第82回ベネチア国際映画祭で、藤元明緒監督作品『LOST LAND/ロストランド』(以下、ロストランド)が3冠を受賞する快挙を成し遂げ、その後も各国映画祭をまわり、観客賞や作品賞、学生審査員賞など10もの賞を受賞している。この結果は、本作が優れているのはもちろんのこと、行政による映画支援事業の後押しも見逃せない要素だ。
長らく、日本の映画産業については「行政支援が出遅れている」「欧州や韓国に比べて公的サポートが手薄である」といった指摘がなされてきた。しかし、その状況も少しずつ変わってきている。
映像産業振興機構(VIPO)は、企画開発、国際共同製作のパートナー探し、編集によるクオリティアップ、そして海外セールスへの営業に至るまで、製作プロセスの様々なフェーズでクリエイターを支える仕組みを整えてきている。
『ロストランド』は、まさに複数の支援制度を活用し、世界への扉を開いたモデルケースと言える。Brancでは、VIPOのグローバル展開事業部 兼 事業企画部マネージャーの谷元浩之氏にインタビューを実施。企画の立ち上げからベネチアでの受賞に至るまで、『ロストランド』がどんな支援を活用したのか、話を伺った。

企画から海外セールスまでを繋ぐVIPOの支援
――『ロストランド』はVIPOの複数の助成システムを活用しているそうですが、具体的にどんな支援をされたのでしょうか。
谷元:時系列で紹介しますと、最初は経産省の令和4年度J-LOX(コンテンツ海外展開促進・基盤強化事業費補助金)による企画開発支援です。これは海外向け営業用の資料やティザー映像、それから英語のデッキと呼ばれるプレゼン資料作成などに使用出来る補助金を提供しています。
その次に令和5年度、経産省の伴走型支援事業による、イタリアのウディネ・ファーイースト映画祭に併設されている企画マーケット「フォーカス・アジア」の参加支援です。プロデューサーの渡邉一孝さんが参加されており、ここでその後製作パートナーとなるドイツのプロデューサーと出会ったそうです。その1年後、同マーケットのラインナップを参照したフランスの配給会社から連絡をもらい、どのタイミングで契約したのかわかりませんが、その会社がフランスで配給することに決まったそうです。
3つ目は、同じく令和5年度経産省の伴走型支援事業の編集コンサルテーションプログラム「First Cut Lab Japan」です。これは編集段階の作品をブラッシュアップするためのコンサルティング・プログラムです。
4つ目は、映画の完成後、令和6年度J-LOX+の海外プロモーション支援です。カンヌ国際映画祭併設マーケット(Marche du Film)に参加され、セールスエージェントを探す営業活動をされました。こうした流れで作品を完成させ、ベネチア国際映画祭でワールドプレミアが決まり、3冠を受賞したという流れになります。

映画製作の様々なフェーズにおいて、活用できる助成金や支援が増えている自負はありますが、製作者が各企画においてワンステップで全てにアクセスできるわけではありません。『ロストランド』を例に日本の製作者にはそれぞれの支援の活用方法、その組み合わせなどについても、周知していく必要があると思っています。
――それぞれの支援内容の詳細をご説明願えますか。
谷元:1つ目のJ-LOX企画開発支援は、開発にかかる対象経費の50%をサポートする内容です。年に数回公募しておりまして、審査に通れば交付決定を受けた日以降に発生した経費が対象として認められます。注意点は交付決定前に発注した経費は認められない点です。

2つ目のウディネ「フォーカス・アジア」の参加は、経産省から我々が委託を受けて展開している伴走型支援事業です。VIPOは毎年、カンヌやベルリンを始めとした有力な海外マーケットに映画プロデューサーを派遣しており、ウディネもその一つです。
ウディネは、欧州のアジア専門の映画祭として長い歴史を持ち、運営者たちは配給事業も手掛けています。アジア映画を映画祭で取り上げ認知度を高めて、有力な作品をピックアップするというエコシステムも構築しています。
フォーカス・アジアもそのエコシステムの中にありまして、欧州とアジアの国際共同製作で作品を作りたいプロデューサーが集まる場所です。VIPOでは毎年、フォーカス・アジアに2つ~3つの企画を推薦しており、この年は『ロストランド』がそのうちの一本でした。推薦された企画はミーティングもセッティングされ、プレゼンの機会も得られるようになっています。
3つ目のFirst Cut Lab Japanは後述しますので、先に4つ目のJ-LOX+プロモーション支援をご説明します。これは海外の映画祭やマーケットに参加するための渡航宿泊費や字幕翻訳費なども支援対象に含まれます。補助金の申請は通常、応募から1、2か月しないと結果が出ないのですが、これは2週間くらいで結果が出ます。すぐに結果がわかる点は渡邉プロデューサーもありがたいと言っていました。その他VIPOでは、映画祭に参加されているプロデューサーの希望を汲み取り、個別にミーティングをセッティングすることもあります。カンヌでは、『ロストランド』はブースを出展したり公式プレゼンの時間をもらったわけではなく、個人でアポイントをとって交渉を行うという形でしたので、我々がいくつかセッティングのお手伝いもしています。

