10月8日と9日の「VR FORUM 2025|Next STANDARDをともに。」にて、「届ける力、響かせる力:これからのコンテンツ配信戦略」と題したセミナーが開催された。本セミナーには、コンテンツビジネスの最前線に立つTBSテレビ(以下、TBS)と東宝株式会社(以下、東宝)の担当者が登壇。強力なIP(知的財産)を持つ2社が、多様化する配信プラットフォームやグローバル市場とどう向き合っているか、その戦略を語った。
登壇者は、株式会社TBSテレビ プラットフォームビジネス局長の田中徹氏、東宝株式会社 エンタテインメントユニット ライツ事業部 配信番販事業室長の岩橋康平氏。本レポートでは、セッションで議論された国内配信戦略、両社のグローバル戦略、そしてデータ活用の3つの主要トピックについて詳述する。

国内配信戦略とコンテンツ価値の最大化
セッションはまず、国内の多様な配信チャネルとどう向き合うかというテーマから始まった。
TBS:コンテンツライフタイムバリューの追求
TBSの田中氏は、コンテンツを届ける最終ゴールは「できるだけ多くの人に見てほしい」という点は、今も昔も変わらないと強調。しかし、デバイスや生活様式の変化に伴い、リアルタイム視聴だけでなく、TVer(無料見逃し配信)やU-NEXTをはじめとする定額制動画配信などによる、放送直後からのキャッチアップ視聴への対応が不可欠となっているという。
TBSは中期経営計画「VISION 2030」および拡張戦略「EDGE」(Expand Digital Global Experience)を掲げ、コンテンツの価値を最大化する「コンテンツライフタイムバリュー」という考え方を重視しているという。これは、かつてのように初回放送の視聴率(=瞬間的なスパイク)のみをゴールとするのではなく、放送後も「さざ波のように」継続的に視聴機会を創出し、コンテンツを長く愛してもらう(=マネタイズし続ける)戦略だ。

具体例として、映画『グランメゾン・パリ』公開前に、過去のドラマシリーズ『グランメゾン東京』や主演の木村拓哉の他作品を各プラットフォームで配信し、視聴者の期待値を高めた施策を挙げた。
また、国内プラットフォームでは、TVerが民放各社の協力で成立している世界的に珍しいBVOD(放送事業者による動画配信)として確立しつつあると指摘。特に昨年のパリオリンピックを機に「TVer無料」の認知が広がり、従来TVerに触れてこなかった40代~50代の層もバラエティ番組を視聴する傾向が強まっているとした。
東宝:実写とアニメで異なる配信戦略
岩橋氏は、東宝では、実写作品とテレビアニメシリーズで配信戦略が異なるとした。
実写作品は、劇場公開後にレンタル、地上波放送といった従来の「ウィンドウ(配信窓口)」がある程度確立されている。そのため、作品の興行収入などに応じて、独占配信にして価値を高めるか、非独占で広く展開するかを作品ごとに判断し、収益の最大化を図るという。
一方、テレビアニメは、IPを広げることが最優先事項となる。そのため、放送とほぼ同タイミングで、原則として「非独占」で多くのプラットフォームに展開し、視聴者との接点を最大化する。これにより作品の認知度を高め、関連商品などの購買に繋げることを狙うという。認知を広げるユニークな事例として『怪獣8号』をXにて無料配信した試みを紹介した。

TBSの世界戦略 — CJ ENMとの提携と制作体制の課題
両社が重要視するグローバル戦略についても、具体的な取り組みが明かされた。
TBSは、韓国のCJ ENM(スタジオドラゴン、tvNなどを擁する韓国企業)との戦略的業務提携を推進している。田中氏は、CJ ENMが常に世界市場をゴールに置いてコンテンツを制作し、強力な販売網を持つ点に「学ぶ部分が非常に大きい」と語った。
共同開発の例として、バラエティ番組『MUGEN LOOP』はMIPCOMの国際フォーマットアワードにノミネート。ドラマ『初恋DOGs』はスタジオドラゴンと共同開発し、Maxでの世界配信や、韓国のTVINGでの配信とケーブルテレビでの放送も実現。これは日本のドラマとしては初の試みだ。

一方で、グローバル基準でコンテンツを制作する上での課題も挙げられた。日本では一般的な「クランクイン時に台本がすべて揃っていない」「放送に向けて撮って出し」といった制作スケジュールは、世界展開においては難しさがあるという。
また、グループ会社THE SEVENが制作に携わるNetflix作品『今際の国のアリス』は、シーズン3が配信初週で87カ国のトップ10に入るなど、TBSグループの海外戦略における重要な成功事例となっている。この成功の要因として、田中氏は「企画段階から世界を明確に意識していること」「クリエイター中心の制作体制」の2点を挙げた。
東宝の世界戦略 — 『ゴジラ』などIPのグローバル展開
東宝は、今年新たに「IP・アニメ本部」を設立。2032年までに利益を倍増させる目標を掲げ、その柱としてIP展開を据えている。
その筆頭が『ゴジラ』だ。70周年記念作品『ゴジラ-1.0』は国内の大ヒットに続き、北米での自社配給を敢行して大成功を収め、アカデミー賞(視覚効果賞)受賞に至った。

岩橋氏によれば、『ゴジラ』はネームバリューこそ世界的に確立されているものの、商品化(マーチャンダイジング)に関しては展開しきれていない地域もまだ多い。現在は海外チームがリサーチを進め、台湾の三越に「ゴジラストア」をオープンさせるなどの施策を実施している。
また、米国の配給会社GKIDSを買収するなど、ネットワーク拡充も進め、作品を世界に届ける体制を構築中だという。岩橋氏は、海外に拠点を設け、現地のファンが何を好むかの知見を蓄積し、それを制作サイドにフィードバックする「IPのライフサイクル」の構築を目指していると語った。
海外配信の視聴データにどうアクセスするか
セッションでは、配信戦略におけるデータ活用の重要性についても議論された。
大きな課題として、両氏から「海外プラットフォーマーが視聴データを開示しない点」が挙げられた。
田中氏は、データ非開示では、自社コンテンツが「どの国で、どの層に、どれだけ見られているか」が分からず、他社との優位性を示しにくいと指摘。何より、作り手(クリエイター)のモチベーション低下に繋がる(=目隠しして物を作っている状態)と述べた。
岩橋氏も、データがなければ作品の価値を証明しづらく、収益を上げて制作現場に還元するという二次利用の責務を果たす上で困難が伴うという。

この課題に対し、ビデオサーチが提供する「SoDA」のような第三者による視聴データに両氏が期待を寄せている。
TBSはグループ会社であるデジタルマーケティング会社「WACUL(ワカル)」を通じてデータビジネスに参入しており、視聴データをコンテンツセールスに役立てているとした。
東宝も、とりわけ「ファンダム(Fandom)」の熱量や動向を可視化するデータに関心が高いとし、データ活用が今後の海外展開に不可欠であると強調した。
最後に、両氏が考える「ネクストスタンダード」が示された。
東宝の岩橋氏は「ファンダム」を挙げた。アニメファンの「推し活」に見られるように、ファンが作品に注ぐ熱量はかつてなく高まっている。この「ファンと繋がり、ファンが何を望んでいるかを理解し、それに応えること」が今後のスタンダードになるとした。
TBSの田中氏は、テレビ局が従来得意としてきた「マス(最大公約数)」へのアプローチに加え、今後は「個(個人)」にフォーカスした戦略が必要になると述べた。視聴者一人ひとりの回遊行動やUI/UXを想像し、個々の発信力が高まる時代において、いかに「個に寄り添うか」が鍵となると語り、セッションを終えた。