ウェブトゥーンに特化した新しい出版社を目指して挑戦を続けている「STUDIO ZOON」で編集長を務める鍛治健人氏。マンガ業界の枠を超えた新しい挑戦として、作家の個性を最大限に引き出しつつ、複雑な制作フローを乗り越えて次々と新作をリリースしている。
直近では『推しの一途すぎる執着を、私はまだ知らない』がLINEマンガ2部門で1位を獲得し、LINEマンガで注目新作を獲得。今回、マンガ家としての経歴を持ちながらサイバーエージェントグループに入社した鍛冶編集長にウェブトゥーンの制作に挑む中で直面した課題と、その中で見つけた解決策、業界の未来を変える『STUDIO ZOON』のビジョンについて話を訊いた。
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ーー鍛治 健人編集長の自己紹介やご経歴を教えてください。
サイバーエージェントの「STUDIO ZOON」で第一編集部の編集長を務めています。もともと23歳からマンガ家として活動をしていて29歳まで実際に出版社でマンガを書いていました。28歳の時にサイバーエージェントのゲーム事業を担当している方から、ちょうどそのタイミングでサイバーエージェントの中でマンガの部署を立ち上げたいという話があがり、そこにお誘いを頂き入社することになりました。サイバーエージェント入社後「本当に”自由と自己責任”という言葉がぴったりだな」という印象を持ちました。それまで会社というものは「あれやれ」「これやれ」「これやっちゃダメ」という印象を抱いていたのですが、サイバーエージェントグループでは、手をあげたら挑戦の機会を提供してくれますし、そういった部分が私にとってはとても居心地が良く感じています。2022年から正式に「STUDIO ZOON」というウェブトゥーンに特化したIP創出の部署が立ち上がり、私と、元講談社の村松 充裕(STUDIO ZOON 第二編集部 編集長)が参画して今に至ります。
ーーウェブトゥーンスタジオ「STUDIO ZOON」についても、立ち上げから現在に至るまでのお話を教えてください。
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「STUDIO ZOON」は”スタジオ”とは言うものの、私たちが挑戦してることは「新しい出版社」を作ってるような感覚に近いです。村松ともこういった話をするのですが、本当に出版社をゼロから作っていう感覚。ここが最も面白くやりがいのある部分で、私が「STUDIO ZOON」にいる理由でもあります。この日本というマンガ大国の中で「新しい出版社を作る」という経験は、生涯、もうないだろうな、と思っています。
この新しい挑戦もサイバーエージェントと村松や周りの仲間が居れば「やれる!」と強く感じながら、2022年から今も「STUDIO ZOON」に全力を注いでいます。ものすごい勢いで下り坂を転がったり、ものすごい勢いで壁にぶつかり続けた二年間ではあるのですが、今編集部に集まってくれているメンバーはスターが揃っていて、本当に奇跡的にそういう人間が集まった、という感覚です。能力のあるメンバーが揃っているがゆえに、ものすごいスピードでモノが作られていたり、そのスピードが速い分、壁や課題にもたくさんぶつかったりします。それをなんとか突破しつつも前に進んでいった、というのがこの二年間でした。
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ウェブトゥーンは横読みのマンガと似てるところもあれば、全く異なるところもありますが、マンガというもの自体属人的で、一人の人間から生み出されるパワーで成り立っているところは変わらないと思います。ただウェブトゥーンはどちらかというと組織に近い作り方をしないといけない部分があります。「STUDIO ZOON」は作家個人のパワーを引き出しつつ、それをどういう風に最大限組織として昇華していくのか。この部分は他のウェブトゥーンスタジオとも異なる部分だと思います。だからこそ、模範できる部分が少ない分、自分たちでたくさん意見をぶつけ合いながら、思考錯誤しながら試していくしかなかったのかなと感じています。
ーー編集部のメンバーはどのような人たちがいますか?
