『すずめの戸締まり』中国大ヒットの裏側。「新海監督の人柄が多くの人の心を掴んだ」

中国でついに日本での興行収入を超えた『すずめの戸締まり』。本作が記録ずくめの大ヒット興行となった要因は何なのか?中国で同作を配給しているRoad Picturesの代表・蔡氏に話を聞くと、中国映画市場の現在地や戦略的なマーケティング施策の裏側が見えてきた。

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新海誠監督の『すずめの戸締まり』が中国で大ヒットしている。

動員数は初日3日間で1,000万人を突破。中国内での日本映画の最高記録だった『君の名は。』の興行収入をわずか10日間で上回り、動員数も2,000万人を超え、さらに記録を伸ばし続けている。上海共同によると、4月17日時点で中国での興行収入が7億5,200万元(約146億円)となり、ついに日本での興行収入を超えたようだ。

この記録ずくめの興行となった要因は何なのか、中国で同作を配給しているRoad Picturesの代表・蔡公明(ツァイ・ゴンミン) 氏に話を聞いた。

蔡公明(ツァイ・ゴンミン) 氏 :Road Pictures総裁。北京大学でドイツ語を専攻。メルセデスベンツ中国の副総裁など、中国自動車業界で20年近い経験を積んだ後、2014年にRoad Picturesを創業する。

コロナショックから急回復する中国市場

――蔡さんは元々自動車業界にいらっしゃったそうですが、なぜ映画産業に転身されたのですか。

大学ではドイツ語を専攻しており、元々映画と文学が好きだったのですが、自動車業界である程度成功を収めたので新しい挑戦を始めたくなり、好きな映画に携わろうと思ったんです。全く異なる業界なので学ぶことは多かったですが、異業種での経験を映画業界に持ち込むこともできたと思っています。

――Road Picturesをどのような経緯で立ち上げ、日本アニメを配給するようになったのですか。

弊社は2014年に設立され、映画のプロデュースから配給まで行っています。初期にはプロデュース業が多く、ハリウッドや欧州との合作映画などに取り組んできました。映画の輸入配給を始めたのは2017年で、是枝裕和監督の『万引き家族』などを手がけています。

『万引き家族』は1億元近い興行収入を記録し、日本の実写映画としては最高の記録です。その後、伊藤智彦監督のアニメ映画『HELLO WORLD』を配給し、1.36億元という日本国内よりも高い成績を残すことができました。この成功後、ここ数年は特に日本アニメに力を入れていて、『すずめの戸締まり』の他、『ONE PIECE FILM RED』等も配給しています

――中国映画市場は、他の国の市場と比べてどんな特徴がありますか。

まず第一に中国市場はとにかく巨大だということです。アニメーション市場について言えば、すでに中国は世界最大です。この巨大市場のポテンシャルを、まだ諸外国がきちんと理解していないのではないかと思います。一線都市や二線都市という大都市だけでなく、今は三線都市や四線都市、さらには五線都市の成長が著しいのです。今は、全ての映画興行において四線都市の占める割合が一番大きくなっています。(※1)

2つ目は、中国市場で最も大きなシェアを持つのは国産映画であるということですね。2022年は、国外映画のシェアは全体の20%程度にとどまっています。

※1:中国の都市は、人口や経済レベルによって、「一線都市」「新一線都市」「二線都市」「三線都市」「四線都市」「五線都市」の6つの階級に分けられている。近年、三線都市以下の「下沈市場」の成長がめざましく、大都市との経済レベルの差が縮まりつつあると言われている。

――その中国市場は、コロナショックからどの程度回復しているのですか。

中国市場は、コロナ前の時点からすでに早いペースで発展していまして、2019年には総興行収入が641.48億元に達しています。コロナ禍で大きく落ち込みましたが、今年は急速に回復しさらなる成長の兆しも見えてきています。今年の第一四半期の総興行収入は昨年1年間の50%に匹敵する158億元を記録しており、このままいけば、2019年の成績を超える可能性があります。

