映画監督である西川美和氏は、自ら手掛ける作品の小説も執筆し、映画と文学両方の世界で高い評価を得てきた。そんな西川監督が2015年に上梓した小説『永い言い訳』が、Amazonオーディブル(以下、Audible)で音声化された。しかも、その演出を西川監督が自ら担当している。
朗読には、2016年の映画版にも出演した池松壮亮と黒木華を起用。映画とは異なる配役、そして「声」のみの表現で、喪失と複雑な人間関係を描いた物語が再構築された。
なぜ西川監督本人が、音声演出も担当することになったのか。映画制作との違いや、10年の時を経て再開したキャスト、そして「音」だけだからこその演出の醍醐味について話を聞いた。
Audibleの演出は楽しい
――ご自身の小説をAudibleという形で再び演出するのは珍しいですね。お話をいただいた時、どう思われましたか。
西川:実は「モノガタリ by mercari」という短編小説をAudible化する企画で、一度演出を経験しています。今回のお話は、『永い言い訳』のAudible化をしないかとお話をいただいた際に、だったら私が自分で演出してもいいですかと、提案したことから始まったんです。
――自ら提案されたということは、前回、音声の演出に面白さや手ごたえを見出したのですか。
西川:そうですね。映画の現場と比べて関わる人数も少なくて、言葉だけに集中できることで、色々なことが試行錯誤できて楽しかったです。映画の演出よりも楽しいかもしれないですね。
――映画の現場は時間に追われながらの作業になりますしね。
西川:時間もそうですし、多くの人が関わります。映画はたくさんの人の汗と涙の結晶なので、それを監督として抱えることの面白さとは違う面白さをAudibleの演出に感じています。

池松壮亮、黒木華を起用した理由
――『永い言い訳』は2015年に小説が出版、その翌年に映画が公開されています。小説が先に刊行されていますが、元々映画にするために書かれたんですよね。
西川:そうです。これは、2011年の東日本大震災の後に思いついたテーマでした。あの時、突然の災厄で家族を失う人がとても多かったと思います。メディアで語られる物語は、最愛の家族を失った悲しみという話が多いですが、すべての人間関係が良いものばかりではない、単純な愛情関係におさまらない複雑な部分ってあったと思うんです。そういう関係が突然なくなってしまった人たちの言葉は、なかなか表に出てこないけど、実は多くの人が抱えているんじゃないかと思ったんです。
――小説は映画と異なり、複数の人物の視点で物語が進行していきますね。
西川:映画のために小説を書く場合は、キャラクター造形の地ならしのためという側面もあります。なので、映画の物語としてまとめる前に、一人ひとりの造形を深めるために、そういう構成になっているんです。
それに小説の面白い部分は、上映時間に縛られずにそれぞれの人物のバックボーンを掘り下げられるところにあると思いますから、小説では映画にできないことをやるのが楽しみでもあるんです。
――その小説をAudibleにするにあたり、映画にも出演されていた池松壮亮さんと黒木華さんを起用しています。このキャスティングの意図はどういったところにありますか。
西川:すぐにこの2人が思い浮かびました。視点が変わり、男女両方の一人称語りが出てきますから男女それぞれいた方がいいと思ったのと、映画に出演してくれているので、作品の理解も深いだろうと思ったからです。映画とは異なるものにしたいから、本木雅弘さんと深津絵里さんじゃなく、世代の違う池松さんと黒木さんにやってもらうことでまた新しいものにできるんじゃないかと思いました。それに、10年ぶりにご一緒してみたら、お2人とも30代になって、あの頃とは違うお芝居を見られるんじゃないかと楽しみだったんです。

