『PERFECT DAYS』共同脚本・プロデュースの高崎氏が語る奇跡のような経験。 「映画祭は作品を商品に変換する場。だから最初に作品であることが問われる」

『PERFECT DAYS』が異例の快進撃を続けている。アカデミー賞国際長編部門へノミネートし、役所広司がカンヌ国際映画祭・最優秀男優賞を受賞した本作の道のりを共同脚本・プロデュースの高崎卓馬氏が振り返る。

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『PERFECT DAYS』共同脚本・プロデュースの高崎氏が語る奇跡のような経験。 「映画祭は作品を商品に変換する場。だから最初に作品であることが問われる」
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ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の映画『PERFECT DAYS』が異例の快進撃を続けている。

日本国内の興行収入は10億円を突破、累計世界興収もヴェンダース作品の記録を塗り替えたという。役所広司がカンヌ国際映画祭・最優秀男優賞を受賞したのを皮切りに世界でも絶賛が相次ぎ、アカデミー賞国際長編部門へのノミネートも果たした。

本作の成立経緯は、一般的な映画とはかなり異なる。本作が生まれるきっかけは、渋谷にある「THE TOKYO TOILET」(以下、TTT)だ。この公共トイレをつくり変えるプロジェクトからなぜ映画が生まれたのか、そして、映画の特殊な成り立ちによってどのような気づきがあったのか、プロデューサーと共同脚本を務め、本作をヴェンダース監督とともに作り上げた高崎卓馬氏に話を聞いた。

『PERFECT DAYS』共同脚本・プロデュースの高崎卓馬氏。

ゴールの設定も、企画書もない映画づくり

――通常、映画は制作費をリクープすることを意識しながら企画を立て、予算を組むものだと思いますが、本企画にはそういう意識はどの程度あったんでしょうか。

この作品は、何がゴールなのかを決めないままに作っていて、リクープをどうするということを最初に考えなかったことで良い結果になったと思います。通常、映画づくりはまず企画書を作り、プロット、役者、主題歌はこれで、公開時期はいつにするとかビジネス設計図を作ると思いますが、今回は全くそういうものを作っていないんです。運も味方してくれましたが、運を呼び込めた要因もここにあると思います。

当初は4つの短編を作るつもりで始めて、ヴェンダースが同じ日数で長編を作ろう、と言って映画になりました。撮影が終わり、編集してある程度形になってきた段階で彼が信頼できる知人に見せてみると、これは結構良いものになっているようだと。その時「ところでこの映画、どこでどう見せるんだ?」という話にやっとなりました(笑)。

それで、THE MATCH FACTORYというセールスエージェンシーのトップに編集室にきてもらって、試写をしました。そのときは反応がなかったのですが翌日、「言葉がみつからないほど、感動した」とメールが来て。それから公開に向けて動きが加速しました。

ヴェンダースは最初、「カンヌは批評が厳しい側面も強いから『映画が殺される』ことがある。あのストレスはかなり強い」と言っていて、ミーティングでヴェネチアを目標にしようと話していたのですが、ほぼ同じタイミングでカンヌからコンペへ参加しないか?と連絡がきて。映画祭のスケールを考えると挑戦する価値がある、となって。その頃日本での配給はビターズ・エンドに相談をしていました。僕がとても尊敬する会社でファンだったので。カンヌでは幸い評判もよく配給も次々と決まり、そして役所広司さんが最優秀男優賞を受賞して。これ以上ない結果でした。

――TTTプロジェクト推進者である柳井さんからの当初の依頼はTTTのPRだったんですか。

いえ。全然そうじゃありませんでした。もっと根源的な問いを共有された感じで。まず、TTTは単に面白いトイレを作ることが目的ではなく、公共意識のようなものをどうアップデートするかというそれぞれの挑戦だと思います。建築家やクリエーターたちが公衆トイレの抱える課題に対して個々が答えをつくる、その答えは問題をみんなに共有する。そういう装置だと思います。そのPRだとしたら、もっと他の方法がいいと思います映画はあまりにリスクが大きい。どんなにいいものを作っても誰にも観てもらえない、ということもありますから。柳井さんとの会話はやがて「アート」という言葉にたどりついて、そしてそれが「映画」になった。映画をつくるとなったときに日本だけじゃなく海外と融合したチームで、世界中に観てもらえるものを目指そうとなった。そして、ふたりとも大好きだったヴェンダースに。だいぶ端折りましたが。結果的にTTTのPRになっている部分もあるし、渋谷や東京のPRになっている部分もあると思いますが、それは結果で。

――短編映画の前には、架空の映画のサウンドトラックを作るというアイデアもあったと聞きます。音楽制作と映像制作では必要な予算も大きく変わると思います。

最初から予算の枠内で何かをやろうということじゃなくて、柳井さんもやるべき価値のあるアイデアがあればやろうという感じでした。この映画は予定した予算も決めておらず、企画書もない、ゴールを設定しないおかげで作れたもので、作り終えるころに「そういえば、これはどう見せるんだっけ」という話になって配給を決めていくという、普通じゃ考えられないパターンですね。

