国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】

「『桃太郎 海の神兵』から『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』まで 国産アニメーションは戦争をいかに描いたか」と題したシンポジウムが開催。漫画家・武田一義氏、同志社大学文化情報学部教授の佐野明子氏、東洋大学文学部教授の堀ひかり氏の3名が議論した。

グローバル マーケット&映画祭
左から:藤津亮太氏、武田一義氏、佐野明子氏、堀ひかり氏
左から:藤津亮太氏、武田一義氏、佐野明子氏、堀ひかり氏
  • 左から:藤津亮太氏、武田一義氏、佐野明子氏、堀ひかり氏
  • 国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】
  • 国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】
  • 国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】
  • 国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】
  • 国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】
  • 国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】
  • 国産アニメはなぜ「銃後」ばかり描いてきたのか? 『ペリリュー』と『海の神兵』が問う「戦争」を描くフィクションの役割【東京国際映画祭レポ】

国産アニメーションは戦争という主題といかに向き合ってきたのか。第38回東京国際映画祭の一環として開催されたシンポジウム「『桃太郎 海の神兵』から『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』まで 国産アニメーションは戦争をいかに描いたか」では、この問いが深く掘り下げられた。

登壇者は『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』(以下、ペリリュー)の原作者である漫画家・武田一義氏、同志社大学文化情報学部教授の佐野明子氏、東洋大学文学部教授の堀ひかり氏の3名。モデレーターはアニメーション部門プログラミング・アドバイザーの藤津亮太氏が務めた。

シンポジウムは、国産アニメがアジア太平洋戦争を扱う際、空襲などの「銃後」の物語は多く描いてきた一方で、「前線」の物語が少ないという藤津氏の指摘から始まった。その稀有な「前線」を描く新作『ペリリュー』と、日本初の長編アニメであり戦意高揚映画でもある『桃太郎 海の神兵』(以下、海の神兵)という両極端な作品を基軸に、80年にわたるアニメと戦争の描写の変遷が紐解かれた。


「ありのまま」を描くためのフィクション――『ペリリュー』

まず、12月に劇場公開を控える『ペリリュー』について、原作者の武田氏が語った。

武田氏が戦争漫画を手がけるきっかけは、戦後70年の企画で出版社から声がかかったことだった。当初、戦争を自主的に描く発想はなかったそうだが、当時の天皇皇后両陛下が慰霊に訪れ「ペリリュー島」を知り、戦史研究家・平塚柾緒氏が長年かけて聞き取った生還者の「声」に触れ、「普通の若者たちが、ありのままにそこにいた姿」を描きたいとの思いが強まったという。

可愛らしい「3頭身」の絵柄を採用した背景には、氏が自身のがん闘病記で培った「重いテーマをより多くの人に届ける」ための手法からきている。

武田一義氏

武田氏は、ペリリュー島の戦場を描くためにフィクションを選択した。それは、平塚氏の「ドキュメンタリーは、取材対象者の名誉を守るためにあえて描かないこともある。だがフィクションなら、架空のキャラクターを通して真実を描けるかもしれない」という言葉に背中を押されたからだと明かす。さらに、「普通とは『いろいろ』ということ。良い人も悪い人も、真面目な人も不真面目な人もいる。その『いろいろ』を描くにはフィクションが最適だった」と武田氏は語る。

アニメ化にあたっては、「兵器が人体をいかに破壊するか、銃弾が当たれば人はこう壊れる、ということをきちんと描いてほしい」と制作陣に伝えたという。

戦時下の複雑なリアリズム――『桃太郎 海の神兵』

続いて、1945年4月、終戦のわずか4ヶ月前に公開された日本初の長編アニメ『海の神兵』の分析が、堀氏と佐野氏によって行われた。

堀氏は、本作が制作開始された1944年当時、サイパン陥落やレイテ沖海戦での敗北など、絶望的な戦況だった時代背景を説明。公開時期には、空襲で映画館の数が減り、子どもたちは疎開するなどしていたこともあり、当時、本作を鑑賞した人の数はかなり少なかったと考えられているという。

