ソニーミュージックがインクルーシブデザイン研修を開催。聴覚・視覚障害当事者と考えるエンタメ体験【レポート】

ソニー・ミュージックエンタテインメントが、グループ社員向けの実践型インクルーシブデザイン研修を開催。聴覚障害や視覚障害のある4人のファシリテーターとともに舞台『チ。―地球の運動について―』を題材に、作品の魅力を多様な観客へ届ける方法を探った。「誰かのため」の工夫が、みんなの楽しさを広げていく——その気づきに満ちた一日を追う。

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ソニー・ミュージックエンタテインメント本社で、グループ社員向けの実践型インクルーシブデザイン研修「エンタテインメント・インクルーシブデザイン・ラボ」が開催された。

研修テーマは、「『学び』を『実装』へ。エンタテインメントの現場でインクルーシブデザインを体験する」というもの。

この日の題材となったのは、舞台『チ。―地球の運動について―』(以下、舞台『チ。』)。参加した社員たちは、聾者のSasa-Marieさん、聴覚障害のあるREINAさん、視覚障害のある真しろさん、鈴木龍弥(たつみん)さんとともに、作品を鑑賞し、その魅力をどうすればより多様な観客に届けられるのかを考えた。

今回の研修は、単に「障害のある人に向けて情報を補う方法」だけでなく、作品の魅力をあらためて見つめ直し、それを一人ひとりに合ったかたちで届けるにはどうすべきかを考える場として企画された。

「街の不便さ」から「エンタメ体験の再設計」へ

ソニーグループは、以前から障害当事者との対話を通じたインクルーシブデザイン研修を実施してきた。その研修では、障害当事者とともに街へ出て、日常の中にある不便さや気づきを見つけ、それをビジネスや企画に生かすことを目指していた。

一方で、ソニーミュージックの事業領域は、音楽、ライブ、アニメ、舞台、イベント、グッズなど、多様なエンタテインメントの現場に広がっている。そこで、エンタテインメント業界向けに新たに企画・設計し、舞台作品の鑑賞体験を題材にした研修を行うこととなった。

研修に協力したのは、アートプロジェクトの企画・運営を行う制作会社precogだ。precogは、国際的な舞台芸術をはじめとする表現活動の企画・制作に携わりながら、近年はアクセシビリティとインクルージョンにも力を入れている。

白い演台に立つ2人の人物。右側の人物はマイクに向かって話し、左側の人物は手話を行っている

研修には、ソニーミュージックグループ内のさまざまな事業会社の社員が参加した。ライブ制作、グッズ制作、レーベル、アニメ事業など、日頃からエンタメの企画や制作、運営に携わるメンバーが集まり、それぞれの現場に持ち帰れる視点を探った。

“聞こえない”“見えない”では語りきれない、エンタメの楽しみ方

前半では、4人の障害当事者が、自身の経験や普段のエンタメの楽しみ方について語った。

聴覚障害のあるREINAさんは、ライブハウスで働いている。現在は低音を頼りに音楽を楽しむことが多く、低音が強く伝わるイヤホンを選んで使っているという。

スクリーンの前に座り、膝元の手元の資料に視線を落としているREINAさん。『レイナ』という名札をつけた黒髪の人物

REINAさんは、生まれつき聞こえないわけではなく、途中から聴力が落ちていった。かつては音の世界から離れたいと思っていた時期もあったが、あるバンドの音楽に触れたことをきっかけに、再び音楽に心が動く感覚を取り戻したという。

「音楽を聞くということは、すべてを耳で行うことではない。その世界観を楽しむことだと思います」とREINAさんは語る。

聾者のSasa-Marieさんは、音楽と聾者の関係、アクセシビリティを研究しながら、手話を使ったサインポエトリーなどの表現活動も行っている。クラシック音楽が好きだというSasa-Marieさんは、その理由の一つとして「歌詞がないので字幕がいらない」ことを挙げた。楽器や指揮者の動きを視覚的に見たり、振動を身体で感じたりしながら音楽を楽しむという。

Sasa-Marieさんがスクリーンの前で手話をしている、『まりー』という名札をつけ、眼鏡をかけた金髪の人物

また、Sasa-Marieさんは「情報保障が何もない状態で生のものを見るのも好き」とも語った。鑑賞サポートは大切だが、機器による振動や情報提供に時差が生じると、かえって違和感につながることもあるという。

