【カンヌ現地レポート】ユネスコ映画都市の山形がカンヌでシンポジウム。濱口竜介が「一番好きな映画祭」に山形を挙げる理由とは

カンヌ国際映画祭でユネスコ創造都市として認定された山形市とカンヌ市が、映画文化を通じた都市発展について討論するシンポジウムが開催された。濱口竜介監督が山形を「最も好きな映画祭」と称賛し、その理由を語った。

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濱口竜介監督
濱口竜介監督
  • 濱口竜介監督
  • マリーナ・グムジ氏
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  • 阿部宏慈氏
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  • 三宅唱監督
  • モド・ボワサック氏

2026年カンヌ国際映画祭マーケット部門「マルシェ・ドゥ・フィルム」内の日本パビリオンにて、5月14日、「やまがた創造都市国際会議2026」が開催された。テーマは「映画の活力 都市の活力 / ユネスコ創造都市 山形とカンヌ」。

日本唯一のユネスコ創造都市ネットワーク映画分野加盟都市である山形市と、世界最大級の映画祭を擁するカンヌ市が、映画文化を通じた都市の持続的発展について意見を交わした。

登壇したのは、映画監督の濱口竜介氏、スロヴェニアのプロデューサーで、令和7年度やまがたアーティスト・イン・レジデンス事業に参加したマリーナ・グムジ氏、カンヌ市文化部ディレクターのモド・ボワサック氏、認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭理事の阿部宏慈氏。ファシリテーターは同映画祭副理事長の藤岡朝子氏が務めた。また、映画監督・三宅唱氏からのビデオメッセージも上映された。

ユネスコ創造都市としての山形の歩み、映画祭が育んできた「開かれた場」、撮影地としての山形の可能性、そしてカンヌ市が進める文化政策の実践などが語られた。


カンヌと山形、2つの映画都市

冒頭、藤岡氏は、今年のマルシェ・ドゥ・フィルムで日本が「カントリー・オブ・オナー」に選ばれたことに触れ、「日本映画がアニメーションからドキュメンタリーまで、国際的な場で力強く存在感を示している」と述べた。その上で、現代の映画文化は、作り手と観客の交流、国境を越えた創造的・ビジネス的パートナーシップによって育まれると強調した。

ユネスコ創造都市ネットワークは、100か国以上、408都市が参加する国際ネットワークであり、文化と創造性を持続可能な都市発展の原動力に位置付ける取り組みだ。分野は建築、クラフト&フォークアート、デザイン、映画、食文化、文学、メディアアート、音楽の8つ。映画分野には現在30都市が加盟している。山形市は2017年、カンヌ市は2021年に映画都市として認定された。

山形国際ドキュメンタリー映画祭で知られる「映画のまち」山形

最初に登壇した阿部氏は、山形市と同市のドキュメンタリー映画祭について紹介。山形は人口当たりのスクリーン数の多さや、長年にわたって開催されてきた映画祭の存在によって「映画のまち」として知られている。

阿部宏慈氏

山形国際ドキュメンタリー映画祭は1989年に創設され、2年に一度開催されている。近年の開催では136本の作品を上映。インターナショナル・コンペティションに加え、アジアの新しい才能を紹介する「New Asian Currents」、日本映画を見つめ直すプログラム、山形と土地の記憶を扱う企画など、多層的なプログラムを展開している。

映画祭の活動は上映期間だけにとどまらない。フィルムや関連資料を保存するアーカイブ事業、学校や子どもたちに向けた教育プログラム、大学との連携、震災関連作品の保存と上映など、年間を通じて映画文化を地域に根付かせる取り組みが続けられている。東日本大震災以降の記録映画を継続的に紹介する「ともにある Cinema with Us」は、その象徴的なプログラムだ。

阿部氏が特に強調したのは、映画祭における「対話」の文化だ。上映後の質疑応答にとどまらず、ロビーや夜の交流の場では、監督、観客、学生、ボランティア、市民が肩書きを越えて語り合う。「教授、学生、ボランティア、市民のあいだに違いはない。夜通し、酒やビールを片手に映画について語り合う。それが私たちの映画祭の祝祭性です」と語った。


《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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