出版社であれば、新しく事業部を立ち上げたときには他の部署から異動する形が多いと思うのですが、サイバーエージェントグループの中にはマンガ制作の経験がある人がほとんどいなかったので、最初は村松とともに色んな手段を使って探しました。
もちろん通常の中途採用のルートもありますが、面白いところでいうと、私はゲームが趣味なのですが、ゲーム内で出会った方とボイスチャットなどを通じて「この人、面白いな」と感じたメンバーがいて「受けてみないか?」と打診をして、いま一緒に働いているメンバーもいたりします。「ゲームを通じて、採用?」と思われるかもしれませんが、ゲームを一緒にプレイすると、うまく連携をしてくれたり、自分がピンチの時に助けに来てくれたり……など、その人の性格がゲームプレイに滲み出てきます。もちろん、ゲームタイトルによってキャラクターも違ったり、特性が違ったりします。なので「なぜ、そのキャラクターを選んだのか」ということは性格に紐付いてることが多いと感じます。
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例えば、サポート役のキャラクターを選んでるプレイヤーは、すごくホスピタリティが高かったり周りがよく見えていたり、もしくは戦闘に特化したプレイヤーなどは走る能力がすごかったり、突破力が高かったり。そういった部分は、仕事にも滲み出てくる部分だと思います。様々なバックグラウンドの方がいますが、みんな共通して「STUDIO ZOON」を成功させたいという想いに共感してくれています。もちろん、編集の経験値があるメンバーも多数いますし、現在も採用をしていますので、興味がある方はぜひ応募してみてください。
ーーウェブトゥーンの制作について教えてください。
「縦読みでしか表現できない手法」、「着彩」(絵画やイラストなどに色を付けること)の二点が最も横読みのマンガとは異なる部分です。「着彩」の工程が一つ増えるだけで、当然関わる人数が倍以上に膨らんでいきます。工程が多いということは、それを管理する人間もより多くのことを把握する必要がでてきます。その部分がシンプルで難しい。そこの負担は横読みのマンガとはまた種類の違う負担が発生しているな、と思います。
「着彩」も立ち上げ当初にかなり苦労した部分で、白黒で描かれていたマンガに「着彩」を施すということで、何を思って良しとするか、ということが我々も作家さんも判断基準がありませんでした。幸い、私自身がマンガを書いていたり、ゲーム部門でアートディレクターを経験していてイラストや「着彩」も多少知識はあったので「こういう作り方が、今の私たちにとってベストなんじゃないか」という話を社内でたくさん議論しました。関わる人数が多いからこそ、どうしても外部に依頼しないといけないこと以外は一気通貫で行うために、最終的に内製で「着彩チームを持つ」というという選択をしました。
ーー作家さんに対して、白黒の原稿に「着彩」が入りますよ、とコミュニケーションをするのですよね。
仰るとおりで、そして、そこがすごく難しいポイントでもあります。「好きなように塗ってください」という方もいれば「細かく見たいです」という方もいます。どういう色を乗せていくのかをまず担当編集と着彩師で話したり、私と担当編集で話をして色を決めて塗るのですが、白黒から色がつくだけで全然別のマンガになってしまう可能性もあります。白黒の原稿だと、昼と夜の違いはスクリーントーンと言われるシールを貼る、「ベタ」で真っ黒に染める、という表現のみですが、ウェブトゥーンだと青空があって、その青空の下で歩いてる人物の髪の色は茶色だったり黒だったり、制服だったり派手な服だったり。白黒だと気づかないような情報量が一気に増えていきます。作家さんが想像していたような原稿と異なることも多々ありました。作家さんとお互い手探りで連携しながら進行することは、最初はすごく苦労しましたし、担当編集は着彩を施された後にもう一回作家さんにチェックや共有をして、そこでもう一度作家さんと話して、戻ってきたことをまた着彩して……そのフィードバックを受けてまた調整したり。第一話を着彩するのに最初の頃は半年くらいかけていました。
ーー「着彩」されることで情報量が増えるとのことですが作家さんの反応はいかがですか。
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基本的にはとても喜んでもらえることが多いです。作家さんご自身が着彩できる方もいますが、塗れない方もやはり多いです。そういった状況の中で、自分の白黒の絵が、綺麗に着色されて「アニメのようになっている……」と感動してくれる作家さんも多いです。着彩が施されたことによって、白黒の時とは違うコマの割り方でや間の取り方などに気づけたりします。「もうちょっと広げないと読みづらいね」とか「逆にコマ線がない方が一気に読めていいかもしれないですね」とか。色を見た後に原稿を修正する、ということも行ったりしますね。
ーー厳しい制作フローを乗り越えて作品がリリースされているのですね。現在、複数タイトルが「STUDIO ZOON」からリリースされています。LINEマンガでも注目されている『推しの一途すぎる執着を、私はまだ知らない』(以下『推しまだ』)について概要を教えてください。
