ラグジュアリーブランドのシャネルが、映画制作の未来を担う若手クリエイターを対象にしたプログラム「CHANEL & CINEMA – TOKYO LIGHTS」を立ち上げ、その第一段階であるマスタークラスが、11月27日と28日の2日間にかけて、都内で開催された。
本プログラムは、映画監督や俳優などを講師に迎えたマスタークラスとトークショーを開催するほか、全マスタークラスを修了した参加者は、短編映画のコンペティションに参加できる。コンペティション上位3作品は、シャネルの支援のもと制作され、東京とパリで上映される機会が与えられる。
第一回の講師には、是枝裕和監督、西川美和監督、俳優の役所広司、安藤サクラ、ティルダ・スウィントンが参加。俳優ごとにワークショップが開催され、若手フィルムメイカーと俳優たちを指導した。本稿ではその模様をレポートする。
役所広司の考える目線と間
役所広司は、ワークショップの前に是枝監督、西川監督とともに役者論を語るトークショーを開催。役所は区役所勤務時代に譲られた舞台チケットでの観劇がきっかけで役者の世界に惹かれ、無名塾に入塾。後にテレビの時代劇などに出演するようになり、俳優の道を歩み始めた。

役所は役作りの基盤は脚本の解釈だと語る。脚本を徹底して読み込み、人物の本質を掴み、体現していく必要があると語る。西川監督は『素晴らしき世界』で役所を主演に起用したが、撮影10ヵ月ほど前から入念に準備する姿勢に感銘を受けたという。
そんな役所のワークショップでは、まさに脚本の解釈が重要な要素になっていた。参加者に短い脚本が渡され、チームに分かれてその脚本を演じてみる。離婚届を役所に届けに来た男女の物語で、ワンシチュエーションの会話劇で短いながらも、人間関係の機微をどう解釈するかで全く異なる作品に仕上がりそうな内容だ。2組の参加者がそれぞれに脚本を読み込み、どのような芝居をつけ、どこから役者の芝居をカメラで見せていくのかを、壇上で披露する。
壇上で披露されるのは、完成した劇ではなく、劇を作り上げていくプロセスだ。キャラクターの解釈によって台詞のトーンも動かし方も異なる。1組目のチームの監督は、事前にそれぞれの登場人物のモノローグの日記を渡し、彼らがなぜ離婚に至ったかのバックストーリーを練り込んできていた。2組目のチームはとりあえず通して芝居をやってみた上で、細かい部分を修正していくスタイル。
脚本の舞台は役所の待合室で、人物の動きをどのように想定するかによって観客に全く異なる印象を与えることになる。どちらのチームも同じ脚本なのに、全く異なるキャラクター像を描いていて、興味深い。
それぞれの芝居を作るプロセスを見た上で、講師の是枝監督と西川監督、役所が講評していく。役所は、「離婚届は1人でも出しに来れるし、郵送でもいい。それでも2人で一緒に離婚届を出しに来たのには何か理由があるはず。それを観客に考えさせる間があってもいい」とアドバイス。西川監督は「この本は、出だしは結婚届を出しに来たカップルにも見えるところが面白い。それが一本の電話で見え方が変わるのが面白い部分」で、そこをどう演出するかが肝だとした。是枝監督は「会話劇なので単調にならないよう、電話で席を立った後に、座る位置を変えてみるなどの工夫があってもいい」と指摘した。

質疑応答では、役所は「芝居の間と目線」について聞かれ、「目線は重要。10年連れ添った夫婦はあまり見つめ合わない、だから見つめる時には大事な意味が宿る」と語る。また是枝監督は、役者とどう準備をしていくべきについて、役者ごと、現場ごとに異なるので一概には言えないとしつつ、キャラクターの具体的なエピソードを積み重ねていくのは有効だという。例えば、これまで夫婦が楽しかった時間を書いて芝居してもらうなどするのだそうだ。
役所はワークショップの感想として「プロセスを見る楽しさ」を挙げた。是枝監督も自分ならこうすると思って見ると勉強になると言う。西川監督も俳優と過ごせる時間は撮影現場において限られるので、今回で芝居をどう捉えているのかを改めて聞くことができ、貴重な機会と感じたという。
安藤サクラはリラックスすることの大切さを伝える
2日目の午前中には、安藤サクラが講師となるワークショップが開催された。安藤のワークショップは、リラックスして仕事に臨むことの重要性が認識できる内容となった。
安藤のワークショップでは、長年連れ添ったカップルがマンションの内見にやってくる内容。マンションを紹介するのは、カップルの共通の友人のようで、3人は微妙な関係性をどう解釈するかが鍵になる。新築マンションの空間をどう意識して役者を動かすかも重要になる。
安藤は、まず参加者をリラックスさせようとする。靴を脱いだり、大声を出してみたりと壇上でのワークショップという特異な環境を忘れさせようと様々なことを試みていた。

