーターとは呼ばない」と言う。ロカルノの短編コンペティションでは膨大な応募作品に目を通す立場にあり、そこでやっているのは基本的に「プログラミング」だという認識だ。コンペでは、その年に届いた作品群がまずあり、そこから選び、上映枠を組み上げていく。テーマを先に立てて作品を探すのではなく、提出された作品群を前提に構成する。だからこそ彼女はそれをプログラミングと位置づける。

Anne GASCHÜTZ氏

FNCのPoirier氏は、自身の仕事を「プログラミングとキュレーションの中間」と表現した。応募作品やスカウティングした作品からコンペを構成するのはプログラミングだが、作品同士にどんなつながりを見いだすか、観客や作家同士の対話をどう生み出すかという段階に入れば、そこにはキュレーション的な視点が加わる。

「折衷的なプログラムにはしたくないんです。作品同士が応答し合って、そこから議論が生まれるようにしたい」。Poirier氏はそう言って、自身の仕事を冗談まじりに「curagramming」と呼んでみせた。

MUBIのWright氏も、二つの役割を行き来していると話す。MUBIには月ごとに近年の映画祭サーキットから短編を紹介する「Brief Encounters」という枠があり、ここはプログラミング寄りの仕事だ。特定の作家、国、テーマで複数の作品をまとめるコレクションになると、より明確にキュレーションの帽子をかぶることになる。

Wright氏はこう整理する。プログラミングにはロジスティクスの要素が多く絡む。これに対しキュレーションは「作品同士を結びつけ、観客がそこから解釈的なつながりを見いだす行為」なのだ、と。

観客をどう想定するか――“連れていく”ことと“信頼を築く”こと

議論の中心に何度も浮かび上がってきたのが「観客」である。

Poirier氏はFNCで短編コンペを組むとき、上映後のQ&Aまで含めて観客体験を考えるという。あるアニメーションとドキュメンタリーを同じプログラムに入れる場合、制作期間や形式が違うことに加えて、作家同士に会話が成り立つ共通項があるかどうかも見るそうだ。

FNCでは短編コンペの各プログラムに、「プログラム1」「プログラム2」といった素っ気ない番号ではなく、短い紹介文を添えるようになったという。これは単にテーマを説明するためのものではなく、その上映枠がどんな感情の旅になるのかを観客に予感させるためのものだ。Poirier氏によれば、これを始めてから短編コンペの上映は完売するようになった。

Emily WRIGHT氏

MUBIのWright氏は、オンラインプラットフォームならではの観客との出会い方を語る。配信では観客が自由な順序で作品を見られる。それでも、コレクションの冒頭に何を置くかは決定的に重要だという。「最初に出会う一本」が特集全体への入口になる。デジタル空間でも、観客の導線を設計することは避けて通れない。

Nsengiyumva氏は、ロッテルダムと自身の企画「Recognition」とでは観客の意味合いがまるで違うと話した。IFFRには、実験的・前衛的・抽象的な作品を期待するシネフィル的観客の歴史がある。一方Recognitionの観客はディアスポラのコミュニティで、そこでは映画との関係そのものを一から築き直す必要がある。

「アフリカ映画の多くは劇場公開すらされません。観客に向かって、この映画は見る価値がある、と伝えること自体がひとつの課題なんです」。アフリカ映画は「映画祭のための映画」と見なされがちで、一般観客にとっては距離のあるものになってきた。だからこそRecognitionにおけるキュレーションは、作品を選ぶだけの作業ではなく、観客との信頼関係を長い時間をかけて育てていく営みなのだという。

Lyse NSENGIYUMVA氏

《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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