このマンガは本当に読んで頂きたいです。私自身、作家をやっていた時から現在に至るまで女性作品に携わったことがなく『推しまだ』が私にとっても最初の女性作品になっています。今回のチャレンジはワクワクもあり、不安もあったのですが、この『推しまだ』という作品は作家さんの個性もありつつ、この作品は「女性作品の皮を被った王道少年マンガ」だと思っているぐらいかなり熱いマンガになっています。
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簡単にこのマンガの作品の内容を説明すると、オタクの主人公がスマホアプリの推しキャラに人生を捧げていて、仕事で辛いことがあっても「タクシーに3,000円使うくらいなら課金する!」と思うようなタイプで「推しがいるから頑張れる、生きていける」という主人公です。
ある日そのゲーム内で推しのキャラが死んじゃう話が出てきてしまって、主人公は絶望してしまいます。泣きながら眠りについて、気が付いたら自分がそのゲームの世界に転生しておりパニックに陥っている中、目の前にその推しキャラが現れます。そこから「推しの死をどうにかして回避しなきゃ!」という目的で物語が動き始めます。推しを救うために、主人公は悪役令嬢みたいな振る舞いを選択するのですが、それが逆に周りの男性キャラたちに好かれたり、執着される存在になっていくんです。その過程が面白くて、主人公の感情の爆発とか表情の豊かさ、いわゆる“顔芸”みたいな部分もとても良くて、どんどん引き込まれてしまいます。
自分が関わった作品ということもありますが、女性向け作品としても本当に面白いと思ってます。この作品に携われたことで、自分でも「こういう女性向けの話が作れるんだな」っていう自信がつきましたね。
ーー『推しの一途すぎる執着を、私はまだ知らない』の制作について教えてください。着想や制作期間はどのような形でしたか。
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この企画が企画書として原作者の方から頂いたのが「STUDIO ZOON」が立ち上がって一ヶ月後くらいだったので、制作に約二年近くかかっています。
ウェブトゥーンは横読みのマンガとは体験が全然違うんです。横読みのマンガはじっくり読んで理解しながら、自分で物語を補完して膨らませる感覚がある。一方でウェブトゥーンは「読む」というより「見る」に近い。「X」や「TikTok」のように、情報をどんどん自分に取り込むような感覚ですね。
『推しまだ』の企画が上がったとき、一番最初に考えたのは、この作品を美麗に描ける作画や作家さんをどう見つけるか、そして原作者と作家さんがやりたいと思っている表現をどう実現するかでした。特に、顔芸や喜怒哀楽がこの物語の一番の見どころなので、それをしっかり描けるネーム構成作家が必要だと考えました。そのために、作画と構成作家を探すのに半年近くかけました。本当にいろんな人にSNSで声をかけたり、直接出向いてお願いしたりして、ようやくベストなチームが揃ったんです。
結果的に『LINEマンガ』で2部門で1位を2度も獲得したり(24年11月時点)、注目新作として評価されたことは本当に嬉しいです。これだけの作家さんが集まれば、こういった評価をいただけるのも当然だと思えるようになりましたし、改めて自信につながる結果になりました。
また『推しまだ』は立ち上げを私が行い、その後、新人編集の竹内にバトンを渡す形で担当を引き継ぎました。女性に向けた作品ということもあり女性の観点が必要だと感じたのと、竹内ならこの作品をより良くしてくれると確信があったからです。結果的にその期待に応えてくれる形で作家や作品としっかりと向き合ってくれたと思ってますし『推しまだ』という作品に欠かせない存在になってくれたと思っています。
ーー『推しの一途すぎる執着を、私はまだ知らない』のヒットの理由をどのように分析していますか。
一番大きいのは『推しまだ』の原作者の方との出会いが本当に大きかったです。この方はウェブトゥーン業界で長い経験を持ち、多くの作品を手掛けてきただけでなく、その要素を論理的に説明できるほどの高い言語能力を持っている方なんです。そういった方と一緒に作品を作れたことは、この作品だけでなく「STUDIO ZOON」全体として成長できた大きな要因だと思っています。
『推しまだ』はロマンスファンタジーというジャンルに属していますが、LINEマンガやピッコマといったプラットフォームで特に強いジャンルでもあります。アクションやバトルものと違い、ロマンスファンタジーは感情描写が中心で、女性だけでなく男性にも共感を生みやすい特徴があります。感情をしっかり描ければ、それだけで多くの人が引き込まれるんです。このジャンルの作品は絵柄や着彩のレベルがとても高いんです。美しさが求められるジャンルだからこそ、読者に刺さる作品を作るには相当なクオリティが必要になります。それを実現できたのは、やはり原作者をはじめとするチームの力のおかげですね。
ーーウェブトゥーンと通常のマンガのビジネスモデルの違いについて教えてください。またマネタイズで特に注意しているポイントがあれば教えてください。
横読みのマンガとウェブトゥーンの違いについて一番大きいのは、やっぱりメディアでの表現の仕方だと思います。横読みのマンガは、神様視点で俯瞰して世界観を楽しめるように作られています。一度にいくつもの情報が目に入るので、コマの配置やページ全体のデザインによって、情報処理がしやすくなっています。