4人の登壇者が並んで座るパネルディスカッションの様子。背後のスクリーンには『聞こえない・聞こえづらい方・ろう者とアクセシビリティ』に関するスライドが投影され、手前には観客の姿が見える

全盲の真しろさんは、演劇、ゲーム、ライブ、旅行など、さまざまなエンタメを楽しんでいる。日常で欠かせないツールとして紹介したのは、iPhoneの画面読み上げ機能「VoiceOver」だ。LINEやSNS、動画サービス、ウェブサイト、交通機関の検索、ホテル予約など、スマートフォンの読み上げ機能は生活や遊びの大きな支えになっている。

白杖を両手で持ち、静かに座っている真しろさん。黒髪の男性

真しろさんは、音楽劇を鑑賞した経験から、音声ガイドについてこう話した。

「音楽劇では、音声ガイドが入りすぎても良くないし、でもないと困る場面もある。音楽劇と音声ガイドの相性は、もっと深掘りできると思いました」

4人の登壇者が並んで座るパネルディスカッションの様子。背後のスクリーンには『見えない・見えづらい方とアクセシビリティ』と題されたスライドが投影され、音声ガイドなどの事例が写真付きで紹介されている

弱視の鈴木龍弥(たつみん)さんは、外出をサポートするデバイス「Ashirase(あしらせ)」を紹介した。靴に装着し、足への振動で進行方向を知らせるデバイスで、視覚障害者だけでなく、見える人にとってもスマートフォンを見続けずに移動できる利点があるという。

『たつみん』という名札をつけた男性の鈴木龍弥さんが、両手に黒いあしらせを持ち、差し出されたマイクに向かって笑顔で話している様子

4人の話から浮かび上がったのは、同じ聴覚障害者、同じ視覚障害者であっても、楽しみ方は一人ひとり異なるということだった。
アクセシビリティは、単に不足している情報を補うという方向だけで考えるのではなく、個々人の楽しみ方を阻害しないか、あるいはどう楽しみ方を広げていけるかという視点が重要であることがよくわかる。

舞台『チ。』の“核”をどう届けるか

後半のグループワークでは、舞台『チ。』を題材に、参加者たちがアクセシビリティプログラムを企画した。

参加者は4つのチームに分かれ、舞台『チ。』の一部を鑑賞し、「この作品ならではの魅力は何か」を話し合う。

『題材は、舞台「チ。ー地球の運動についてー」』と題されたスライド資料。作品のストーリー解説とともに、舞台写真や劇中で使用される楽器の写真が配置されている

舞台『チ。』には、信念を貫く人間の強さ、絶望と希望、知をめぐる葛藤、身体表現、音楽、照明、舞台美術、プロジェクションマッピングなど、多層的な魅力がある。参加者たちは、自分がプロデューサーなら観客に何を届けたいかという視点で、作品の本質を言語化し、各チームで「作品の魅力を届けるためのプログラムや工夫」を検討した。

グループワーク中のテーブルには、大きな模造紙、付箋、ペン、アクセシビリティに関する資料が広げられていた。参加者は当事者ファシリテーターの言葉に耳を傾けながら、自分たちの現場で実装できる可能性を探っていく。手話通訳、文字起こしアプリ、筆談、視覚情報の言語化など、チームごとにコミュニケーションの取り方も異なっていた。

ワークショップのテーブルを囲む参加者たちの手元。たくさんの意見やキーワードが書き込まれた大きな模造紙を前に、ペンを持って話し合っている。卓上には舞台の様子が映し出されたタブレットも置かれている

あるチームは、「解釈の余白や遊び」を大切にしたいと考えた。音声ガイドは重要だが、語りすぎれば観客自身の想像を狭めてしまうこともある。そこで、音声ガイドを最小限にしつつ、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚など、複数の感覚を使って作品世界に没入できる仕組みを提案した。たとえば、血しぶきの場面で水が飛ぶ、血生臭い匂いがする、足元の振動で場面の緊張感を伝える、といったアイデアだ。

