なぜ日本映画に国際共同製作が必要なのか?『遠い山なみの光』プロデューサーが明かす、そのリアルと可能性。そして石川慶の「不穏」な才能【イベントレポート】

トークイベント「『遠い山なみの光』プロデューサー登壇!日本映画に国際共同製作が必要な理由とその実態 Dialogue for BRANC #8」のレポートを公開。アーカイブ動画も好評販売中!

グローバル マーケット&映画祭
(C)2025 A Pale View of Hills Film Partners
(C)2025 A Pale View of Hills Film Partners
  • (C)2025 A Pale View of Hills Film Partners
  • (C)2025 A Pale View of Hills Film Partners
  • カンヌのマーケットで、ポーランド映画協会が掲出した広告
  • なぜ日本映画に国際共同製作が必要なのか?『遠い山なみの光』プロデューサーが明かす、そのリアルと可能性。そして石川慶の「不穏」な才能【イベントレポート】
  • なぜ日本映画に国際共同製作が必要なのか?『遠い山なみの光』プロデューサーが明かす、そのリアルと可能性。そして石川慶の「不穏」な才能【イベントレポート】
  • (C)2025 A Pale View of Hills Film Partners
  • なぜ日本映画に国際共同製作が必要なのか?『遠い山なみの光』プロデューサーが明かす、そのリアルと可能性。そして石川慶の「不穏」な才能【イベントレポート】
  • (C)2025 A Pale View of Hills Film Partners

8月25日、Branc主催のトークイベント「『遠い山なみの光』プロデューサー登壇!日本映画に国際共同製作が必要な理由とその実態 Dialogue for BRANC #8」が開催された。

9月5日に公開を控える映画『遠い山なみの光』は、ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロのデビュー小説を原作に、日本・イギリス・ポーランドの3カ国による国際共同製作という座組で製作された意欲作だ。

イベントには、本作のプロデューサーである石黒裕之氏(U-NEXT)と福間美由紀氏(分福)が登壇。国際共同製作に至った経緯から、資金調達や契約といった実務的な課題、そしてクリエイティブ面での化学反応まで、そのリアルな内幕を語った。本稿では、その濃密な対話のごく一部をレポートする。


(C)2025 A Pale View of Hills Film Partners

日英合作から、ポーランドが加わった3カ国製作への道

『遠い山なみの光』は、戦後まもない50年代の長崎と80年代のイギリスを舞台に、時代と場所を超えて交錯する記憶の秘密をひも解くヒューマンミステリーだ。監督は『ある男』の石川慶、主演に広瀬すず、共演に二階堂ふみ、吉田羊らを迎えて制作された。

英国で映画を学び、スタジオ地図で『竜とそばかすの姫』にも参加した石黒氏は、企画の初期段階から石川慶監督と「(日英の)共同製作でいこう」と決めていたという。

福間氏は是枝裕和監督の作品を中心に国際共同製作の経験が豊富だ。石黒氏から連絡をもらい、福間氏は「若いプロデューサーがはじめたプロジェクトで(自分の経験で)シェアできるものがあれば」という思いで参加を決めたそうだ。

では、なぜそこにポーランドが加わったのか。その背景には、クリエイティブとビジネス、両側面からの理由があった。

「ポストプロダクションをどこで行うかという話になった際、ポーランドで映画を学んだ経験を持つ石川監督から『ポーランドはどうですか』という提案があったんです」と石黒氏。石川監督はこれまでも自身の作品の仕上げをポーランドで行っている。さらに、ポーランド映画協会(PFI)の手厚い助成金制度も大きな魅力だった。こうして、本作は3カ国がそれぞれの強みを生かす座組へと発展していった。

日本と海外では「出資」の概念が違う

ちなみに本作は、日本国内では製作委員会を組成し資金を調達している。日本の製作委員会方式と海外の資金調達をどう組み合わせるのか、石黒氏は「国によってコンセントのプラグが違うようなもの」と例えるが、この調整に腐心したようだ。

石黒氏は「日本語の『出資』という一言が、海外では意味が異なる」と指摘する。海外では、純粋な投資である「エクイティ」と、配給権などの「ライセンス」が明確に区別される。一方、日本の製作委員会では、事業窓口を得るために出資することが多く、両者の概念が混在しがちだという。

さらに福間氏は、「海外では助成金(ソフトマネー)も獲得したプロダクションの出資と見なされ、その分も収益分配の対象になりえますが、日本では対象外という考え方が根強い。この違いを海外パートナーに理解してもらうのは非常に難しい」と語る。また、日本は共同製作協定を締結している国も少なく(編集部注:中国とイタリアのみ)、多くのアジア・ヨーロッパ諸国のように協定に基づいた公的な国際共同製作スキームが成立しづらいという。

