現在、放送・配信中の中国アニメ界の気鋭、リ・ハオリン監督が手掛ける最新作『TO BE HERO X』は、中国と日本の才能が結集した共同製作プロジェクトだ。これまで、多くの中国アニメーションのローカライズを担ってきたアニプレックスだが、今作では企画の立ち上げから参画し、一歩進んだ新たなパートナーシップを築いている。
この意欲的な挑戦で日本側のプロデューサーを務める黒﨑静佳氏に、国境を越えた本作の制作背景、そしてアニプレックスのグローバル戦略におけるその重要性について話を聞いた。

ハオリン監督はプロデューサーの視点も持ったクリエイター
――黒﨑さんは、企画の段階から本作に関わっていらっしゃるとのことですが、プロジェクトが立ち上がった経緯を教えていただけますか。
黒﨑:私は2019年頃からアニプレックスで中国作品の日本語版ローカライズを担当していました。リ・ハオリン監督が手掛けた『天官賜福』や『時光代理人 -LINK CLICK-』も担当させていただいたのですが、当時はコロナ禍で監督と直接お会いする機会がありませんでした。渡航が可能になったタイミングで、監督から「日本に行くのでぜひお会いしたい」と声をかけていただき、初めて対面でお会いしました。その時に「見ていただきたい企画があります」と持ってきてくださったのが、この『TO BE HERO X』だったんです。
――本作は、ハオリン監督側からの提案で始まった企画なのですね。これまではローカライズでの協力でしたが、今回は一歩踏み込んだ共同制作となっています。国内のスタジオとのお仕事と、どのような違いや苦労がありましたか。
黒﨑:まず言語が違うので、制作から宣伝、ビジネスプランニングに至るまで、普段ならコストゼロで済むところに大きなコミュニケーションコストがかかりました。また、日本と中国ではアニメの作り方がほとんど同じようで、細かい部分で異なります。我々が日本のアニメ制作の前提で話してしまうと、どこかで食い違いが生まれてしまう。トラブルとまではいきませんが、まずはお互いの前提認識を合わせる作業が非常に大変でした。
――日中でのアニメの作り方の違いについて、具体的に教えていただけますか。
黒﨑:もちろん作品やクリエイターによりますが、中国の作品はテレビ放送を前提としていないため、尺のルールが厳密ではありません。日本では「24分」という枠の中でどう構成するかを考えますが、中国は配信がメインなので尺の自由度が高い。そのため、ギリギリまで話数ごとの尺が確定しないこともありました。
もう一つの大きな違いは、脚本が存在しないことです。『TO BE HERO X』もそうでしたが、セリフだけが書かれた「ダイアログメモ」のようなものから、いきなりムービーコンテの制作に入るんです。そして、そのムービーコンテ上で内容をどんどん詰めていく。我々プロデューサーとしては、その中国語のムービーコンテを見るまで、各話で何が起こるか把握できないという状況でした。
――脚本がない制作はやりにくいですか。
黒﨑:やりにくい点と、やりやすい点の両方ありました。やりにくいのは、日本語への翻訳作業です。通常なら脚本が固まった段階で先行して翻訳準備を進められますが、それができませんでした。一方で、ムービーコンテによって完成形に近い映像イメージが早い段階でわかるので、社内チームや取引先に作品を紹介する際には、イメージを掴んでもらいやすいのはメリットだと感じました。特に本作はオリジナル作品なので、ビジュアルでアピールできるのは大きかったですね。
――本作のビジュアルは2Dと3Dが融合した新しいスタイルが印象的です。
黒﨑:監督が最初にご提案くださった時にパイロットムービーを見せていただきましたが、その時点で2Dと3Dを混ぜるコンセプトが明確に示されていました。日本のアニメでは見られないスタイルでワクワクしたので、ぜひやりたいと思ったんです。

――音楽制作はアニプレックスが担当されていますが、監督とはどのようなやり取りがあったのでしょうか。
黒﨑:監督から澤野弘之さんをはじめとした日本の音楽家を起用したいというご要望がありました。音楽はアニプレックスの強みでもありますので、こちらからも、監督から音楽のオーダーをいただきつつ「10人のヒーローごとに作曲家を変えましょう」といった提案をしました。監督からの中国語のオーダーを日本語に訳し、さらに作曲家たちに分かりやすく発注していくという作業でした。
――ハオリン監督との協業で、他に刺激を受けた点はありますか。
黒﨑:ハオリン監督ご自身が、クリエイティブな個性と同時に、非常にプロデューサー的な目線をお持ちの点です。どうやってお客さんに見てもらうか、どうマネタイズすべきか、といったビジネス面での感度が非常に高い。日本のクリエイターの方があまり口にしないようなお金の話も、監督はプロデューサーとして「どう売っていきたいか」をはっきりおっしゃるので、クリエイターであると同時にビジネスパートナーとしても話ができる、稀有な存在だと感じています。