助監督不足、スクリプターの危機、育児との両立…。12団体が日本映画の現場の課題を赤裸々に報告【東京国際映画祭レポ】

東京国際映画祭で開催された「シネマ・コネクティング・ジャパン~官民連携フォーラム~」の第三部では、「映画業界の現状、課題」をテーマに、民間の業界団体、各職能団体、そしてコミュニティによるプレゼンテーションが行われた。

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助監督不足、スクリプターの危機、育児との両立…。12団体が日本映画の現場の課題を赤裸々に報告【東京国際映画祭レポ】
助監督不足、スクリプターの危機、育児との両立…。12団体が日本映画の現場の課題を赤裸々に報告【東京国際映画祭レポ】
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  • 山下久義氏
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  • 塩田周三氏
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  • 福宮あやの氏
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東京国際映画祭で開催された「シネマ・コネクティング・ジャパン~官民連携フォーラム~」の第三部では、「映画業界の現状、課題」をテーマに、民間の業界団体、各職能団体、そしてコミュニティによるプレゼンテーションが行われた。各団体が直面する深刻な課題や、それに対する具体的な取り組みが次々と発表され、日本映画界の未来に向けた議論が交わされた。本レポートでは、登壇した12団体の発表内容を詳述する。

登壇者
松島哲也(日本映画監督協会)
中村義洋、山内薫、小林加苗、村木恵里(日本映像職能連合)
山下久義(助監督.com)
塩田周三(VFX-JAPAN)
福宮あやの(NAFCA)
深田晃司(日本芸能従事者協会)
SAORI(swfi)
伴瀬萌、梅澤ゆきみ(女性スタッフお花見会)
新谷和輝(独立映画鍋)
徳江さやか(メディア・アクセス・サポートセンター)
浅見孟(こども映画教室)
田中重幸と星遼太朗(日本映像アーキビスト協会)


第一部:映像産業支援の課題を議論する「官民連携フォーラム」が開催。官民連携はどこまで進んだ?【東京国際映画祭レポ】
第二部:人材育成からアーカイブまで、日本映画の課題に向き合う6団体が「官民連携フォーラム」で活動報告を発表【東京国際映画祭レポ】

日本映画監督協会:監督の権利確立と次世代育成

日本映画監督協会の松島哲也氏は、来年創立90周年を迎える同協会の歴史と活動を紹介。協会は映画監督の著作権の確立や表現の自由の擁護を目的としており、松島氏は特に「映画監督には著作権はない」という現状を指摘し、権利の脆弱性とフリーランスの若手が直面する不安定な状況に警鐘を鳴らした。

協会は100周年に向け、政府の映画戦略企画会議や映適とも協力し、新たな歩みを開始しているという。松島氏は「現場の中心である監督が元気でなければ映画の強度は保てない」と強調。来年2月26日に開催する90周年記念シンポジウムと祝賀パーティーを告知し、若手監督や助監督が抱える問題の共有と交流を図るとした。

さらに、来年からは助監督も同協会に参加できるよう仕組みを改革し、業界の未来を築くための支援と協力も呼びかけた。

日本映像職能連合(映職連):絶滅危惧職種「スクリプター」の叫び

映職連を代表して、中村義洋氏、山内薫氏、小林加苗氏、村木恵里氏が登壇。同連合は監督、撮影、照明などの職能団体で構成される連合団体だ。中村氏は、このうち「スクリプター協会」が10年後になくなっているかもしれないという深刻な問題を提起した。

実際にスクリプターとして従事する小林氏は、この仕事が準備から完成まで多岐にわたり、作品の整合性の担保、現場の記録、監督と各部署の橋渡し、編集部への申し送りなど、極めて重要な役割を担う専門職であることを説明。その上で、99%が女性のフリーランスであり、助手がいない「1人部署」であるという特徴を挙げた。

続いてスクリプター協会の山内薫理事長が、その危機的状況を訴えた。スクリプターは現在「絶滅危惧種」であり、協会所属の半数が50歳以上で、10年後には半数以上がいなくなると予測。1人部署であるために助手システムがなく後進が育ちにくい環境にあることに加え、予算削減のためにスクリプターを使わない作品も増えているという。さらに、配信系ドラマなどでエピソードごとに異なる監督の現場を1人で担当させられるなど労働環境は過酷を極め、疲弊して辞めていく人も多いと述べた。

中村氏は、スクリプター不在により「使えないカット」が増加し、俳優もカットのつながりの正確性などに不安を感じると指摘。編集協会の村木氏も、スクリプターからの正確な記録がなければ編集部の負担が増大し、作品のクオリティ低下に直結すると訴えた。山内氏は、最低限の報酬と「見習い・助手システム」の導入を強く求め、中村氏も「必要な職種を削って良い映画ができるわけがない」と締めくくった。

