2026年5月14日、カンヌ国際映画祭マーケット部門「マルシェ・ドゥ・フィルム」のプロデューサーズ・クラブ(Lérins)にて、ワークショップ「impACT | Who Gets to Be Seen? Disability Representation in the Film Industry」が開催された。
司会を務めたのは、36か国200社の独立系プロデューサーを束ねるEuropean Producers Club(EPC)のマネージング・ディレクター、Julie-Jeanne Régnault氏。「マルシェがインクルージョンをテーマに据えるのは今年で2回目。我々が本気でこだわっているテーマだ」と冒頭で意義を強調した。登壇したのは、英国のプロデューサーで「 The Crip Count」報告書の著者であるSamm Haillay氏(Kirlian Enterprises)、そしてノルウェー映画界の若手プロデューサーTøri Gjendal氏(Nordisk Film Production)。
本稿では、定量データが明らかにする産業構造の歪み、映画祭別に見えてきた傾向、当事者性に基づく制作実践、そして公的助成機関に求められる役割という四軸から、約1時間のセッションを振り返る。
世界5大映画祭で当事者はわずか「1.16%」
セッション前半は、Samm Haillay氏が2026年2月にロッテルダム国際映画祭で発表した報告書「The Crip Count」を解説した。彼が取り組んだのは、サンダンス、ベルリン、カンヌ、ベネチア、トロントという5つのAリスト映画祭において、2025年に選出された全作品の脚本家・監督・プロデューサーのうち、自らを障害者またはニューロダイバースと公表している人物が何人いるかをカウントするという、地道な作業だ。

データサイエンティストの友人の協力を得て大規模言語モデルによるスクレイピングツールを構築し、4,000人超の経歴、インタビュー、大学図書館の記録までを精査。自己申告の事例のみを抽出し、最終的にすべて人力で再確認した。
結果は厳しいものだった。5つの映画祭、計675本、4,550のアバヴ・ザ・ライン(主要な制作陣と出演者)のうち、公に障害を自認している人物はわずか53クレジットで1.16%。役職別では監督が2.35%、脚本家が1.14%、プロデューサーは最も少ない0.8%にとどまった。「合算すると1%。覚えやすい数字だ」とHaillayは自嘲気味に語った。

参考データとして提示された各国の国勢調査では、人口に占める障害者比率は国によって幅があるものの、カナダ・米国・英国ではおおむね20~25%前後にのぼる。映画祭の1%との落差は20倍以上ということになる。

映画祭別に見る格差
Haillay氏は、映画祭ごとの内訳も公表した。
最も高い比率を示したのはサンダンス映画祭だ。95作品・534人のうち10人(1.87%)が当事者で、監督に限れば116人中5人(4.31%)と5映画祭中最多。ただし脚本家は102人中1人(0.98%)、プロデューサーは448人中8人(1.78%)にとどまる。

トロント国際映画祭は絶対数で最多を記録。217作品・1,169人中14人(1.4%)が当事者で、監督が233人中6人(2.57%)、脚本家が352人中9人(2.56%)だが、プロデューサーは857人中わずか6人(0.7%)。

カンヌ国際映画祭は公式部門・監督週間・ある視点・批評家週間・ACIDの全部門を通算して103作品・663人中7人(1.06%)。監督2人(1.80%)、脚本家1人(0.48%)、プロデューサー5人(1.05%)という内訳だ。Haillay氏は数字の低さを認める一方、「会場のアクセシビリティ対応など、施設面では前進している」と付け加えた。

最も衝撃的だったのはベネチア国際映画祭だ。83作品・401人中わずか2人(0.5%)。監督は90人中ゼロ、脚本家135人中1人(0.74%)、プロデューサー278人中1人(0.36%)という結果となった。

ベルリン国際映画祭も「進歩的な評判にもかかわらず、ほぼ消去(near-erasure)と呼ぶべき数字」(Haillay)を記録。177作品・741人中4人(0.54%)にとどまった。