別のチームでは、聾者・難聴者に向けて「文字を使って伝える」ことを軸に議論した。字幕だけでなく、どの楽器が鳴っているのか、音がどのような感情を表しているのか、BGMの強弱がどう変化しているのかを、視覚的に伝える方法が考えられた。スマートグラスに字幕を表示すれば、舞台の雰囲気を壊さずに情報を受け取れるのではないかという意見も出た。

複数の人が大きなテーブルを囲んで座っているワークショップの様子。小さなホワイトボードを掲げる女性や、立って手を振る人物など、参加者たちが和やかに交流している

また、舞台美術や衣装、楽器に実際に触れるタッチツアー、役者自身によるセルフディスクリプション、観劇前の事前解説、観劇後の事後解説を組み合わせる案もあった。事前に知る、本編を楽しむ、事後にさらに深める。アクセシビリティは、本編の不足を埋めるだけでなく、鑑賞体験そのものを重層的にする可能性を持っている。

ほかにも、スマートグラス、振動デバイス、風や匂いの演出、場面に合わせた味覚の体験など、さまざまなアイデアが生まれた。どのチームにも共通していたのは、「すべての情報を一律に提供する」のではなく、観客が自分に合った方法を選べることが重要だという視点だった。

“後付け”ではないアクセシビリティを考える

ワークショップの最後に、4人のファシリテーターがそれぞれ感想を述べた。

鈴木龍弥(たつみん)さんは、参加者の多様なバックグラウンドから幅広いアイデアが生まれたことに触れ、「普段の仕事の中で、これはいいぞと思いついたら、企画に盛り込んでほしい」と語った。

真しろさんは、アクセシビリティを考えるときの姿勢について、次のように話した。

「アクセシビリティを考えたい、というよりも、この面白さをどう届けようか、という気持ちで考えてもらえるといいと思います」

REINAさんは、参加者がソニーの技術も含めて自由にアイデアを出していたことに期待を寄せた。

「自分がこれがあったら便利だろうなと思うことが、結果的に私たちにとっても助けになることが多いと思います。これからも考えることを続けてほしいです」

スクリーンの前で向かい合って対談する2人の女性。左側は眼鏡をかけた金髪のささまりーさん、右側は身振り手振りを交えて話す黒髪のREINAさん。背後のスクリーンには手話の動画などが映し出されている

Sasa-Marieさんは、アクセシビリティを「生き物」のように捉える必要性を語った。

「アクセシビリティには決まりがありません。答えがない。人間と同じように、生きているものとして考え続けることが大事だと思います」

さらに、Sasa-Marieさんは、制作の初期段階からアクセシビリティを含めて考えることの重要性も指摘した。

「後からアクセシビリティを付けるのではなく、最初から含めて作るという考え方を持っていただけたら嬉しいです」

“誰かのため”が、みんなの楽しさを広げていく

研修後、参加者の一人であるアニプレックスの太田今日子さんは、これまでイベント運営の中でアクセシビリティを十分に考えられていなかったことへの気づきを語った。

声優イベントや展示イベントなどに関わる中で、車椅子利用者への案内などは問い合わせがあれば対応していたものの、公式サイトであらかじめ情報を出すといった発信は十分ではなかったという。

一方で、ワークショップを通して、視覚障害のある観客に向けた工夫が、結果的にいわゆる健常者にとっても舞台をより楽しめる体験につながると感じたと語る。

「(インクルーシブのために考えた)アイデアの中には、いわゆる健常者と呼ばれる人にとっても、あったらより舞台を楽しめるよね、というものがあると思いました。(インクルーシブを考えることは)みんながより楽しめることにつながるんだなと思いました」

大きなテーブルを囲んで意見交換をするワークショップの様子。手前には点字ディスプレイを操作している白いシャツの男性が座り、奥では複数の参加者が立って模造紙を囲みながら、黒い服の女性の説明を聞いている

見えない人、聞こえない人、移動に不安がある人、初めて舞台を見る人、子ども、高齢者、言葉に不慣れな人。多様な観客の存在を想像することは、結果として、作品の楽しみ方をより豊かにする。

ソニーミュージックでは、今回の研修で得た学びを11月の「サステナビリティDay」でのステージ企画につなげていく予定だ。

《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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