「映画館に行けない女性たちの理由を可視化したい」映画業界の女性をサポートするswfiが改善のために考えていることとは?

日本の映像業界の労働環境をめぐり、様々な課題が浮き彫りになる中、女性が子どもを育てながら働ける業界を目指し、活動をしているのが「swfi(映画業界で働く女性を守る会)」だ。「新しい映画業界を創りたい」という代表のSAORI氏に日本映画の労働現場の課題と、これからの活動について話を聞いた。

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「映画館に行けない女性たちの理由を可視化したい」映画業界の女性をサポートするswfiが改善のために考えていることとは?
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日本の映像業界の労働環境をめぐり、国を巻き込んでの議論が続いている。

昨年には映適がスタートし、対象作品は一日の労働時間の上限が定められ、今年に入ってからは「新しい資本主義実現会議」にて、「映画戦略企画委員会」の設置が決まり、クリエイターやスタッフを支援していくための方針が確認された。

しかしながら、課題はまだ多い。まだまだ労働条件は過酷で、男女の不平等の問題も横たわる。そういう状況を少しでも改善しようと活動しているのがswfi(映画業界で働く女性を守る会 Support for Women in the Film Industry.)のSAORI氏だ。小道具マイスターとして映画の現場を経験してきた彼女は、出産を機に現場の労働環境の問題意識を覚え、NPO法人を立ち上げた。映画業界を「子どもを育てながら働ける業界にしたい」という思いで、女性スタッフが抱える悩みや問題点を共有しながら、労働環境の改善を目指して活動している。

「新しい映画業界を創りたい」というSAORI氏のこれまでの活動から、見えてきた日本映画の労働現場の課題と、これからの活動について話を聞いた。

――SAORIさんがswfi(スウフィ)を立ち上げた経緯から改めて聞かせてください。

swfiをNPO法人として登記したのが2020年で、そこから5年、活動しようと思い始めたのが2018年になります。私が携わる小道具の仕事は、現場の最前線の役職ですから、妊娠・出産となると業界の常識的に仕事は続けられないと思っていました。

でも、出産してワンオペのような状況になると、もう一度社会と接点を持ちたいという気持ちが出てきて、私は資格も何も持っていないですから、映画業界に復帰することにしたんです。でも、やっぱり子育てしながら映画の現場で働くのは難しくて。

当初は子どもがいても映画の仕事ができるんだと一生懸命頑張って、そのことを伝えようとしていました。でも、子どもが保育園に通うようになり、異業種の人との接点ができてきて、映画業界のおかしさが具体的にわかるようになったんです。「子どもがいても業界に合わせて働ける」じゃなくて、そろそろこの業界も、子どもがいても働きやすいように変わっていくときなのではと思うようになりました

これは、何も子育てに限った話じゃなくて、親の介護も同じでしょうし、もっとプライベートと仕事を両立できる業界じゃないと健全ではないし、これからの時代に持続可能性を作れないと思うんです。それで、子どももいて実際に仕事のチャンスも減っているし、面倒くさいやつと思われてもいいやと思って、後進のためにswfiの活動を始めました。

――面倒だと思われるとのことですが、実際に何か具体的な圧力を感じたことはあるのですか。

圧力というほどのものではないかもしれないですが、仕事の機会は減っています。単純に、私が条件交渉をするから、コスパが悪いと思われたりはしているのかもしれません。Xで発信していることを知っている人もいるので、「何かあったら書かれるかもと警戒している人はいるんじゃないか」と言われたことはあります。でも、私は戦いたいわけではないので、批判のような書き込みはしたくないのですが。

――日本映画の現場にも労働環境に問題意識を持っている人はたくさんいるはずですよね。しかし、SAORIさんみたいに具体的な活動にまで至る人が少ないのはなぜだと思われますか。

そういうことを言う気質じゃない人が多いのもあるかもしれませんが、「あの子、現場のことすぐSNSに書くんだよね」などと言われたり、面倒な子だと思われて仕事がこなくなることを警戒しているのかもしれないです。あと、単純に忙しすぎるんだと思います。時間がなさすぎてニュースを見ていない人も多いですし、声を上げている人がいることにも気が付いていないということもあります。そういう問題に対して活動したり発信したりする暇があるなら、みんな自分のことに時間を使いたいのでしょう。

――忙しいから改善のための活動もできないというのは、悪循環ですね。

そうですね。悪循環ですし、疑問を抱く人もどうせ変わらないだろうと思ってしまう。例えば、契約書がないために損をしたことがあっても、契約書はなくても良いという人もいる。契約書があれば、あの時損をせずにすんだことはわかっているのに、「契約書があっても逃げる奴は逃げるんだ」と思っている。確かにそれはそうですが、契約書があれば抑止力にはなりますよね。現場にすごい悪人がたくさんいるわけではないので、大丈夫だろうという人が多いのかもしれません

映画を一生の仕事にできる仕組みがない

――SAORIさんが活動を始めて数年ですが、この数年で変化は感じられますか。例えば、映画業界では、映適のルールがスタートするなど、まだ充分ではないもののルール作りが始まっています。

映適が話題になることもありますし、俳優の斎藤工さんが託児所付きの現場を運営したりと、そういう情報は以前よりも増えていると思います。でも、映適は対象外の作品も多く、未だに映適作品に参加したことのない人もいるそうです。

