『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今

アートディレクターとして活躍する千原徹也氏が『アイスクリームフィーバー』で初監督を務める。奇しくも同日公開となったスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』の「広告ゼロ」展開と絡めながら『アイスクリームフィーバー』の画期的な取り組みを深堀していく。

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アートディレクターとして活躍する千原徹也氏が、映画監督デビューを飾った。

7月14日(金)に劇場公開を迎える『アイスクリームフィーバー』は、千原氏がゼロから企画を立案し、映画公開に伴うタイアップやコラボレーションも自ら仕掛けていくという壮大なインディペンデント企画。

吉岡里帆、モトーラ世理奈、詩羽(水曜日のカンパネラ)、松本まりかといったキャスティングや、「niko and…」といったファッションブランドをもつ「アダストリア」に、「猿田彦珈琲」「小杉湯」とのコラボレーション、渋谷PARCOでのイベントを含め、千原氏のクリエイティビティが存分に生かされた展開を見せている。

従来の映画制作・宣伝とは一味違う『アイスクリームフィーバー』で、彼は何を起こそうとしているのか。宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』(7月14日公開)を絡め、ロングインタビューでじっくりと語っていただいた。


映画宣伝の新たなかたちを生み出した『アイスクリームフィーバー』と『君たちはどう生きるか』

――今回のインタビューは、千原さんがTwitterに投稿された「アイスクリームフィーバーと、広告の今、製作委員会ではない戦い方、映画のコンセプト、君たちはどう生きるかの考え方、などについて話したい」というつぶやきから実現しました。今日はこのテーマを中心に伺えればと思います。

ありがとうございます。宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』は、ポスター以外の情報を公開まで出さないという、これまでにない映画宣伝の仕方をしていますよね。僕自身、広告の仕事をやってきて「広告を打つことで予算が発生し、ビジネスが回る」という形態をずっと見てきたため、衝撃を受けました

6月に発売されたばかりの鈴木敏夫プロデューサーによる書籍「スタジオジブリ物語」には「製作委員会方式を取らない方が、時間も作り方も予算も自由にできる」というようなことが書いてありましたが、実は『アイスクリームフィーバー』もそうで、宣伝の部分のみ製作委員会方式を取っています。そして奇しくもこの2作品は、公開日が同じ7月14日(金)なんです。

――製作委員会方式は、端的にいうと複数の企業が資金を持ち寄って映画製作を行うシステムです。メリットとしては各社が負うリスクの軽減、デメリットは船頭が増えることなどが挙げられます。

そうですね。「お金を回収しないといけない」という理由から発生したものですから、そのぶんフットワークは重くなります。『アイスクリームフィーバー』の脚本は改稿を重ねて最終的に第18稿までいきましたが、製作委員会方式だったら一回内容を変えると関係者全員に「これでいいでしょうか」と確認を取らないといけません。キャスティングもそうで、僕は皆さんに直に電話して「出て!」と交渉しましたが、そんなことはできなくなる。逆に製作委員会から「この人がいいんじゃないか」という逆提案もありますしね。それを外せたという意味では、作品作りの上では大きかったです。

「言葉にできない」良さも大事にしたい

――そもそも本作は、千原さんと川上未映子さんの関係性からスタートしてもいますよね。

はい。川上さんとは広告の仕事で定期的にご一緒していて「映画を撮りたい」という話もしていたんです。実際、最初に「映画を撮ろう」と決めて真っ先に連絡したのは川上さんでした。その後すぐ二人で会って「川上さんが脚本を書くのか、それとも彼女が書いた小説を使うのか」というところから一緒に考えていきました。そのときに川上さんが提案してくれたのが「アイスクリーム熱」です。

「アイスクリーム熱」は10ページ程度の短編ですが、川上さんの中に『ジョゼと虎と魚たち』のイメージがあったそうなんです。あちらは、田辺聖子さんの短編小説を脚本家の渡辺あやさんが膨らまして実写映画化しましたよね。そういう形はどうだろう?ということで決まりました。川上さんの小説は、起承転結がはっきりあるというよりは「何も起きなかったけど、心が少し変わった」くらいの面白さがあると思います。映画にするとなるとなかなか難しいのですが、僕はその「言葉に出来ない感情を映像化したい」と感じました。

いま、いわゆる「面白い映画」ってわかりやすく答えを提示してくれるものが多いと思うんです。これは映画だけの話じゃなく、何でもかんでもコメントを求められてそこに上手く返せる方が「面白い」と言われ、人気を獲得していますよね。でも、この映画の中には川上さんが書いてくれた「うまく言葉に出来ないということは、いまのところその素敵さは私だけのものだ」というセリフの通り、「言葉に出来ないっていいよね」という思いを込めました。