また、製作スキームだけでなく、クリエイティブ面でも文化の違いは現れる。象徴的だったのは、「背中を見せるカット」をめぐる議論だった。「イギリスのプロデューサーから、『これは映画だろ。表情とセリフで見せないでどうするんだ』と指摘された」と石黒氏は笑う。福間氏も「韓国の現場でも、俳優の正面アップを求められることが多いです。『背中で語らせる』という表現は、日本的な感性なのかもしれない」と同意する。

カンヌのマーケットで、ポーランド映画協会が掲出した広告

グローバル市場での日本映画の「現在地」

イベント後半、テーマは「日本映画のグローバル展開」へ。

石黒氏は、この企画を推進できたのは最初にアニメの仕事をしたことが大きいという。「アニメは圧倒的に世界に届く。その原体験があったので、純粋に日本の実写も海外に出していいと思えた」と語る。

今年のカンヌ国際映画祭では多くの日本映画が出品され、国際的な評価が高まったと言える。だが、グローバルマーケットでの成功は「アニメやゴジラのような強いIP以外は非常に厳しい」のが現実だという。

石黒氏は、イギリスでハリウッド大手の支社を回った際に「この映画は何パーセント英語か?」と真っ先に聞かれたエピソードを披露。言語の壁というシビアな現実に直面したという。福間氏は海外展開における様々な壁を突破するためには、「ひとつのプロダクションや作品だけではなく、日本映画業界全体で戦略的に考え、方策を打っていく必要がある」と語る。

石川慶監督の「不穏」な才能と、観るたびに答えが変わる物語

プロデューサー陣は、石川慶監督の類稀なる才能を高く評価する。石黒氏は、ロンドンで監督のデビュー作『愚行録』を観た時の衝撃が全ての始まりだったと語る。「日本映画なのに、洋画を見ているようなテンポ感と色彩」に圧倒され、エンドロールで名前を調べたという。監督がポーランドで映画を学んだ経歴を知り、「海外の映画の文法で会話ができる人」と確信したことが、今回の企画の原点となった。

一方、短編オムニバス『十年 Ten Years Japan』で石川監督と組んだ経験のある福間氏は、その作家性を「不穏」という言葉で表現する。「普通に人が歩いてるだけでも、ご飯を食べているだけでも、どこかしらそのスクリーンに不穏な何かがみなぎって」いて「強烈な作家性」があると評する。また、福間氏は監督の「編集の鮮やかさ」も高く評価。監督自身が編集を最も重視する作業と捉えており、それが作家性をさらに強固なものにしていると分析した。

(C)2025 A Pale View of Hills Film Partners

その石川監督がカズオ・イシグロの原作と向き合った本作を、見る角度によって絵が変わる「だまし絵」に石黒氏は例える。「見るたびに印象が変わる」と語り、観客一人ひとりの感じ方が答えになる本作の楽しみ方を提示した。

福間氏は、戦後を懸命に生きた女性たちの姿から「希望や勇気を感じていただきたい」としつつも、同時に石川監督らしい「不穏なミステリータッチの面白さ」も大きな魅力だと指摘する。そして、本作の核心には「物語の力」があると付け加える。劇中で母が娘に語れなかった辛い記憶を、「物語にすることで話せた」ように、フィクションの持つ力が、戦争に限らず様々な傷を抱えた人々の間で、繋がりを結び直す希望となりうるのではないかと、本作の魅力について総括した。

(C)2025 A Pale View of Hills Film Partners

映画『遠い山なみの光』は、カズオ・イシグロという世界的な才能を礎に、国境を越えたクリエイターたちの情熱と知恵が結実した一本だ。それは、観る人によって解釈が変わる「だまし絵」のような深遠な魅力を持ちながら、戦争の傷を「物語」の力で乗り越えようとする、普遍的な希望を描いている。この挑戦的なプロジェクトが切り拓いた道は、日本映画の未来にとって大きな光となるはずだ。まずは劇場で、その確かな輝きを目撃してほしい。

映画『遠い山なみの光』は2025年9月5日(金)より全国公開。

無料会員(視聴チケット¥2,480)・一般のお申込み

ライト会員のお申込み


『遠い山なみの光』

公式サイト:https://gaga.ne.jp/yamanami/

9月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

主演:広瀬すず、二階堂、吉田羊、カミラ・アイコ、柴田理恵、渡辺大知、鈴木碧桜、松下洸平、三浦友和

原作:カズオ・イシグロ/小野寺健訳『遠い山なみの光』(ハヤカワ文庫)

監督・脚本・編集:石川慶

製作幹事:U-NEXT

制作:分福/ザフール

共同制作:Number 9 Films、Lava Films

配給:ギャガ

助成:JLOX+文化庁 PFI

©2025 A Pale View of Hills Film Partners

《杉本穂高》

関連タグ

杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

編集部おすすめの記事