ヴェンダースとの仕事を振り返って

――『SWITCH』Vol.41 No.12 「特集 すばらしき映画人生! ヴィム・ヴェンダースの世界へ」の柳井さんと高崎さんの対談で、柳井さんは「たとえ、トイレが全く映っていなくてもいい」という発言さえされていました。本当にそれで良いと思われていたのですか。

そうですね。トイレを見せることが目的じゃなかったですから。ヴェンダースは、平山という主人公の人生や価値観を因数分解していくと、トイレを作ったみなさんの価値観に近いものがあるはずだと言っていました。だから、平山の価値観に共感することは、TTTに共感することになるからトイレが映っているかどうかは大した問題じゃない、むしろ清掃員の人生の方が重要だと言っていて、その通りだと思いました。

こちらとしても、彼の晩年の最高傑作ができたら最高だし、もしクランクイン直前に、空しか撮りたくないと言い出してもこっちは臨機応変に対応すると話していて、彼が満足できるなら僕も柳井さんもハッピーだと。でも、それはある種のプレッシャーでもあって、頼まれる側からすると無制限の自由ほど怖いものはないと思います。それは、自分と向き合うことが必要になりますから。

――本作のプロットは高崎さんの発案ですか。

ヴェンダースと一緒にシナリオハンティングをして、主人公はどこに住んでいて、テレビは何を見ているのか、何を趣味にしているかと質問責めにされ、全部答えていくんです。僕は元々ヴェンダースのファンだったので、彼の発言をずっと追いかけていたからかもしれないですが、シンクロするような不思議な感覚がありました。文字の8割くらいは僕が書いたのに、そんな気がしないんです。ヴェンダースの問いに応えるように書いていったので、彼がいない状態で同じものを書けたかというと、絶対に書けなかったと思います。導かれたような不思議な体験でした。

――シナリオハンティングから編集まで、高崎さんはずっとヴェンダースと一緒に並走していたんですか。

そうです。シナリオ作業も撮影中も、ベルリンでの編集も音の仕上げもずっと一緒にやりました。一番近いところで彼の仕事をみられたのは本当に貴重な体験でした。日本語での撮影だったというのもあったと思いますけど、ずっと横にいていいと言ってもらえたのは本当に幸運で。彼が何に悩み、それをどう乗り越えていくか。それを真横でみられました。彼の妻のドナータさんは、僕と話していると「まるでヴィムと話しているのか卓馬と話しているのかわからなくなる時がある」と言ってました。そのぐらい同期していたと思います。

それと、映像の見せ方は世界共通だと確認できたのは大きかったですね。どのタイミングで切れば気持ちがいいか、切り返す時には何が見えるべきか、など、自分が編集する時に考えていたことは全部通じたので、今までコツコツ一緒に仕事してきた仲間に、「みんな!通じたよ!間違ってなかったよ!」ってすごく言いたい(笑)。

作品を作る努力と商品として売る努力は、分けた方がいい

――企画書も書かずに純粋に作りたいものを自由に作れたことが成功の要因という話がありました。こういう環境ができるだけ広がればいいなと思いますが、どうすれば実現可能でしょうか。

難しいですよね。でも、努力を二回に分けた方がいいかもしれないとは思いました。良いものを純粋に作る努力、それから、それをたくさんの人に見てもらう努力という形で。これを両方同時に進めてしまうと、やっぱり観てもらうという方が勝ってしまうと思うんですね。でも、今の世の中みんな、過去当たったものに似たものや、自分をターゲットにされたものなど、そういう“商品”を観たいとはあまり思っていないと思うんです。

だから最初から商品を目指して作るのではなく、作品を純粋に作って、それから商品に転換していくのがいいと思います。

――日本の映画はその努力を二回に分けていないかもしれませんね。

分業になっていますから、それをやるのはシステム的に難しいところもあると思います。広告の世界も同じことが言える気がします。今回は無我夢中で作っていたら、たまたま努力が二回に分かれちゃったみたいな感じだったんですけど、やっぱりこれで良かったんだという経験ができたので、これからもその意識を持ってものづくりをしていきたいですね。

――まもなく、アカデミー賞授賞式ですが、映画祭やアワードキャンペーンを実際に経験して感じたことはありますか。

一番の驚きは、映画祭は「作品を商品に変換する場」だということが前提になっていることですね。二回に分ける話にもつながりますが、映画祭で商品に変換するので、最初から商品を持っていっても「商品はいらないです」となってしまう。それを肌で理解できました。

オスカーキャンペーンで体験したアメリカは、やっぱり世界のエンタメの中心地はアメリカなんだなということ。向こうの経済圏やキャリアプロセスに僕らが関与できていないですし、日本に面白いものがあると言っても、文化の特殊なサンプルとして面白がられるという感じなのが事実だと思います。

日本の文化を海外に持っていくのは大事だと思います。俳優たちをもっと紹介できるようになると何かが起きそうだなと思いました。役所さんもそうですが、彼らを圧倒できる才能は日本にたくさんいると思います。アメリカでは企画段階から入れたら、可能性は格段と広がりそうです。

『PERFECT DAYS』

全国大ヒット上映中

監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、 高崎卓馬
製作:柳井康治
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
製作:MASTER MIND 配給:ビターズ・エンド

© 2023 MASTER MIND Ltd.

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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