一方でウェブトゥーンは縦読みで情報が常に流れる形式なので、複雑な心理戦や情報量の多い展開は難しく、そのようなストーリー構成だとウェブトゥーンでは読みづらくなってしまいます。だからこそウェブトゥーンは「読む」より「見る」に特化している。そうすることで、アニメに近い没入感や気持ち良さを提供できるんです。この形式は横読みのマンガとはまた違った強みで、アニメ化する際には映像表現で補填や広がりが生まれることもあります。
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ウェブトゥーンには表現の自由度、新しい見せ方の可能性がある一方で、歴史が浅いため、ビジネスモデルとしての最適解はまだ発展途上です。でも、だからこそ可能性を感じます。サイバーエージェントは広告、メディア、ゲームに強みを持つ会社でアニメ、興行、映画などの事業も力を入れており、この編集部を出版社として立ち上げようという話を聞いたときに、未来がイメージしやすいと感じました。ウェブトゥーンという新しいフォーマットとこの会社の強みが合わさることで、ビジネスモデルとして成立させることができると確信しています。
ーー鍛治 健人編集長はご自身もマンガ家ですが、マンガ家さんが今からウェブトゥーンに挑戦するのは可能でしょうか。またアドバイスがあれば教えてください。
ウェブトゥーンについては本当にさまざまな意見があります。たとえば、作家さんの中にはウェブトゥーンの表現が狭いと感じたり、分業制という制作体制に抵抗を持つ方もいらっしゃいます。でも、私はウェブトゥーンを通じて作家としての幅を広げられるものだと思っています。
少し話が逸れるかもしれませんが、AIも同じような議論を呼ぶ存在ですよね。AIに対して否定的な方も多いですが、私はむしろそれを活用して自分の可能性を広げるべきだと考えています。新しい技術や表現方法は、どんなに否定されても時代の波を止めることはできません。マンガがアナログからデジタルへ移行したように、AIやウェブトゥーンも新しい形で受け入れられていくのだと思います。
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ウェブトゥーンもまた、作家やクリエイターにとって新しい引き出しを増やす可能性を秘めています。横読みのマンガには長い歴史があり、その面白さは確かにありますが、ウェブトゥーンだからこそ表現できる魅力も多い。そして何より、日本の作家さんやクリエイターにとって、ウェブトゥーンは新しい表現の幅を広げる絶好の機会です。私がウェブトゥーンに情熱を注いでいる理由は、日本の作家さんやクリエイターにその可能性を知ってもらい、共にウェブトゥーンの未来を作りたいからです。
ウェブトゥーンだけが伸びて横読みのマンガの時代が終わる、なんてことは絶対にないと考えています。むしろウェブトゥーンというフォーマットがでてきたことで選択肢が増えることはポジティブなことですし、日本のマンガがこれほどまでに大きく発展した背景には、日本独自のコミュニティ能力があると思っています。需要に応える作家さんや出版社の強み、それをしっかり受け取る読者の特性、さらにアニメ文化などが絶妙にかみ合い、作り手と読み手が繋がり続けてきた結果として、マンガという文化が日本でこれだけ大きな存在になったのだと思います。日本独自の特性を考えるとウェブトゥーンもまた、世界や韓国とは異なる形で成長する可能性がありますし、日本ならではの見え方や発展の仕方があり得ると感じています。
そのためには、まずは結果を出すことが必要です。「STUDIO ZOON」が作るウェブトゥーンが面白そうだと思ってもらえることや、自分の表現を実現できると感じてもらえるように、日々考えながら取り組んでいます。
ーーウェブトゥーンを楽しんでいる読者にメッセージをください。
『推しまだ』はぜひ多くの方に読んでもらいたい作品です。女性読者にはもちろん楽しんでもらえるように作り込んでいますが、それだけではありません。私のような、いわゆる“ジャンプ世代”の男性にも楽しんでもらえる女性ロマンスファンタジーマンガとして、自信を持ってお勧めしたいと思っています。贔屓目を抜きにしても、純粋に面白い作品だと思っています。だからこそ、女性だけでなく男性の方にもぜひ手に取って読んでほしい、そんな作品です。
ーーウェブトゥーンに興味を持っているマンガ家さんや編集者の方にメッセージをください。
ウェブトゥーンに挑戦している人たちと一緒に世界に向けて戦いたいと思っています。日本でウェブトゥーンに挑戦する人たちを支えるために、発信の仕方や見え方、作り方、姿勢を大切にし「STUDIO ZOON」として示していければと思っています。もし共感してくれる人がいれば、一緒にやりたいという気持ちはあります。「STUDIO ZOON」としての魅力を一緒に作り上げてくれる方がいればぜひご連絡ください。
『推しまだ』は「LINEマンガで期間限定7話無料記念」として山口智広さん・日野まり さんがアテレコを務める動画を公開中。
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