試写会などで様々な方にコメントを頂いているのですが、一番嬉しいのは「わからないけど、なんか良かった」と言われることです。曖昧さを尊ぶというか、ここが川上さんと僕が求めていた答えなのかもしれないなと思います。そういうものが、一番心に残る気がするんです。僕も初めて映画を撮ったし、いいところも悪いところも多々あると思います。僕自身は「すごく青臭い映画だな」と思いますし。

でもそのプロっぽくなさ、青さがこの映画には大事なんだろうなとも感じます。きっとこういう映画って、もう作れないでしょうから。初めてやったからこそ出た危うさや、未完成の感じを含めて青いけど、なんか心に残ったなと思ってもらえたら嬉しいです。

製作委員会方式を脱して自由な宣伝を

――そうした作家性は、本作のインディペンデント(独立系)のつくり方でより担保されたところがありますよね、きっと。

あと、本作においては宣伝も自由にできています。僕が普段やっているアートディレクターの要領を活かし、「映画ではこんなコラボやらないよね、こういうメディアはあまりないよね」というところにどんどん声をかけながら、アートディレクションは全部僕の方でやっています。映画監督の仕事は去年の撮影時にほぼ終わって、いまはアートディレクターとして映画全体のディレクションを担っているという感覚です。アートディレクターとしてデザインや広告の仕事を行うときは、カメラマンやメイク、スタイリスト、モデル、デザイナーにイラストレーターといった人々を自分でアサインしますが、今回はアートディレクターとしての自分が監督に千原徹也をアサインしたようなイメージです。

『アイスクリームフィーバー』と下着屋さん「une nana cool」のコラボレーション。

ただ、僕の場合は製作委員会方式を外すことで宣伝やディレクションを自由にしましたが、『君たちはどう生きるか』の場合は宣伝自体をゼロにしているから画期的であり、新鮮でした。ちょうどいま、広告代理店が企業に大金を使って広告出稿をたくさん出すやり方が本当に適しているのか?というところが議論されていますよね。広告のあり方が変わりつつある中で、『君たちはどう生きるか』の「広告ゼロ」は、まだ誰も発想していなかったんじゃないかと思います。

きっと、情報をゼロにすることで観に行った人がTwitterやInstagramに絶対に投稿すると思うんです。予告編も何も出ていない・誰も触れていない映画を観に行ったら真っ先に「観たよ」と報告したくなりますよね。それが広告になっていく気がします。広告を使わない『君たちはどう生きるか』、アートディレクションを駆使した『アイスクリームフィーバー』、もちろん規模感は向こうが遥かに上ですが、製作委員会方式を取らなかった2作品が同日公開なのは面白い状況だなと感じます。

――『アイスクリームフィーバー』は、製作委員会方式になりかけた時期があったと伺いました。

はい。なので、色々な人が関わることで生まれる不自由さは身をもって知っています(苦笑)。僕は自分で色々と動きたいタイプなので、自分で決定できないのがジレンマでした。ただ、製作委員会方式がコロナなどでバラシになり、そこから普段のアートディレクターとしての動き方に近くなったので、自分としてはすごく楽です。

――ただ難しいのは、日本映画界の現状だと「初週3日間が勝負」というものがあることです。公開週の金・土・日の成績いかんで劇場の上映回数に変動が生じるため、その動員のために盛り上がりをどう作っていくか→広告を打つという考え方になってくる。作品の規模感によっては「2週間は確定、それ以降は成績次第」という縛りもありますし。

初週3日間が勝負というのは僕も聞いていて、そこに向けてどうするかというのはすごく大事だと思いますが、実際「公開してから人がどう思うか」もとても大切ですよね。公開前後で映画の印象って変わるものですし。そのためにも、初動3日間で人が入ってくれると話題作りにもなるので『アイスクリームフィーバー』はそこを目指してやってきました。

『君たちはどう生きるか』もきっと考え自体は同じで、その方法論として「広告ゼロ」を選択したんじゃないかなと思います。情報を出さない方が逆にお客さんが来てくれるんじゃないかというチャレンジですよね。もちろんそれをできるのは宮崎駿監督の実績があってこその業(わざ)だと思いますし、僕は僕でアートディレクターだから出来ることであって、どちらも通常の映画のつくり方だとイレギュラーかもしれません。

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《SYO》

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物書き SYO

1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、小説・漫画・音楽・ゲームなどエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。並行して個人の創作活動も行う。