安藤は、自分も緊張しがちで人に見られるのは好きじゃないと語る。現場ではいつもリラックスのために本番前に大声を出したりするのだとか。是枝監督も、そんな安藤を「いつもの現場の安藤さんだ」と語っていた。
安藤のワークショップには3組のチームが参加。安藤自身も役者として参加した。脚本では、カップルの女性は男性と同棲したがっているが、男性は乗り気ではないという微妙な関係。そして、マンションを紹介するのは二人の長年の友人で、なにやら友人以上の間柄ともとれそうな台詞もある。この辺りの微妙な機微を動きと台詞でどう表現するのか、3組とも異なる演出に挑んでいた。
今回は、急造で会場から4組目のチームも募り参加させた。こちらも他の3組とはまるで異なる解釈で芝居を作ってみせた。
安藤は、「緊張した状態でいると、色々な情報をキャッチできなくなる。芝居は他の人と紡いでいくものだから色々なものを周りからキャッチできる状態になることが大事」と語る。役者にとってリラックスした状態をいかに現場で作るのかが重要であることをにじませた。是枝監督は、「自分の現場は子どもがいることも多い。子役は緊張したら終わりなので、なるべく緊張させない現場作りをしている」という。

ティルダ・スウィントンが示したクローズアップの有効性
2日日の午後には、ティルダ・スウィントンによるワークショップが行われた。スウィントンは、映画ならではの芝居作りとはどういうものかを強調するために、カメラはクローズアップだけを用いることを提案。スウィントンは、映画はカメラによってストーリーが語られていくものだと言い、クローズアップは映画ならではのマジックが起こる瞬間だと語る。「クローズアップでは、特に誰にも見られていない時の表情を写せる」のが映画と舞台の違いだという。
脚本は、ある男がかつて世話になった女性弁護士を突然訪ねてくるというもの。女性は恐れを感じ、男性は好意を表そうとする。2人の感情のすれ違いをどう演出するかでホラーにもコメディにもなり得る内容だ。
今回も3組が参加。講師がスウィントンなので、英語で芝居を行う。スウィントンは、クローズアップで切り替えしを意識してか、芝居を細かく区切りながら、適宜登場人物たちの感情は何かを質問していく。ここでクローズアップの利点として、スウィントンは表情と台詞の乖離を確認できることだとした。台詞では歓迎していても、その人物の本当の感情は異なるかもしれない、それがクローズアップによってあらわになるのだという。

また、スウィントンはクローズアップの狙いとして、映画にとって言語が壁ではないことを証明できるという。会場の参加者の多くは日本人で英語に不慣れだが、アップになった役者の感情は読み取れるという利点もあり、この環境でのワークショップとして非常に理にかなっていた。
スウィントンは「クローズアップはセーフスペースのようなもの」と言う。芝居をする必要はなく、ただそこにあるだけで良くなるからだそうだ。それぞれの場面で、どのような表情と台詞の乖離があるのか、それをどういう感情で演じていたのかを細かく質問していくスタイルで、映画と舞台の芝居の違い、そして、ただ存在するだけでも表現となり得る映画の可能性をわかりやすく教えてくれるワークショップとなった。
終わりにスウィントンは、「特別な機会をいただけて感謝している。私たちは弱さを見せられる仲間、このイベントを一週間くらい続けたい」と感想を語った。西川監督は、監督の視点から俳優をよりリラックスさせることで良いものが生まれることが知れて勉強になったという。是枝監督は、イベント全体を総括して、次回に向けてより良い準備をしていきたいと語り、このイベントの手ごたえを感じたようだ。