2月13日、コンテンツ産業官民協議会・映画戦略企画委員会の第2回会議が開催された。
本協議会・委員会は、岸田前政権時に始まった内閣府の「新しい資本主事実現会議」で設置が決定され、昨年9月に発足。これまで各省庁でバラバラに展開されていたコンテンツ支援を一元化し、クリエイターと事業者双方を強力にバックアップする目的で組織された。
同協議会は、クリエイターと産業団体の関係者に、内閣府・文部科学省(文化庁)・経済産業省・総務省・外務省・公正取引委員会などの関係省庁から成る組織で、第1回の会合には、映画監督の是枝裕和氏や俳優の大沢たかお氏など、現場のクリエイターも委員として参加。クリエイターが安心して持続的に働ける環境整備と海外展開や情報発信、産業全体の支援制度のあり方を議論するものだ。
今回は石破政権となってから初めての開催となった。第1回から5ヵ月空いての開催となったが、産業支援の一元化という目標にどれだけ近づいたのだろうか。
文化の公的支援の一元化が目標
まず、前回の発足時の会議で何が確認されたかをおさらいする。
9月9日の第1回会議には岸田前総理も出席し、本協議会の目的を「クリエイターとコンテンツ産業に対する政府の司令塔機能を明確にし、体制を強化するため」と強調。そして、クリエイターと事業者双方を支援するために「クリエイター支援基金を設立し、抜本的に支援政策を強化していく」ことを目指すとしている。
そして、コンテンツ産業官民協議会の下部組織として「映画戦略企画委員会」が設置されることも決定。映画支援に特化した組織として運営されていくことが発表された。フランスや韓国、台湾など各国には映画専門の支援組織が存在し、そうした国々から日本は映画産業支援に関して後れを取っている状況だ。同委員会は、映画の海外展開、ロケ誘致から労働環境の整備に至るまで具体的な企画立案を行う予定だ。
最も重要なのは、これまで縦割り行政の中でバラバラに運営され、使いにくさも指摘されていた支援を一元化し、統一的な方向性のもとで運営していく体制作りをする会議であるということだ。
支援の一元化は進展したか
第2回では文化庁、経産省、総務省、公正取引委員会がそれぞれ省庁の関わる分野で資料を提出した。文化庁や経産省、総務省は、それぞれの省庁のコンテンツ産業支援のプログラムと予算を紹介、これまでの実績も掲載している。公取は、音楽・放送分野の実演家と芸能事務所との取引に関する実態調査報告書を提出。今年は映画とアニメの制作現場におけるクリエイターの取引環境に係る実態調査を行う旨を報告している。
資料を読むと、各省庁ともそれなりに支援機能を有しているように見えるが、各省庁からバラバラに資料が提出されており、これらの支援機能をどう一元化していくのかどうか、現段階では不透明だ。
文化庁の資料には、経産省と同庁連携による、「クリエイター・コンテンツ産業の一貫的な支援を行う『クリエイター支援基金』の統合・抜本強化」(資料2:P.5)として120億円の予算で3年単位で海外展開等を推進していくとある。だが、是枝監督は「経産省の予算の大半は単年度の予算になっているのでクリエイター支援基金にはくみこまれず、年度を超えた使い方ができない」と指摘、「一番懸念している行政の縦割りは、まだまだ解消されていない印象」と語る。
本会議は経団連も出席し、資料にてこの点を指摘。「経団連はかねてより一元的な司令塔を設置し、戦略的な取組みを迅速かつ大胆に進めることを期待」(資料14-2:P.13)とあるが、岸田前総理が宣言したような「政府の司令塔機能の強化」については、まだまだ明確な進展が見られないようだ。
政権交代の影響もあったのかもしれないが、2回目の開催までに5ヵ月を有しているというスピード感は、やや心配だ。政府は、2033年までに日本のコンテンツ海外輸出規模を現在の4.7兆円から20兆円規模にすることを目標に掲げたが、そのためにはこの協議会もより進展を加速させていく必要がありそうだ。
是枝監督は「公助を求める前に業界の自主努力を」と指摘
映画戦略企画委員会の第2回会議では、是枝裕和監督と現場スタッフマネージャーの近藤香南子氏から資料が提出されている。
是枝監督は、「改革の波を官から民へ」と題して、今協議会と委員会は基本的に公助の仕組みであり、映画産業による自主的な改革ではないことに言及(資料9: P.1)。映画産業の主体的な改革と「共助」の仕組みの構築が公助の前に必要だと説いた。その理由として、「公費の投入だけを望むことは決して一般の方々の支持を得られない」からだと説明している。
