世界的に前例のない「ロヒンギャ」を描く劇映画『ロストランド』。藤元明緒監督がタブーに挑み、映画史に刻む彼らの言葉と旅路

『ロストランド』の藤元明緒監督にインタビュー。これまで触れてこなかった自らの「ダブルスタンダード」な態度と決別した理由や、映画史にロヒンギャの言葉を刻むことの意義について聞いた。

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  • 藤元明緒監督
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世界的に前例のない、ロヒンギャ語の長編劇映画『LOST LAND/ロストランド』(以下ロストランド)。長年ミャンマーを題材に作品を撮り続けてきた藤元明緒監督が、これまで触れてこなかった自らの「ダブルスタンダード」な態度と決別し、重いタブーに真正面から挑んだ意欲作だ。

国籍を持てず、過酷な移動を強いられる彼らの空白の「旅」を通して、難民としての実態をすくい上げる本作。製作に至った葛藤や国際共同製作の裏側、そして映画史にロヒンギャの言葉を刻むことの深い意義について、藤元監督に話を聞いた。


藤元明緒監督

自分の態度がダブルスタンダードに思えた

――ロヒンギャの方々を題材に映画を撮るというのは、世界的にもほとんど前例がないことだと思うのですが、この題材に挑もうと思い至ったきっかけからお伺いしてもよろしいでしょうか。

藤元:初めてミャンマーに行った2013年の頃から迫害のことは聞いていました。特に2017年の大虐殺があった時にも、同じ国に何回も出入りしているので、耳には入っていて、でも、あの国の中ではそのことが一切語られないことに気持ち悪さを感じていたんです。

その後、長編映画を2本完成させ、キャリアもある程度積んだところで、3本目に何を撮るべきか考え、ずっと触れてこなかったロヒンギャの人たちの物語に挑もうと思ったんです。

――藤元監督はミャンマーという国と関わりが深いだけに、タブーであるロヒンギャという題材に挑むことに対する躊躇や逡巡はあったのでしょうか。

藤元:「もういいかな」という感じですね。2021年にクーデターが起きて、そこから支援活動や映画を通して、ミャンマーの現状などを伝えてきましたが、ロヒンギャに触れないのは、完全にダブルスタンダードで説得力がないと感じていました。

ある種、嘘の中で築き上げた関係性はもうなくなってもいいかなという、開き直りに近い感覚です。

――覚悟を決めたような感じでしょうか。

藤元:覚悟というほどでもなく、10年間積み重なってきたものが、破裂したという感じです。

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――なるほど。そんな本作はドイツやフランス、マレーシアとの国際共同製作での製作となりました。どのように制作パートナーを見つけたのですか。

藤元:フランスの会社の代表であるアンジェル・デ・ロルムさんは、ミャンマー在住歴は僕よりも長く、あの国についてもとても詳しい方です。彼女はミャンマーのアーカイブフィルムを修復するプロジェクトなど、ミャンマー映画業界の支援をやっていました。『海辺の彼女たち』の時に、渡邉一孝プロデューサーが映画祭で出会ったんですが、彼女がプロデュースしたミャンマーの短編映画が本当に素晴らしかったんです。『ロストランド』に参加する時、彼女は短編しか製作した経験がなく、助成金の申請の仕方も知らない状態でした。それでも参加してくれたのは、彼女もロヒンギャのことについて思うことがあったのだと思います。

本作を旅の映画にした理由

――ロヒンギャの物語をどのように構築していったのですか。

藤元:最初から、彼らの旅の話にしようと思っていました。なぜなら、難民としての旅をドキュメンタリーで撮ることはきわめて難しいからです。難民キャンプならまだなんとかなるのですが、キャンプから別の地へと移動する間は空白地帯になってしまっている。

その険しい旅の途中で彼らに何が起きたのかを描くことが、国籍を持てないロヒンギャを象徴するものになると思ったんです。それで、海外に暮らすロヒンギャの方々にたくさん話を聞いて、改めて旅を題材にするのがいいと思いました。