また、映適作品やNetflix作品のように、1日の撮影時間が決められている場合でも、準備パートの準備時間までは計算に入っていなかったり、移動時間は考慮されていなかったりします。Netflixや映適作品でも脚本の仕上がりが遅いなど様々な状況により、部署によっては労働環境は過酷、という場合もあります。 ただ、改善されたかどうかは別としてもそういった取り組みが始まることで少しずつ、現場の意識が変化することはとても良いことだと思います。

swfiで毎月開催しているオンラインの談話室では、若い子ですごくしっかり考えている人も来てくれたりするんです。その方は9時から18時までの契約だったんですけど、30分前に来て掃除しろと言われたところ、「契約では9時からになっているから、9時から掃除するのでは駄目なのか」と感じたそうなんです。私が若い時だったら素直に8時30分に行ってしまうと思うんですけど、彼女の話はすごく学びがありました。

――2023年には、JFPが日本映画の現場に関する統計調査を出していました。その調査は、そもそも40代以上の女性が統計サンプルの中に極端に少ない、逆に男性は40代以上が多いということが書かれています。これは、女性は40歳になる前にみんな辞めざるをえないということを表していますね。


結婚や出産、育児などライフステージが変化した時、休みもなく昼も夜もなく働くこの業界を続けることが困難になり、辞めていく女性が多く、意思決定層に女性が残りにくい状態なんですよね。育児は女性だけの問題ではないけれど、圧倒的に女性が辞めることの方が多い。年齢があがるにつれて体力もなくなっていくので、部署にもよりますが、重たい物を持つことが多い部署の女性はそういった部分の辛さもあると思います。

実際、私がやっている小道具の仕事は体力勝負みたいなところもあるので、いつまでできるかな、と感じるときもあります。助手を雇う予算がなかったり、自分も助手もフリーランスだと継続的に雇える保証もなかったりするから、そのせいで新しい人材も育ちにくいし、自分で重たいものも運ぶしかないので、ある程度年齢を重ねるといつまで続けるべきか考えざるを得ない。ライフステージの変化を考えた制度が何もないんですよね。

――そもそも、映画を一生の仕事にしづらい状態ですね。

そうですね。フリーランスは怪我をしても傷病手当などの制度はありません。以前、知人の美術スタッフが脚立から落ちて骨折して3カ月くらい働けなかった時も、病院の治療代だけは出してもらえたけれど、生活費は出ませんでした。

――過酷な状況で残れるタイプの人だけが残って今の業界を構成しているので、常識も変化しにくいわけですね。そういう人たちで作る作品には、多彩な価値観が反映されにくいという面もあるかもしれないです。単純に子育て経験がない人しかいない現場で、子どもを上手に演出できるのか、とか。

映画コメンテーターの伊藤さとりさんも同じことをおっしゃっていました。男性の評論家と女性の評論家では意見が分かれることが多いし、制作現場で男性が多いことで男性目線の作品になりがちで、女性からすると違和感のある演出になっていることもあるのでは、と。

先日、日比谷シネマフェスティバルのトークに出演した際に、『セイント・フランシス』という外国映画を買い付けた会社の女性が、買付の時、男性陣から難色を示されたと聞きました。それを聞いて、作る人、見る人、選ぶ人にも多様性が必要なんだと痛感しました。

映画賞を通じて興行会社とコミュニケーションを模索

――これまでswfiでは談話会などの啓発的な活動が多かったと思うのですが、今後どのように活動を拡げていきたいですか。

2023年から「観たいのに観れなかった映画賞」という映画賞を始めました。これは映像業界で働く女性が忙しすぎて見逃した映画に投票するものです。これを今年から対象を広げて、映像業界に限らず育児や仕事などで、映画館に行きたくてもいけない「働く女性」も参加できるようにしたいと思っています。


投票してくれた方に、「どういった環境であれば映画館に映画を観に行けたと思いますか」など、アンケートも同時に聞いています。参加数が増えれば、データとして信憑性も出てくると思うんです。色々リサーチしてみると、働く女性の6割近くが映画館に行っていないらしいんです。そういう女性たちの意見を集めれば、「こういうサービスや仕組みがあれば、働く女性ももっと映画館に足を運べるようになります」と提案できるかもしれない。劇場側とそういうコミュニケーションができるようになれば、興行収入の増加に貢献できるし、興行が潤えば現場も潤います。そうすると、私たちの本来の目標である、子育てしながら働きやすい業界を作ることにもつながると思うんです。

――一般の女性たちが観たくても観られなかった作品と理由を可視化できれば、興行側にもメリットが大きいですね。

はい。MME賞の企画趣旨に賛同してくれる方たちと、より面白く意味のある映画賞になるように動いていきたいと思っています。私の今の気持ちは、内部から変えるというより、業界が変化しないならそこにしがみつかないで、自分がやりやすい形で映画を作れる業界を別に創る、みたいな考えです。変えるというより、新たに創っていくという気持ちですね。

――今の業界が変わらないなら、新しい別の業界を創る。それが上手くいけば、従来の業界の人たちもそっちの方がいいと思うかもしれないですね。

そうですね。私としては業界と戦うというイメージではないんです。映画業界への感謝の気持ちもあるし、楽しかった思い出もいっぱいあるので。ただ、今の自分には働きやすくないので、自分なりに働きやすい映画の現場を実践するのが目標です。今後の大きな目標としては、自分たちの思う働きやすい環境とやり方で映像作品を作る実践をしてみて、何ができて何ができないのかを試してみようと思っています。例えば、子育て中のスタッフ、キャストでも参加しやすい環境とはどういう条件なのか、週に2日休みがあって、一日の労働時間が定まっている、というような条件でどれくらい予算がかかるのかを試して、映像作品を作る。制作期間からドキュメンタリーも同時に回して、作り上げる過程も作品の一部にする。そしてその結果を公表してみるなどもしたいなと思っています。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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