瀬尾光世監督は「日本的な漫画映画」の確立を目指しながらも、その表現にはディズニー作品やイギリスのドキュメンタリー映画理論など、グローバルな映画文化の影響が色濃く反映されていると指摘した。「100%純粋な日本的作品ではなく、グローバルな映画文化が瀬尾監督の創造性を引き出し、作品の強度に寄与している」と堀氏は分析する。

堀ひかり氏

佐野氏は、本作の先駆的な映像表現に着目。上映時間74分のうち戦闘描写は4分の1に過ぎず、大半が日常風景で占められている点を挙げる。

さらに、ディズニー風の「柔らかい」キャラクターの動きと、リアルに描かれた「硬い」兵器の対比、透過光やマルチプレーン・カメラの使用、影絵風や写実風の描写の混在など、多様なスタイルが実験的に導入されていたことを解説。「アメリカ(ディズニー)とは異なる独創性」を追求しており、日本アニメで初めて「死」が直接的に描かれた点も画期的であったとした。

佐野明子氏

しかし、その受け取られ方は複雑だ。藤津氏は、本作を戦時中に観た手塚治虫が「(周囲の焼け野原と比べて)内容は嘘だと感じたが、日本でもこれだけの技術の作品が作れたことに感動した」と回想しているエピソードを紹介。技術的な達成と、それが担うプロパガンダ的内実との間に、手塚が引き裂かれていたことを紹介した。

「銃後」の物語と「前線」の空白

藤津氏は、歴史学者・成田龍一氏の時代区分(状況の時代→体験の時代→証言の時代→記憶の時代)を援用し、戦後アニメ史を概観。

戦後、アニメ産業が勃興すると、「証言の時代」(1965-90年頃)には、戦争を子供時代に体験した「小国民世代」が作り手となり、『はだしのゲン』に代表される空襲や疎開といった「銃後」の体験が数多く描かれた。

藤津氏は「戦争体験が物語化されることで世代を超えて継承されやすくなった反面、政治性が抜け落ち、戦争被害が天災のように描かれる側面もあった」と指摘。結果として、国産アニメにおいて「前線」の描写は手薄なまま現代に至っているという見解を披露した。

「記憶の時代」とフィクションの役割

『ペリリュー』は、まさにこの「前線」の空白に挑んだ作品といえる。

武田氏は、自らを「戦争を知らない」立場と明確に位置づける。「体験者が持つ実体験のリアリティとは別に、体験していないからこその客観性があると思う。様々な体験談の集合体として描くことで、それが可能になる」。武田氏のこの姿勢は、成田氏の言う「記憶の時代」(1990年~)の作法と一致する。

さらに武田氏は、『ペリリュー』の主人公・田丸の役割が「功績係」(仲間の死を、遺族のために「勇敢な戦死」としてフィクション化して報告する係)である点に言及。「残された手紙だけを見れば英雄的な死だが、背景には虚構がある。この『虚構』の存在を最初に提示した上で、戦争を知らない自分が描く物語を読んでほしかった」と語った。戦争の記憶自体が「語り」によって構築されるという、鋭い批評性を内包している。

堀氏も「『ペリリュー』は、日米兵の接触を描く際も、単なる投降の話ではなく、アメリカ兵側の物語も描いた」と、フィクションが持つ多角的な視点の可能性を評価した。

会場からは「戦争漫画は類型化しやすいのではないか」という質問も出た。これに対し武田氏は「『戦火の友情』といった類型は、商業的な入り口として必要。しかし、そこから入って中に何が描かれているかが、作品の個性だと考えている」と応じた。

最後に藤津氏は、「どちらの作品も、観客が『これは何だろう』という“問い”を持って接することが、作品を生き返らせる。類型化されたイメージの中から、武田先生が言った『いろいろ』な側面をいかに発見できるかが重要」と締めくくった。

戦争の記憶が風化し、「語り」そのものが困難になりつつある現代において、アニメーションというフィクションがいかに戦争の複雑な実像と向き合い続けるか。登壇者たちの議論は、作り手と受け手の双方に「問い」を投げかけるものとなった。

《杉本穂高》

関連タグ

杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

編集部おすすめの記事