――ロヒンギャの方々とどのように関係を築いていかれたのですか。

藤元:ロヒンギャの方々とは全く話したこともなかったので、最初は飛び込みというか、ネットで調べてメールを送るところからスタートです。妨害を避けるために、知り合いのミャンマー人にはばれないように、メールで国外の団体を調べて、そこからまた紹介いただくなど、輪を広げていきました。

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――共同プロデューサーのスジャウディン・カリムディンさんはロヒンギャの方ですね。

藤元:彼とは取材で出会ったんですが、英語が流暢に喋れるので撮影時に通訳をお願いしたいと思ったんです。

――スジャウディンさんを通して、ロヒンギャの方々とのコンタクトをしていったのですか。

藤元:そうですね、スジャウディンさんや、主演の子供たちが通うプライベートスクールの校長先生などを通じてネットワークを広げていきました。主演の2人は真っ先に決めて、その学校をベースに様々な取材をしていたんです。

――学校というのは、日本で想像されるようないわゆる公立の学校なのですか。

藤元:全く違います。海外に出ているロヒンギャは、日本では難民条約に批准しているのですが、多くの国では難民として認められていないんです。だから、学校にも通えませんので、有志の先生たちが授業をする場所を立ち上げているんです。ただ、やっぱり初等教育くらいまでで、中学生くらいの年齢から、もう働きに出るようです。

映画から始まる文化の灯火

――ロヒンギャには文字がないので、脚本を配るのではなく口頭で伝えたとお聞きしました。

藤元:いわゆる日本的なト書きとセリフの脚本は作りましたが、俳優には見せようがないので口頭で伝えていました。

――実際現場で演出をする際に、ロヒンギャ語のニュアンスなどOK、NGはどのようにして判断されるものなのですか。

藤元:OKやNGという概念はありません。もちろん、絶対に必要なセリフはあるので、それだけは反復練習してもらいますが、それ以外のシーンでは、ある種即興に近い形で撮影しました。彼らが想像して出てきた言葉に対してOKかNGか言ってもしょうがないので、編集で考えるようにしました。ドキュメンタリーと同じような作り方ですね。

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――映画は、言語によってマーケットのサイズが変わってしまいます。ロヒンギャ語の映画のマーケットは、おそらく今まで存在しなかったと思います。少数民族の言語を映画にすることの意義について、藤元監督はどうお考えですか。

藤元:僕としては、映画史にロヒンギャの言葉を残すことが重要だと思っています。映画史に残るということは、公共の場に言葉として残っていくことなので、ロヒンギャの文化を残すという意味でもすごく重要だと思っています。そして、1作でも残れば、今度はロヒンギャ自身によるロヒンギャの映画が生まれるかもしれない。

――ロヒンギャの方は映画館には行けるのでしょうか。

藤元:映画館にいくことはリスクが生じます。でもYouTubeで、ボリウッド映画をよく観ています。最初に企画を持っていった時も、みなさんが想像したのはボリウッド映画みたいなものでした。

――この映画をきっかけにロヒンギャに映画文化が始まるのであれば、彼ら自身の手でボリウッド的な映画を作るかもしれないですね。

藤元:実は、共同プロデューサーのスジャウディンさんが今脚本を書いています。これが本当に素晴らしいんですよ。当事者からでないと出てこないような発想の内容なんです。

――それは素晴らしいですね。やはり彼ら自身の言葉で語ることが重要なことですね。

藤元:そうですね。今企画書のステートメントなどを一緒に考えていますが、本人は「自分で主演もしたい、主演俳優兼でやりたい」と言っています。スジャウディンさん、本当にこれを実現しちゃうんじゃないかという気がしています。

――最後に、本作をこれからご覧になる日本の観客に向けて、一言お願いします。

藤元:少し親バカ目線で言うと、子どもたちがすごく頑張ってくれています。もう演技には見えないと言いますか。あの子たちは本物の兄弟で、2人で大変な現場を乗り越えてくれたので、まずは彼らの頑張る姿を見てほしいと思います。

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『LOST LAND/ロストランド』は、4 月 24 日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、kino cinéma 新宿、ポレポレ東中野ほか全国ロードショー
公式 HP:https://www.lostland-movie.com/

《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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