助監督.com:助監督不足がクオリティの低下を招くことに危機感

現役の助監督である山下久義氏は、自身が主催するコミュニティ「助監督.com」の活動を紹介。設立の動機は「助監督が足りていない」という一点に尽きるとした。

活動は、助監督の仕事内容の周知(スケジュール管理だけでなく、演出を発想するクリエイティブな側面もあるなど)、助監督同士の情報交換の場(交流会)、そして仕事を目指すきっかけ作り(YouTubeチャンネル運営や見習いの機会創出)が中心だという。

山下氏は、助監督不足が作品のクオリティ低下を招き、経験不足の者に過度な負担がかかり潰れていっている現状を赤裸々に語る。チームワークが崩壊し、失敗のなすりつけ合いが起こる現場もあるという。この問題は制作部、衣装、メイク部でも同様に起きていると指摘した。山下氏は、「助監督.com」の活動を自腹で賄っており、運営の限界を感じつつも、今後はメンバーが監督になれる手助けや、地方の希望者支援も行いたいと夢を語った。

VFX-JAPAN:日本VFXの地位向上とコスト問題

VFX-JAPAN代表理事の塩田周三氏(ポリゴン・ピクチュアズ代表)が登壇。VFX-JAPANは、日本のCGI・VFX産業の交流支援、認知度向上、発言権確保を目的に2012年に設立された。

主な活動として、優秀なVFX作品を表彰する「VFX-JAPANアワード」、新技術に関するセミナーの実施、海外団体との交流、そして日本アカデミー賞におけるVFX部門の新設を目指した推薦活動などを紹介。また、フリーランスにとって重要な文芸美術国民健康保険への入会資格が得られるといった実務的な支援も行っている。

塩田氏は、『ゴジラ-1.0』のアカデミー賞受賞は「ユニコーン(稀な例)」であると冷静に分析。ハリウッドとの圧倒的な制作規模の差に加え、人件費上昇、使用するツール類(ほぼ海外製)の為替によるコスト増など、制作環境が厳しさを増していると指摘。団体として知恵を出し合い、課題を解決していきたいと述べた。

日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA):アニメ産業の構造的課題と人材育成

事務局長の福宮あやの氏が登壇。2023年に設立されたNAFCAは、アニメ業界の人材育成や政策提言を行っている。

福宮氏は、日本のアニメ市場が世界で3.8兆円規模に成長する一方、制作現場の市場規模はその約1割に過ぎないと指摘。従事者の労働時間の中央値は月225時間、時給換算の中央値は1111円(東京都の最低賃金を下回る)という実態を明らかにした。

制作タイトル数が1990年代の約100本から約300本へと3倍になる一方、制作スタッフは増えず、現場での育成(OJT)が機能不全に陥っている。さらにアニメーターの80%がフリーランスであるため労働基準法でカバーできず、制作費における労働分配率が90%を超えており、制作会社も利益が出ない構造的な問題を抱えている。

この悪循環を断ち切るため、NAFCAは「アニメータースキル検定」を設立し、教科書を販売するなど、人材育成とスキルの可視化に取り組んでいる。


日本芸能従事者協会:フリーランスを守るセーフティネット構築

運営委員の深田晃司氏が登壇し、森崎めぐみ代表理事の録音音声を再生する形で活動が報告された。協会は、フリーランスが94.6%を占める芸能従事者の不利益をカバーするため、当事者による互助組織として設立され、現在約5万2000名が会員となっている。ちなみに本協会は映像産業のフリーランスだけでなく、他の分野に従事する者も加入できる。

活動の柱はセーフティネットの構築であり、特別加入労災保険の窓口、健康管理ガイドラインの策定、健康診断システムの提供、産業医や臨床心理士によるサポートなどを提供している。厚生労働省の調査協力で明らかになった長時間労働やハラスメントの多さに対し、過労死防止の研究会設置やグリーフケアも行っている。

補足として深田氏は、こうしたセーフティネットの欠如が、出身地や性別による不平等を助長していると指摘。自身の映画制作では同協会に団体加入し、スタッフ・キャスト全員が産業医サポートなどを受けられるようにした実践例も紹介した。

NPO法人映画業界で働く女性を守る会(swfi):子育てとキャリアの両立を目指して

フリーランスの小道具スタッフとして働きながら、swfiの代表を務めるSAORI氏は、2度の出産を経て「子育てしながら働ける業界は、全てのジェンダーが働きやすい業界になる」との想いで同団体を立ち上げた。

SAORI氏は、自身がこの日の登壇のために、シネマ・コネクティング・ジャパンが用意した託児を利用していることに触れ、日曜にも撮影が入る現状の映画業界では子育てとの両立が困難であると指摘。子供ができると仕事を辞める(またはセーブする)のは圧倒的に女性であり、「仕事と子供の両立は甘え」といった古い価値観が現場にはびこっていると訴えた。

活動として、オンライン談話室の開催、独自の映画賞「見たいのに見れなかった映画賞」の運営、ハラスメントセミナー(東宝スタジオと連携)などを紹介。今後の目標として、子育て中でも働けるスケジュールでの映画製作を実験的に企画し、実現可能性を探っていきたいと語った。