『すずめの戸締まり』のプロモーションでやったこと

『すずめの戸締まり』の特別チケット。

――今回の『すずめの戸締まり』の成功は、中国市場の急速な回復の恩恵を受けたということになるでしょうか。

おっしゃる通りです。春節を過ぎたあたりから、国産の話題作も国外映画も数多く上映されるようになり、1週間に10本くらい話題作があるような状況でした。

中国では国の許可がないと公開日を決められないのですが、それがスムーズに進み『すずめの戸締まり』は、早い段階で公開日を決められたので、そのぶん宣伝も長い期間をかけることができたのも大きかったです。

公開前のチケットプリセールスが、1.1億元という大きな数字を記録したのですが、これは過去3年の全体で18位という成績です。上位はほとんど国産映画で、特に春節のシーズンをはじめとした国産作品が人気の公開時期に上映された作品ばかりですから、国外作品としては大きな成功と言えます。この成績は我々が時間をかけて宣伝できたことの成果だと思っています。

――新海監督はコロナ禍以降で初めて訪中した国外の有名監督だったそうですね。監督の訪中時、SNSに『すずめの戸締まり』関連のキーワードが大量にトレンド入りしていたとのことですが、そこまで大きな話題となった要因はどこにあったのですか。

新海監督の訪中は、我々のマーケティングプランの中でも重要なものでした。プレミア試写は2,000人収容できる北京大学の100周年記念講堂で行いましたが、これは一般的な映画のプレミアよりはるかに大規模です。新海監督も宣伝にとても協力的で、例えば、中国のためにオリジナルポスターを作ってくださいました。

新海監督が中国公開のために描き下ろしたオリジナルポスター。

でも、中国の観客にとって一番心惹かれたのは、新海監督の人格的な面だと思います。誠というお名前通りの誠実な方で、一つひとつの質問に丁寧に答えていましたし、どんなに忙しい時でも周りを囲むファンにサインをしたりと丁寧な対応をされていました。新海監督も、宣伝の仕事のためというより、ファンとの交流を心から楽しんでいる様子でして、そういう部分が好感を持たれたのだと思います。

中国では新海監督のファンの合言葉に「3年の約束(三年之约)」というものがあるんです。これは『君の名は。』と『天気の子』と、新海監督が3年おきに新作を発表していることから言われている言葉ですが、新海監督自身『天気の子』で中国を訪れた時に、「また3年後に新作を携えて中国を訪れる」と約束していたのです。今回、その約束を守ってくださったこともあって、ほとんどのSNSプラットフォームで『すずめの戸締まり』がトレンド入りするほどの展開になったのだと思います。

その後、興行成績が伸びていく段階には、何をしてもトレンド入りする状況が続き、4月5日にはタイトルそのものが何度もトレンド入りしていました。

北京大学でのプレミアにて。

――プロモーションは、具体的にどのようなことを行いましたか。

初期には、ベルリン国際映画祭に出品された時に、現地にて、中国メディアでも数多くの報道を行いました。中国国内での動きとしても、「COMICUP」(中国最大規模の同人即売会)に出展し、SNS運営も早い段階からスタートさせました。さらに、多くの宣伝プラットフォームとチケット販売プラットフォームと提携しました。最大手のチケット販売サイトである「淘票票(タオピャオピャオ)」と深いパートナーシップを結んでいます。もちろん、映画館やショッピングモールにも数多くの広告を展開しています。

あとは、テーマ映画館というものを全国に多数設けました。ポスターやポップアップ等のデザインがされていることはもちろんですが、加えて、そこでイベントを開いたり、また観客自身が映画館を貸し切って上映したりすることを、劇場がサポートできるようになっています。我々配給会社とも提携をし、そこで開かれたイベントには特別なノベルティなども配布できるようにしました。つまりテーマ映画館に行けば、『すずめの戸締まり』一色の特別な体験が味わえるわけです。若い観客を動員するにあたっては、友人たちとその映画を見に行くことへのイベント感を演出することが非常に重要ですが、この施策はその助けになったと思います。

