脱・興行収入至上主義。カンヌで発表された「ノストラダムス・レポート2026」が読み解く、映像コンテンツビジネスの新しい「成功のものさし」

映像産業の未来を占う年次報告書「Nostradamus Report 2026」がカンヌ映画祭で発表された。映画・テレビ・配信・個人クリエイターが一つのエコシステムへ融合するなか、成功の指標を興行収入などの「規模」から、ファンの熱量や「エンゲージメントの深さ」へと再定義する必要性を説く内容を読み解く。

グローバル マーケット&映画祭
出典:Göteborg Film Festival
出典:Göteborg Film Festival

2026年5月18日、カンヌ国際映画祭のマーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」で、映像産業の未来を占う年次報告書「Nostradamus Report 2026: Challenging Projections」が発表された。

このレポートは北欧最大級の映画祭、ヨーテボリ国際映画祭が2013年から毎年委託してきたもので、今回で13版目にあたる。扱う範囲は広く、映画、テレビ、配信はもちろん、クリエイターエコノミー、ファン文化、AI、公共支援、劇場興行まで、映像産業の近未来を多角的に見渡す、業界関係者にとって見逃せない内容になっている。

著者はメディアアナリストのヨハンナ・コルヨネン氏。今回は、Focus Features元CEOで脚本家・プロデューサーのジェームズ・シェイマス氏、WEBTOON Productions社長のデヴィッド・マッデン氏、Warp Filmsのピーター・カールトン氏、IPR.VCのヴィクトリア・フェー氏といった顔ぶれにインタビューし、映画、テレビ、投資、デジタルIP、クリエイターエコノミーを横断する視点から、いま映像産業が直面している構造変化を読み解いている。


映画、テレビ、配信、クリエイターは「一つのつながったエコシステム」になった

レポートがまず突きつけるのは、映画、テレビ、ストリーミング、オンライン動画、個人クリエイターを、もはや別々の産業として語れないという現実だ。

かつては、劇場映画、テレビドラマ、配信作品、YouTubeやTikTokの動画は、それぞれ別の世界の話だと思われていた。ところが実際には、同じ人材、同じ技術、同じプラットフォームを共有し、視聴者の時間と関心を奪い合っている。レポートはこの重なり合いを、映画・テレビ・ストリーミング・クリエイターメディアが「一つのつながったエコシステム(one connected ecosystem)」になったと表現する。

一方で、従来のビジネスモデルには限界が見えはじめている。TVドラマの制作量はピーク時の75%程度に落ち着きつつあり、欧米の放送局や配信事業者は新作への投資をより慎重に選ぶようになった。逆に長編映画の制作本数は世界的に記録的な水準で、2024年には8,107本もの長編が公開されたという。パンデミック前を上回る数字だが、観客動員やスクリーン数、マーケティングの現状を考えれば、このすべてが十分な観客に届くとは思えない。

そこへ縦型ショートドラマ、いわゆるマイクロドラマの急成長が重なる。中国ではマイクロドラマの収益が映画興行収入を上回る勢いを見せ、市場はアメリカ、日本、韓国などへも広がっている。NetflixやDisney+も縦型動画フィードの導入を進めており、短尺で縦型、連続視聴型のコンテンツは、もはや若者向けの周辺的な流行ではなく、映像ビジネス全体を揺さぶる存在になった。

こうした変化のなか、これからの時代、「誰の価値観と成功の定義」が産業を形づくるのか。興行収入や視聴率といった旧来の指標か、文化的価値か。ファンの熱量か。レポートは、これらをもはや切り離して考えることはできないと指摘している。

なぜ今、「新しいものさし」が必要なのか

映像産業はこれまで、成功を測るときに大きな数字に頼ってきた。映画なら興行収入、観客動員数。テレビなら視聴率。配信なら視聴時間や加入者数。SNSならフォロワー数や再生回数といったものだ。

こうした数字が大切なことは言うまでもない。だがレポートは、たった一つの数字で作品や産業全体の健全さを測ることの危うさを、繰り返し訴える。

たとえば、ある国の興行収入が伸びていても、その正体はチケット価格の上昇かもしれない。スクリーン数が維持されていても、地方の観客が実際に映画館へ行きやすいとは限らない。事実レポートは、欧州ではスクリーン数こそ保たれているものの、映画館が都市部や複合施設に集中すれば、地方の観客にとってのアクセスはむしろ悪化しうると指摘している。配信サービスの収益が伸びていても、その利益が制作会社やクリエイターに十分還元されているとは限らず、巨大プラットフォームへの依存だけが深まる恐れもある。

もっと深刻なのは、文化的価値を理由に公的支援を受けて作られた作品が、最後は商業的な観客動員数という別のものさしで裁かれてしまうことだ。レポートのなかでイリーナ・イグナティエフ=レムケ氏は、文化的価値と商業的リーチは本来別々の話なのに、現実には混同されていると言う。文化的意義を買われて支援された映画が、公開後には観客数で失敗の烙印を押される。逆に、商業ロジックで企画されたシリーズが、数字が伸びなければ今度は文化的価値を盾に擁護される。

このねじれを放っておくと、誰に向けて、何のために、どんな作品を作るのかが、どんどん曖昧になっていく。

だからこそ求められるのが、「広く浅く届くこと」だけでなく、「狭くても深く届くこと」を評価できる新しいものさしだ。

IPR.VCのヴィクトリア・フェー氏は、レポートのなかで印象的なことを語っている。従来のメディアにおける成功とは、できるだけ多くのチケットや配信権を売ることだった。だが今は、成功の定義が「エンゲージメントの深さ」へと移りつつある。受動的に眺める1,000万人より、深く気にかけてくれる1万人のほうが、経済的に価値を持つこともあると指摘する。

これは絵空事ではない。ライブイベントに足を運ぶ、グッズを買う、クラウドファンディングで支援する、レビューを書く、二次創作をする、友人に薦める。そうやって動くファンは、ただの視聴者ではなく、作品の価値そのものを増幅させる存在と捉える必要性についてレポートは論じている。


《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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