――パートの振り分けはどのようにされたのですか。
西川:基本的に女性は黒木さん、男性は池松さんです。子どもや三人称の部分は、最後まで悩みながら、個別にどちらがふさわしいか考えながら振り分けました。
――黒木さんは、映画で本木雅弘さん演じる主人公・幸夫の不倫相手だったわけですが、その黒木さんが、妻の夏子のセリフも演じるわけですね。
西川:そうですね。これも贅沢なもので、映画にはない面白さがありますね。時には複数の掛け合いも1人の俳優がやる、別のキャラクターの芝居をその場で同時に見られるのは面白いです。黒木さんも池松さんもこの10年で色々なお仕事を経験されてきたんだなというのが、伝わってきます。2人とも本当に幅広い演技を見せてくれています。衣装もないし、共演者もいない中で小さな手掛かりから打ち返してきてくれる、その的確さに驚かされました。
映画とAudible、演出の違い
――小説のテキストは、基本的には変更しないものでしょうか。
西川:音で聞いた時に、ピンと来ない言葉については変更を加えています。例えば、「義妹」とかですね。音で「ぎまい」と聞くよりも、「義理の妹」と読む方がわかりやすいのでその場で変更したりしました。これは自分の書いた小説だからできることで、他の作家さんのテキストに勝手に変更を加えられないですからね。映画の現場で自分が書いた脚本なら、現場で変更できるのと同じです。一応テキストに沿って、不自然でなければいいかなという感じで。10年前に書いたものなので、結構自分の中で適度な距離感を持てていますし。

――目で小説を読むのとは時間の感覚も違いますよね。時間のコントロールについてはどんな意識で演出されていますか。
西川:私は音声のディレクションのプロではないので、そこまで深く考えていないですが、「テキストにとっていいテンポが何か」を考えるようにしています。 映画の場合は2時間前後に収めるように興業側からプレッシャーをかけられることが一般的なので、そこから解放されて、テキストのあるべき形で聴いてもらえるものだと思うので、一番自分が納得いく形でやらせてもらっています。 映画の編集では、台詞のやり取りの場面などでも、一秒でも間を短くしようと頭を悩ませることも多いんです。そこがAudibleの場合は制約がないので、自由にやらせてもらえているのが私にとっては楽しいですね。
――Audibleは、映画の芝居とは異なる部分が多々あると思うのですが、どの程度感情を出して読んでもらっているのですか。
西川:私は、朗読はそんなに感情を乗せずに読んでいいんじゃないかと思っています。小説の良さはそこに音がなく、読者が自由に音を想像して感情を作れることだと思うので。なので、なるべくフラットにやろうと思うんですけど、やっぱり2人とも芝居が上手いんですよね。だから、それを全部落としてしまうのももったいないと思っちゃう。映画の芝居が10だとすると4くらいに抑えてもらっています。
聴く人がやりすぎと思わないレベルを探るのが難しいですね。
――純粋に朗読調でいいのであれば、わざわざ映画の俳優をキャストする意味もあまりないですけど、感情全開の芝居をするのも違うわけですね。
西川:感情全開の芝居でやるなら、ラジオドラマみたいに全員キャストを変えた方がいいでしょうけど、そうではない制約があるのも面白い部分なので、ここの塩梅が難しいですね。
でも、小説を書いた作家の中には、自分で演出したい気持ちがある人も多いのではないでしょうか。書き手は、全ての台詞の意味やニュアンスにもある正解を持って書いていますからね。言葉の豊かな人たちですし、作家自ら読み手を演出するオーディオブックが出てくると、また面白いとも思います。

――西川監督はそれを実践しているわけですね。今後、作家自ら演出するAudibleが広がってほしいですか。
西川:そういう試みがあっても良いんじゃないかと思います。小説の楽しみ方が広がるでしょうし。活字を目で追うのもかけがえのない楽しみ方ですけど、小説との出会い方は他にもあっていいと思うんです。
――今後、Audibleにしたいご自身の作品はありますか。
西川:やらせていただけるなら、どれでもいいです(笑)。これから書く作品も、ぜひやりたいですね。 すでに亡くなられた方の作品など、他の作家さんの書いた小説を演出する機会もあればいいなとも思います。私はこういう言葉は使えないなとか、こんな文章は書けないっていうのを、音で読むことで実感しますし、目で読んでいるときとは異なることに気が付いて、すごく勉強になります。

タイトル:永い言い訳
配信日:1月27日
著者:西川美和
演出:西川美和
ナレーター:池松壮亮、黒木華
URL : https://www.audible.co.jp/pd/B0GFXJJMZX
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