ドリームワークス・アニメーションの大ヒット作『シュレック3』や、実写とCGキャラクターを共演させた中国映画『モンスター・ハント』を監督した実力派アニメーター、ラマン・ホイ氏。香港のデジタルエンターテインメント業界を牽引する香港デジタル・エンターテインメント協会会長、ガブリエル・パン氏。
グローバルな成功のためには、個々のクリエイターの才能だけでなく、それを支え、世界と繋げる産業エコシステムの存在が不可欠だ。
今年のTIFFCOMでも登壇予定の香港映像産業を代表するクリエイターと、産業を支えるリーダー。異なる視点を持つ二人が、グローバル市場で成功するための戦略、テクノロジーとクリエイティブの融合、そしてアジア、特に香港が目指すべき未来のエコシステムについて話を聞いた。

世界を魅了する物語の作り方 ― 文化の壁を越える
―― まず、ホイ監督にお伺いします。ハリウッドと中国、二つの巨大市場で大ヒット作を生み出してこられました。文化的な背景が異なる観客の心を掴むストーリーテリングの秘訣は何でしょうか?
ホイ: 西洋とアジアの文化には違いがありますが、両者をつなぐ普遍的な要素が存在します。それは、家族、友情、人間関係、そして個人の成長といった、誰もが共感できる価値観です。言語や文化的な表現が異なっても、これらのテーマは共通の土台となります。異なる文化を持つ人々が、物語を通じてつながり、理解し合う姿を描くこと。それが、国境を越えて愛される作品を生み出す鍵だと信じています。
―― パン会長は、産業的な観点から香港のクリエイターが持つ「文化的なハイブリッド性」をどう評価していますか?
パン: 香港のクリエイターたちが持つ、卓越した文化的融合の才能を私は誇りに思っています。香港は歴史的に文化の交差点であり、クリエイターたちはその背景を活かして、豊かな中国文化の要素と西洋的な表現を自然に融合させた作品を生み出すことができます。この「ハイブリッド性」こそ、アジアと西洋、双方の視聴者を魅了できる香港の最大の強みです。香港デジタル・エンターテインメント協会(HKDEA)は、この強みを活かし、香港を中国本土の良質なコンテンツを国際市場へつなぐ重要な架け橋として位置づけていきたいと考えており、異文化間トレーニングの強化やグローバルなパートナーシップの構築に取り組んでいます。

