2025年7月29日、TBS CROSS DIG主催、カタール政府関連機関「Media City Qatar (MCQ)」の協賛のもと、シンポジウム「日本コンテンツの未来――中東、そして世界へ」が都内で開催された。2028年までに600億ドル規模への成長が予測されるGCC(湾岸協力会議)諸国のメディア・エンターテインメント市場を前に、日本の映像・コンテンツ産業が世界へ飛躍するための新たな可能性が議論された。
イベントのお知らせ
中東市場へのゲートウェイ、カタールが示す破格の進出支援
シンポジウムの冒頭、MCQのCEOであるジャシム・モハメド・アル・コリ氏が登壇し、カタールへ進出する日本企業に対し、破格の包括的支援を約束した。具体的には、登録・ライセンス料の100%免除、補助付きの一等地オフィススペースの提供、迅速な法人設立手続きなどが含まれる。アル・コリ氏は、カタールがGCC諸国、アフリカ、南アジア市場への「地理的なゲートウェイ」であると強調。2019年に設立されたMCQは、すでに国際的なスポーツイベントの制作拠点となるなど実績を重ねており、構成企業の60%がスタートアップであることから、新たな才能を育成するハブとしての機能も担っている。

セッションに登壇した映画プロデューサーの水野詠子氏は、カタールとの共同制作映画『PLAN 75』でカンヌ国際映画祭のカメラドール特別表彰を受賞した経験を持つ。水野氏はカタールのコンテンツ産業を「一言で言って、とても熱い」と評価し、国を挙げて若い才能を支援するインフラが整っている点を指摘した。少子高齢化という日本固有のテーマを扱った同作が海外で評価された経験から、「尊厳を持って年を重ねることはどの国でも抱える問題」と語り、普遍的なテーマ性が国境を越える鍵になるとの見解を示した。
Netflixが変えた制作環境、「ガラパゴス」なアイデアが世界で花開く可能性

映像業界の世界進出をテーマにしたセッションでは、映画監督の大友啓史氏と、Netflixで「今際の国のアリス」シリーズなどを手掛けたプロデューサーの森井輝氏(THE SEVEN)が登壇。両氏は、Netflixのようなグローバル配信プラットフォームの台頭が、日本の制作環境を大きく変えたと口を揃える。
大友氏は、Netflixを「コンテンツ業界のグローバルスタンダード」と評し、企画を練り上げる「ディベロップメント」に時間をかける文化や、労働環境の改善が日本にも浸透しつつあると語った。これまで日本の映像産業は、国内市場だけで収益を確保できたため、世界進出への動機が生まれにくかったと両氏は分析。しかし、その結果として育まれた「ガラパゴス化したアイデア」こそが、未だ世界に知られていないユニークな魅力として、これから一気に花開く可能性があると期待を寄せた。
世界で成功するコンテンツの共通項、「シンプルさ」と緻密な「IP戦略」

世界で成功を収めたコンテンツの普遍的な要素とは何か。世界165以上の国と地域で放送される『SASUKE』の総合演出・乾雅人氏は、成功の理由を「言葉の説明がなくても見ればわかること」と分析。「Wii」の企画開発を担当した玉樹真一郎氏も、複雑化していたゲーム機への反省から「家族みんなで健康的にできる」というシンプルなコンセプトに至ったと明かした。 誰にでも直感的に理解できるシンプルさが、国や文化の壁を越える上で極めて重要であることが示された。
また、企業のグローバル戦略として、バンダイナムコエンターテインメントの宇田川南欧社長が登壇。同社では多くのゲームタイトルで海外売上比率が50%を超えており、「最初からグローバルを意識して企画開発を行っている」と語る。400以上あるIP(知的財産)ごとにターゲットや展開方法を細かく設定し、世界19か国33の拠点で緻密なローカルマーケティングを行っているという。

シンポジウムの最後には、MCQのタイール・カレド・アナニ氏が「日本のクリエイターは日本のマーケットにとどまっていることが問題。カタールはアラブ諸国や北アフリカへのゲートウェイになり、その地域は消費意欲が旺盛だ。若い世代が多いカタールに日本のコンテンツはきっと刺さる」と述べ、日本とのパートナーシップへの期待を改めて表明した。今回の議論は、日本のコンテンツ産業が国内市場の枠を越え、中東、そして世界へと羽ばたくための具体的な道筋と大きな可能性を示すものとなった。