Haillay氏は監督職の比率が他職に比べて高くなる理由について、「監督についてはインタビューも記事も多く、自己申告を発見しやすいから」という方法論上のバイアスを率直に認める。「もしも全員が公にカミングアウトできていたら、数字はもう少し変わるだろう」と調査についての見解を述べた。
意思決定層の問題
映画を完成させるには、企画開発、ピッチ、ファイナンサー集め、セールスエージェント獲得に実制作など、無数のハードルがある。映画を完成させること自体が偉業であり、障害を持つクリエイターたちは、そのすべての段階で公正な支援を受けられていない可能性が極めて高いとHaillay氏はいう。
彼が最も強調したのは、映画祭よりもむしろ意思決定層の問題だ。報告書の方法論で英国の映画関連意思決定機関の幹部層を調査したところ、当事者は「完全にゼロ」だったという。「組織内に障害者やニューロダイバースの人々がいないわけではない。だが意思決定の役職には誰もいない」。

彼は障害者権利運動のスローガン「Nothing about us without us(私たち抜きに私たちのことを決めるな)」を引きつつ警鐘を鳴らす。「素敵な言葉だが、意思決定の場では常に『私たち抜き』で物事が決まっている。当事者の経験、カメラが回っていないときに何が起きているかを知らない人間が、誰が物語を語ることができるかを決めてしまっているのが現状だ」と語る。
車椅子に乗った監督Mari Storsteinからのビデオメッセージ
セッション後半はケーススタディへと移った。題材は2026年初頭にノルウェーで公開された映画『My First Love』。プロデューサーはNordisk Film Productionで2022年にノルウェー映画学校を卒業したばかりのTøri Gjendal氏だ。
会場には、車椅子に乗ったMari Storstein監督からのビデオメッセージが流された。ドキュメンタリー出身で生まれつき車椅子を使用する彼女は、ノルウェーの陽光が差し込む自宅から、観客に直接語りかけた。

「まず、障害者表象についてのカンファレンスが開催されること自体に、私はとても興奮しています。これは私が本当に情熱を注いでいるテーマですから」とStorsteinj監督は切り出す。
「10代の頃、自分のような人間には別のルールが適用されていることに気がつきました。そしてカメラを使えば、その感覚を表現できると思ったのです」。長年ドキュメンタリーに携わってきた彼女は、「ごく普通の生活を送ろうとする人々の物語をたくさん聞いてきましたが、障害者にとって普通であることは絶え間ない闘いです」と続け、以下のように率直に映画における障害者像についてこう語る。
「私は映画の中で自分が代表されていると感じたことが一度もありません。映画に登場する障害者を見ても、そのキャラクターに自分を重ねることができませんでした。私たちはあまりにもステレオタイプに描かれてきたからです。その理由は明らかで、私たちについての物語が、私たち自身によって語られていないから」。
『My First Love』は青春ラブストーリーで、多くの人にとって未知のノルウェーの一面を描く批評的な作品」でもあると彼女は語った。「この映画が、人々が私たちをどう見るかを変える一助となり、映画産業がより平等で、よりインクルーシブになるよう奮い立たせることを願っています」と結んだ。
当事者監督・主演で映画を作るのは「拍子抜けするほど普通だった」
ビデオメッセージを受け、Gjendal氏がプロジェクトの経緯を語った。脚本はCOVID期間中に書かれ、Nordisk Filmに持ち込まれた。彼女が入社した時点ですでに社内に存在しており、プロデューサーを担当することになったという。
会場から「障害のある主演では資金が集まらないと言われ続けてきた」という米国の脚本家からのコメントがあった。これに呼応する形で、Gjendal氏は『My First Love』の制作現場の実態を率直に共有した。

「車椅子の監督と主演を抱えた制作は『高くつく』し『手間がかかる』から大変だろうとよく聞かれます。この現場は私自身がラインプロデューサーも兼ねていましたが、実のところ拍子抜けするほど普通でした。少しだけ時間をかけて、アクセシブルなロケーションを選ぶだけでした」。
車椅子の主演女優を移動させるためのタクシー予算は通常より多めに組み、撮影は通常の5日制ではなく週4日制とし、1日の撮影時間は最大8時間に制限。監督と主演の昼休みは通常の30分ではなく1時間とした。「これはむしろ全ての制作現場が見習うべき働き方だと思います。週末がちゃんとあって、眠りたいときに眠れますから」。

三者の証言から見えてくるのは、映画産業における障害表象の課題は、技術的・予算的な障壁よりも、ほとんどが意思の問題ではないかということだ。
「映画産業をよりインクルーシブにしたいなら、物語を語りたい人々のところへ我々から赴かなければならない」司会のRégnault氏はこの言葉でセッションを締めくくった。
なお「2025 Crip Count」報告書は以下のサイトで入手可能だ。