公的支援を議論する場で、このような発言は珍しい。これは非常に重要な指摘だ。公費は国民の税金であり、国民に資する目的で使用されねばならない。そのためには、まず自らが姿勢を正して改革の努力を示さねば、映画産業が「国の誇るべき財産である」と、国民に納得してもらうことは難しいだろう。一歩間違えれば「公金をせしめている」と不当な眼差しを向けられかねない。
また、経団連は資料で、日本のコンテンツ産業は政府主導のトップダウンではなく民間のボトムアップで成長してきた産業である点と、これまでの政府の取組みに対する信頼の欠如によって、政府や経団連がコンテンツを振興すること自体に懸念の声が寄せられていると指摘している(資料14-2:P.48)。
一般のファンが、政府の金が入ることで規制が強まるのではという懸念を抱く心理は理解できる。また、これまでの政府支援が、縦割りの中、効果的でない部分もあったことも含めて、「また無駄遣いになるのではないか」と冷ややかな目線を向けられていることを、経団連は敏感に感じているのだろう。
そうした不安を払拭しないことには、コンテンツ支援に対する国民の理解は得られにくい。本協議会・委員会が、世間に対してどのように理解を求めていくのかも、今後重要な課題になる可能性はある。そのためには、業界は自ら襟を正す姿勢が必要であり、自助努力を続けることが重要だと認識していかなくてはならないだろう。
コンテンツ産業を補助金漬けにしても成長は望めないし、日本にあったやり方でもない。是枝監督の言うように、どの分野も民間主導で改革と成長がなされるべきであり、それを後ろから官が支える仕組みでなければならないだろう。
本協議会は、大前提として「官は環境整備を図るが、民のコンテンツ制作には口を出さないという官民の健全なパートナーシップを築くことを目指す」と掲げられている。政府は金は出すが中身に口を出さない、いわゆる「アームズ・レングスの原則」が確認されているが、この大原則は常に確認しながら、協議を進めていく必要もあると思われる。
企画開発にも労働対価を
クリエイティブ産業の主役は人だ。海外展開支援など市場の拡大も重要な課題だが、クリエイターが置かれた労働環境の改善も本協議会の大きな柱となっている。
公取は、コンテンツ産業は個人の創造性に重点が移りつつあると認識し、優越的地位濫用を防止して、個人を守ることに力点を置いて実態調査を進めていると資料に明記している。昨年の音楽・放送分野の実態調査に続き、今年1月から映画・アニメを対象にした調査が行われている。
映画委員会の方では、近藤氏による映画スタッフの労働時間と取引上の問題に関する資料が提出されている。一昨年から映適により一日の撮影時間のガイドラインが制定されたが、労基法の定める許容労働時間の上限1カ月・260時間を大きく超える325時間までとなっており、過労死ラインを超えない基準の制定を目指すべきとしている。また、撮影現場などの現場段階だけでなく、企画開発段階に報酬が約束されないことが多いことを問題視。制作前のプロット作りなども労働であるにも関わらず、対価が明示されないことが多いという(資料10:P.2)。
具体例として、脚本家がプロデューサーから企画開発の依頼を受けシナリオハンティングを行ったが、無報酬となったケースなどが紹介されている。報酬は「撮影が決まればギャラに含める」とされ、結局実現に至らなかったため、支払われたのは経費のみになった例があったという。
こうした慣習が横行しており、監督や脚本家は、常に複数の仕事を並行させないと生活が成り立たない状態となっており、そのためひとつの作品に集中できず質の低下につながっていると指摘。企画開発段階でも作業量に応じた報酬が支払われるようにするため、開発段階の取引に関する調査を望むとしている。是枝監督も、オリジナル作品を増やすために企画開発費をクリエイターに支払うことをポイントの1つに挙げている。
これは、実写映画に限らずアニメ産業にとっても重要になる指摘だと思われる。現在、大きな人気を獲得しているのは、マンガを原作とした作品であり、実写・アニメ双方ともマンガのIPに頼っているのが現状だ。今後、さらなる成長のためには、より多くの魅力的なIPが必要となるので、そのためにはクリエイターがじっくりとアイディアを発展させられる環境を作る必要がある。
5ヵ月ぶりにようやく進展を見せた本協議会で進展はみられるものの、本来の目的である公的支援の一元化はまだ実現が見えない。今後はこの歩みを加速させていく必要もあり、一層積極的な取り組みと、民間側の関与が求められていくだろう。