北京市内にあるテーマ映画館。

それから、企業タイアップもたくさん行っています。例えば中国のLAWSONや、全国的なティースタンドである「奈雪的茶」ともタイアップをしています。

「奈雪的茶」とのタイアップ

今回の最大の施策は、QQ音楽(Spotifyのような中国最大の音楽プラットフォーム)とタイアップし、中国のトップシンガー周深(ジョウ・シェン)さんにテーマ曲をカバーしてもらったことです。本人の人気もさることながら、彼の作った中国語の歌詞がファンにとって非常になじみやすかったこともあり、この曲を通じて『すずめの戸締まり』を知った人がいるほど、とても広がりました。

――『すずめの戸締まり』の観客層は若年層が中心でしょうか。

そうですね。そもそも中国の映画市場全体で、平均年齢が21、22歳と言われていますが、アニメーションのファン層はさらに若いです。したがって、本作に限らずアニメのコアターゲットは学生層となります。

『すずめの戸締まり』は、小学生から大学生まで学生層全体を広くつかめました。しかし、学生層からもっと上の年齢層にも広がっていなければ、この大ヒットは説明できません。従来、日本アニメはヒットしても1億元から2億元くらいで、それだけ売れればある程度学生層をカバーできたと言えますから。

これだけ広がった要因は、この映画が災害からの心の回復に焦点を当てていることにあると思います。中国もコロナによって心の傷を抱える人が多くいましたし、自分たちの過去と向き合える作品が欲しかったのではないでしょうか。

我々の宣伝方針も癒しや温かさという要素をプッシュすることにしました。中国の観客は新海監督と聞けばラブストーリーを思い浮かべる人が多いですが、それを中心に据えなかったのです。ラブストーリーを中心にしていたら、従来のファン層までにしか届かったでしょう。

『THE FIRST SLAM DUNK』は中国国営企業と共同配給

『THE FIRST SLAM DUNK』は中国では4月20日に公開予定。

――『君の名は。』が中国で大ヒットした後、中国で日本アニメの上映が多くなりましたが、ここ数年は停滞感があったところに今回『すずめの戸締まり』が記録を更新することになりました。このヒットで再び日本アニメに注目が集まるでしょうか。

この数年は日本アニメに限らず映画市場が低調でしたので、そこからの回復基調に上手く乗れたことで何らかの影響は出るでしょう。そもそも、日本アニメは人気であり続けていますし、人気IPの劇場版は常に良い成績を残しています。

ただ市場のトレンドは、先ほども話した都市の構成や若者の動きといった、より構造的な要素によって決まっていくものなので、たとえ今回の作品が大成功を収めたとしても、これで一気に日本アニメブームがくるということは期待しすぎないほうがいいかもしれません。そこは市場の動向を注意深く探る必要があります。私としては、日本の映画会社は作品制作や市場への視点がハリウッドよりも長期的で、ロングテールで物事を考えている点が素晴らしいと感じています

――御社が今後配給を予定している日本の作品はありますか。

4月20日に、『THE FIRST SLAM DUNK』を中国電影集団(中国における映画の輸入配給を取り仕切る、中国最大の国有映画配給会社)と共同で配給します。我々は中国電影集団と戦略パートナーシップを結びましたが、この映画はそのパートナーシップにおいても非常に大きな役割を担う映画になります。その他、5月12日には川村元気監督の『百花』を配給する予定ですし、今年の後半にも注目作を配給したいと思っています。

――『SLAM DUNK』が中国で人気があるのは日本でも知られていますが、『THE FIRST SLAM DUNK』はどの程度のヒットを見込んでいるのですか。

『SLAM DUNK』は80年代、90年代生まれの中国人とっては青春の思い出そのものです。この作品をきっかけにバスケットボールをはじめたという人も多く、社会現象と呼べるような作品でした。そういう彼らは、30年近くこの映画を待っていたわけですから、必ず多くの観客が詰めかけると思っています。

Road Pictures(路画影視伝媒有限公司)

2014年に創業した、中国の配給会社。映画製作と投資、宣伝配給を主に行う国際的な映画会社。2014年の設立後『万引き家族』『存在のない子供たち』など、海外の名作映画を配給。『HELLO WORLD』の配給以降、日本映画の輸入を始め、『ONE PIECE FILM RED』『すずめの戸締まり』『THE FIRST SLAM DUNK』等の作品を次々に配給している。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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