テクノロジーは表現をどう進化させるか
―― ホイ監督の『モンスター・ハント』では、実写とCGの融合が見事でした。技術的な挑戦は、映像体験にどのような革新をもたらしたのでしょうか。
ホイ: かつては実写とCGキャラクターを自然に融合させるのは非常に困難で、時間もかかりました。しかし今、技術は驚くほど進化しています。大切なのは、観客が技術の存在を意識することなく、キャラクターたちの動きや物語に自然と引き込まれ、その世界に没入できることです。今年のハリウッド作品では、『ヒックとドラゴン』や『リロ・アンド・スティッチ』が素晴らしい事例として挙げられます。
近年、中国における3DCG技術は大きく成長・発展しております。私が2011年にDreamWorksの仕事で中国に滞在していた頃、提携していた中国企業はすでにしっかりとした技術基盤を持っていました。それ以降、アメリカをはじめとする多くの国々の制作会社が中国のスタジオと協業するようになり、多くの経験と知識を吸収し成長を遂げてきました。国境を越えた活発な人材交流と協力関係は今も続いていて、制作業務のアウトソーシングも相互に行われています。
私が監督した『モンスター・ハント』では、技術者やデジタルアーティストたちが細部にまで徹底的にこだわり、CGキャラクターがまるで実在するかのようなリアルさを追求しました。
―― パン会長は、香港のIT・クリエイティブ産業のリーダーとして、今どのテクノロジーに最も注目していますか?
パン: 間違いなくAIです。AIはアニメーション業界の生産効率を劇的に高め、革命をもたらすと確信しています。我々が支援する「Future Animation Scheme」では、『Nine Awaken』のようにAIを積極的に活用したプロジェクトが既に素晴らしい成果を上げています。AIは単なる作業の代替ではなく、人間の創造性を刺激し、新たな表現の可能性を広げる「協働のためのツール」へと進化しています。HKDEAとしては、クリエイティビティとのバランスを保ちながら、AIの倫理的な導入を推進していくことが重要だと考えています。
アジアのクリエイティブ・エコシステムを構築する
―― 産業全体の話に移ります。パン会長は、アジア各国との連携をどのように促進していこうとお考えですか?
パン: HKDEAの会長として、アジア諸国・地域との共同サミットや共同制作を積極的に推進しています。香港を、単なるコンテンツの制作拠点ではなく、IPと技術交流のゲートウェイとして位置づけることが我々の戦略です。「Digicon6 Asia(TBSテレビが主催する映像フェスティバル。アジアの14地域から、優れたコンテンツクリエイターを発掘することを目的としている)」のようなコンペティションへの参加も、地域間の絆を強化し、香港がグローバルなアニメーション・エコシステムで重要な役割を果たすための礎となります。
―― ホイ監督は、一人のクリエイターとして、アジアのクリエイター同士の連携の重要性をどのようにお考えですか?
ホイ: 非常に重要です。私が監督した最近の作品では、アメリカ、フランス、スペイン、タイなど、多様な国のアーティストたちと協業しました。多様な背景を持つアーティストたちが集まることで、一人では決して生み出せない化学反応が起こり、作品に深みと新しさが生まれます。AIのような技術は、こうした協業をさらに円滑にし、生産性を高めてくれるでしょう。これまで、異なる地域や文化の中で仕事をしてきましたが、今後さらに多くの共同制作や配信パートナーシップが生まれ、より多くのプロジェクトが実現することを願っています。
アジア映像産業のハブとしての香港の重要性
―― 香港がアジアのクリエイティブハブとなるためには、何が必要でしょうか?また、日本のアニメーションとの協業の可能性についてはどうお考えですか?
パン: 香港には「香港フィルマート」という巨大なマーケットがあります。ここは、世界の業界関係者に向けて香港のアニメーターの才能を発信する重要な場となっているだけでなく、革新的なプロジェクトの提案、国際的なネットワークの構築、そして香港をアニメーションIPの取引およびグローバル市場展開の拠点として確立するうえで、極めて重要な役割を果たしています。
我々は、文化の架け橋という独自のポジションを最大限に活用し、アジアのIP取引とグローバル展開の拠点としての地位を確立することが目標です。

ホイ: 日本やアメリカがそうであったように、まずは香港やアジアの市場で愛される質の高い作品を継続的に生み出し、人材を育成することが大切だと思います。その上で、自然な形で国際市場へ展開していく。香港には『マクダル』のような愛されるキャラクターがいますし、今年は『Another World』のような素晴らしい長編作品も生まれました。着実な成長が、ハブへの道を開くと信じています。
TIFFCOMセミナーに参加できて光栄
――ホイさんは日本のアニメーションについてどんな印象をお持ちですか。
ホイ: 私は子どもの頃から『マジンガーZ』の熱狂的なファンでしたし、『AKIRA』のような世界的に評価される作品にも大きな影響を受けました。近年でも『君の名は。』など、その多様性と完成度の高さには感銘を受けるばかりです。
――ホイさんはTIFFCOMのセミナーにも登壇される予定ですが、TIFFCOMの参加者に何かメッセージはございますか。
ホイ:世界中の視聴者に向けて、数多くのアーティストが魅力的で興味深いアニメーション作品を制作しています。新しい技術や機会の広がりにより、各国の才能ある個人や制作会社から新しい作品が次々と生まれている様子を見るのは、とても刺激的です。
日本はこの分野におけるリーダーであり、このようなイベントに参加できることは非常に光栄であり、心から感動しています。
セミナー情報
セミナー名: 【29-B-1】アジアのアニメーション:IP、物語、そしてグローバル展開の戦略 (Animating Asia: Creative Strategies for IP, Storytelling, and Global Reach)
日時: 2025年10月29日(水) 11:00 AM - 12:00 PM
会場: 東京都立産業貿易センター浜松町館 5F セミナーB会場
登壇者:
ラマン・ホイ (監督 / アニメーター)
ポリー・ヨン( プロデューサー / 脚本家)
サミュエル・チョイ(プロデューサー / ブリス・コンセプト ゼネラルマネージャー)
森本 晃司(監督 / アニメーター)
藤津 亮太(モデレーター / アニメ評論家)
主催: 香港特別行政区政府 文創産業発展処、香港電影発展局
協力: 香港貿易発展局
*本セミナーの聴講にはTIFFCOMへのビジター登録が必要になります。





