2025年4月16日、総理大臣官邸にて「映画戦略企画委員会(第3回)」が開催された。政府関係省庁および業界関係者が一堂に会し、映画産業をめぐる制度整備と政策推進に関する具体的な課題と提案が議論された。今回は、行政各省庁と委員がそれぞれ提出した資料に基づき、報告内容を紹介する。
映画戦略企画委員会は、コンテンツ産業官民協議会の下部組織として設置された、映画産業を強化するために設置された官民連携の組織。映画分野における政策の具体化を目的とし、映画関連のクリエイターが安心して持続的に働ける環境の整備、支援制度の在り方、海外展開、ロケ誘致などを主な検討課題としている。
※サムネイル画像は、第2回開催時のもの。
行政各省庁の報告内容
公正取引委員会:クリエイター取引環境の実態調査を報告
映画・アニメ制作現場におけるクリエイターの取引環境に関する実態調査を報告。2025年1月よりヒアリング調査を実施しており、多重下請構造により制作現場への収益還元が不十分との指摘を紹介。今後はアンケート調査の実施も予定されている。
経済産業省:アニ適の創設を提唱
以下の3点を中心に報告を行った。
映適制度支援とガイドライン推進
日本映画制作適正化機構(映適)のガイドライン準拠を要件に、補助金加点措置を講じている。2025年度も引き続き検証・検討会議を開催予定。エンタメ・クリエイティブ産業戦略の中間まとめ
2033年までにコンテンツの海外売上高を20兆円に引き上げるという目標を掲げ、分野別専門委員会の設置と「10分野100のアクション」を提示。映画分野ではミニシアター支援や国際共同製作の推進などが例示された。アニメ分野では、配信プラットフォーマーと制作会社の契約条件の改善・透明化に向けた取組みに加え、映適にならった、就業環境改善に資する適正制作の認定制度(アニ適)の創設が提案されているロケ誘致支援策の充実
海外映像制作者による日本でのロケを支援する補助事業を紹介。補助率2分の1、上限10億円とし、令和5年度には9件の採択実績を挙げた。カンヌやベネチア国際映画祭などでの積極的なPR活動も実施している。
文化庁:映適遵守を支援の加点対象に
映適マークの審査料を補助対象とする制度改正を報告し、ガイドライン遵守を「日本映画製作支援事業」の審査上の加点対象とした。今後、「遵守」を要件化する等により取組を推進する意向を示している。加えて、分野別研修教材の開発や、スキル向上を図る育成プログラムの支援を進めている。
内閣府知的財産戦略推進事務局:支援情報のポータルサイト作りを進める
主に以下の3点を報告した。
価格交渉環境の整備
フリーランス新法を背景に、発注者・受注者双方の取引環境整備を呼びかけ。映適の労働時間ガイドラインが国際基準に届いていないとの指摘に応え、今後の改善を促進する意向を示した。ロケ撮影手続きの合理化
「ロケ撮影ハンドブック」の改訂内容を共有。許認可手続の一元化や窓口明確化、爆破シーンや空港での撮影に関する事例集の作成などが報告された。支援情報の一元化
クリエイター向け施策やツールを集約したポータルサイトの構築を進めており、2025年夏頃の公開を目指す。補助金やガイドラインなどが一元的に確認できる構成とする予定である。
民間委員による報告・提案
内山隆委員:人材育成と政策評価の視点から
青山学院大学の内山委員は、映像産業の中長期的発展のために不可欠な人材育成の在り方について言及した。特に、各職能ごとのスキルマップ整備と人材の「見える化」が必要であると指摘。撮影・編集など技術的な職能では階層化が進んでいる一方、監督やプロデューサーといった創造的・管理的な職能については、スキル評価が困難であるとし、過去の実績評価を重視すべきと記述している。
また、政策上「作品支援」と「人材育成支援」は明確に分けて評価されるべきであると主張。フランスのCNCのように、過去の実績に応じた自動補助制度の導入を日本でも検討すべきとした。さらに英国の「British Film and High-end Television」報告書を引き合いに出し、税制支援や独立系映画館支援など、日本が学ぶべき事例が多数存在すると述べた。
近藤香南子委員:労働環境と支援制度の見直しを提言
近藤委員は、映画制作現場の構造的な人権課題と労働環境の改善を訴えた。特に「ビジネスと人権」の観点をすべての支援制度に反映させるべきであり、性暴力の根絶やリカレント教育の人権教育化が急務であると指摘した。
また、現場スタッフの労働環境について、映適ガイドラインの更なる改善と、支援制度における映適の申請要件化を主張。さらに、文化庁が実施する「映画スタッフ育成事業」や「ndjc」などの強化、新人育成支援枠の設置など、具体的な制度改編案も提示した。
情報発信と支援制度の分散についても、ポータルサイトの設置と支援情報の一元化、ジェンダーギャップやD&I(多様性と包摂)の観点を盛り込んだ統計調査の導入も要望された。
和田丈嗣委員:アニメ制作現場の構造的課題を可視化
株式会社プロダクション・アイジー代表取締役社長の和田委員は、特にアニメ制作会社の経済状態と、その背景にある構造的課題について詳述した。映像制作費の決定時期と制作時期の乖離によってアニメスタジオに赤字が発生している実態を報告、契約未締結により制作費の支払いが遅れる問題など、制作スタジオの資金繰り悪化が深刻化している現状を訴えた。
また、プリプロの短縮によるスケジュール圧迫、作業負荷の増大による外注化とフリーランスの低賃金化、後工程における労働過多と品質低下など、制作の各段階での問題を構造的に整理した。
解決策として、以下の制度整備を提案している:
標準契約書の策定と契約の明文化
前払い制度の導入による資金繰り支援
紛争解決メカニズムの確立
フリーランスも含めた福利厚生制度の整備
さらには、持続可能なアニメ産業のために、法制度と官民一体となったガイドライン整備の必要性も強調している。
今後の展望
本委員会では、行政と民間が共に課題を共有し、改善に向けた具体的な方策を提示した。映適制度の活用拡大や海外展開支援、価格交渉の実効性向上、ロケ撮影環境の整備など、多岐にわたるアクションが打ち出されている。今後は、これらの施策が業界全体にどのように波及し、持続可能な映画制作環境の構築につながるかが注視される。
前2回の同会議の内容は以下の記事にまとめている。