女性スタッフお花見会:現場のリアルな声を繋ぐ交流の場

伴瀬萌氏と梅澤ゆきみ氏が登壇。この会は、西川美和監督の声かけで始まり「育児サポート勉強会」なども実施してきた。

育児サポート勉強会は、映適発足後も子育て支援の視点が十分でない中、当事者のリアルな声を集めるためにクローズドで行われてきた。映像業界専門ベビーシッターin-Ctyとの連携もこの場で生まれている。

「お花見会」は、より開かれた場として東宝スタジオで開催され、現場スタッフ中心に100名以上が参加した(託児も実施)。参加者からは「部署を超えた交流ができた」「9時-17時、土日休みで映画を作る実験をしてほしい」「若者が希望を持てる業界に」といった声が上がった。登壇した伴瀬氏は、自身も撮影現場を抜けて託児を利用して登壇している現状を明かし、「『両立』という2文字では済まされない戦いがある」と実情を訴えた。

NPO法人独立映画鍋:インディペンデント映画と社会を繋ぐ

独立映画鍋からは共同代表の新谷和輝氏が登壇。2012年に設立された独立映画鍋は、「多様な映画と社会をつなぐプラットフォーム」として、インディペンデント映画の環境サポートを行っている。

活動は、世界の映画行政、助成金、ハラスメント対策など幅広いテーマでの勉強会やシンポジウムが中心であったが、近年は個人配給のノウハウやパンフレット制作など、より実践的なテーマも扱っている。

東京フィルメックスなどの映画祭とも連携し、国際共同制作や海外ピッチに関する勉強会も実施。新谷氏は、映画鍋が現場の声を吸い上げて行政(経産省や文化庁)に提言する「中間組織」としての役割を担っていると説明し、会員の相互交流(マッチング)も促進していると述べた。


NPOメディア・アクセス・サポートセンター:バリアフリーを「もう一つの演出」へ

コーディネーターの徳江さやか氏が登壇。「映画の感動をみんなのものに」を掲げ、2009年から映画のバリアフリー(字幕・音声ガイド)を推進している。

「字幕がなければ見れない」という当事者の声を受け、ポストプロダクションの部署から独立してNPO化。映連や全興連などの業界団体と、視覚・聴覚障害者の当事者団体が共に理事として参加する形で設立された。

当初は上映会やDVDへの後付け字幕が中心だったが、ハロームービーなどのアプリの登場で、対応作品数が飛躍的に増加。2023年には140作品を超え、東宝が100%対応するなど、大手を中心に普及が進んでいる。徳江氏は、これまでの業界の協力に感謝を述べつつ、邦画全体の公開本数から見ればまだ少なく、予算面などで官の支援が必要だと訴えた。バリアフリーは「福祉」から「もう一つの演出」へと意識が変化しており、表記の統一なども進めていると報告した。

一般社団法人こども映画教室:未来の担い手と映画の出会いを創出

同団体理事の浅見孟氏が登壇。全国の小中学校で映画制作ワークショップを実施しており、「大人は口を出さない」「本気の映画人に出会う」ことを重視して活動している。活動は児童養護施設やヤングケアラー、外国ルーツの子供たちへと対象が広がっているという。

しかし、資金とスタッフ不足により、ニーズに応えきれていないのが現状の課題だという。浅見氏は、未来の産業を担う子供たちへの支援には業界全体の認知が必要不可欠であるとし、各団体に「子どもと映画」というキーワードでの連携を呼びかけた。


一般社団法人日本映像アーキビスト協会:映像遺産を繋ぐ人材と予算の確保

代表理事の田中重幸氏と事務局の星遼太朗氏が登壇。2020年に法人化された協会は、「映像アーキビストを孤立させない」ことを目的に、映像アーカイブの調査研究、人材育成、社会的地位向上を目指している。

背景には、アーキビストの横の繋がりが少ないことが挙げられる。専門の教育プログラムが未整備で、職業としての認知度も低い。田中氏は、スクリプターや助監督が残した資料(ノンフィルム資料)の重要性にも触れ、これらを保存する意義を強調した。

活動として、年次イベント「JAM」や勉強会、施設見学会などを実施している。協会は、映像アーカイブにおける最大の課題として「人材」「予算」「社会的地位」の3点を挙げた。専門知識を持つ人材の育成プログラム整備、初期費用だけでなく維持費用も含めた安定的な財源の確保、そしてアーカイブ活動が社会に不可欠であるという認知の向上が急務であると訴えた。


第三部では、映画産業を構成する様々な分野からの声が集められた。職種や立場は違えど、「人材不足と育成」「低賃金・長時間労働」「セーフティネットの欠如」という課題が浮き彫りとなった。特に、作品の品質に直結する専門職(スクリプター、助監督)の危機的状況は、業界全体にとって喫緊の課題であることを示した。

こうした民間の声に政府がいかに応えていくのか、今後も問われていくことになるだろう。

《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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