編集支援First Cut Lab Japanは、コネクションを増やす機会にも
――編集コンサルティングのFirst Cut Lab Japanはどんな内容なのですか。
谷元:First Cut Lab Japanは、基本的にはポストプロダクション支援です。作品の内容に適した編集のコンサルタントが1人つき、海外プロデューサー、映画祭、セールスエージェントなどからインダストリーアドバイザー3名が選ばれます。参加者はどんな人物がいいか希望を出し、参加者のニーズに合わせてフランスのパートナー事務局が人選調整を行います。アドバイザーらは作品に対する事前情報を一切入れず、仮編集にフィードバックするという形になります。
――ファーストインプレッションでの意見をもらえるわけですね。
谷元:そうです。そのインダストリーセッションが終わると、今度は編集コンサルタントと1対1で、どのように変えたいのか具体的に相談して、専門的な内容を話し合います。全てのセッションを終えると、全セッション内容の書き起こしをファイナルレポートとしてお渡しするという流れになります。
つまり、参加者のニーズに沿ってセールスや映画祭プログラマーなどの視点から、映画がどう見られるのかという意見をもらえるプログラムなんです。
――なるほど。First Cut Lab Japanは、単純な編集の助言だけではなく、セールスや配給、映画祭の専門家から意見をもらえる場なんですね。国際展開を目指すのであれば、映画祭やセールスエージェントの目に留まる必要がありますから、貴重な機会ですね。
谷元:そうですね。現在は世界的に制作本数が急増しているので作品を見てもらうこと自体のハードルが高いですが、こうした場では、きちんと作品を見てくれるわけです。このプログラムは、現役のプロデューサー、映画祭やセールス関係者で構成されており、映画の海外展開や産業のエコシステムを熟知している方々によるプログラムなので、国際市場に出ていくための合理的なシステムが組まれていると言えます。

審査基準について
――企画開発からピッチの機会提供、編集、プロモーションまでと手厚い伴走支援があるのがよくわかりました。それぞれ審査があると思うのですが、どういう基準で選ばれるものなのですか。
谷元:J-LOX+の企画開発支援やプロモーション支援では外部の有識者により組成された審査委員会が審査を行います。企画内容やプロモーション内容はもちろんですが、クリエイターの実績、応募事業者の財務状況など様々な点から総合的に審査を行っています。
フォーカス・アジア参加の伴走支援は企画もさることながら、人物重視という感じですね。『ロストランド』の渡邉プロデューサーについては、かつてコロナ禍の時にベルリン国際映画祭ビジターズプログラムのオンライン開催の時にも参加支援をしています。1度VIPOのプログラムに参加した方は、その後の成長も含めて、海外でどれくらい展開できそうか、企画のポテンシャルも加味して総合的に判断しています。First Cut Lab Japanについては人よりも作品を重視して、編集の強度や完成度で判断しています。
――First Cut Lab Japanは、撮影した素材を応募の時に提出するのですか。
谷元:そうですね。応募時は30分以内のサンプルを送ってもらい、映像の力で判断します。やっぱり、映画って画を見るとわかりますよね。『ロストランド』は、サンプル映像を見た選考メンバー皆が映像の強度に驚いたようです。それに、ロヒンギャの問題は欧州ではあまり知られていないようで、これを世界に知らせることも大きな意義があるとも言っていました。
――企画開発支援や映画マーケット参加の推薦については、企画ありきでの判断ですか。
谷元:企画開発支援についてはJ-LOX+で前述したとおりですが、マーケット参加については人物に加え、海外に持っていける企画の有無も選考ポイントになります。ウディネであれば、ウディネに参加して恩恵を受けると思われる企画が優先されますし、企画マーケットへの参加となると実現可能性なども考慮されます。例えば、日本映画に多い学園ラブコメディなどは、欧州との国際共同製作が成立しにくいと思いますから、ウディネに持っていくには相性が合わないなどの判断をします。
国際競争力の底上げのために様々なフェーズでの支援が必要
――『ロストランド』のように、VIPOが複数にわたって支援した作品は他にもあるのですか。
谷元:例えば空音央監督の『HAPPYEND』(2024年公開)があります。本作は経産省令和元年度J-LOD(海外向けコンテンツ制作に資する資金調達・人材育成を行う事業の支援)の脚本、企画開発支援を受け、2020年には空監督が文化庁委託事業「日本映画海外発信事業」で脚本の短期実践研修に参加しています。ちなみに、この研修には『ルノワール』の脚本を持った早川千絵監督も参加していました。さらに、『HAPPYEND』はFirst Cut Lab Japanの第一回参加作品でもあります。
もう少しつけ加えると、本作のプロデューサー増渕愛子さんも、VIPOが実施するいくつかのピッチプログラムやVIPO Film Labの国際プロデューサーコースにも参加しています。VIPOも設立から20年が経ち、支援プログラムも充実してきたことで、こうして複数の支援によって作品が海外に羽ばたき評価されるというケースが出てくるようになったと考えられます。
――こうしたVIPOの支援プログラムに参加すると、作品のクオリティが上がるのみならず、コネクションを広げることにもつながりますね。
谷元:そうですね。我々もそういう機会をなるべく提供したいと思っています。最終的には、勿論本人たちの努力ですが。
映画祭やマーケットは普段会えないキープレイヤーに会える場所です。特に映画祭のプログラマーやセールスエージェントは毎日、大量のメールをもらいますし、ピッチもたくさん見ています。彼らも優先順位をつけないと仕事が進まないわけで、その中でものを言うのは、信頼関係のある第三者からの推薦だったりするんです。VIPOも少しずつ海外のパートナーと信頼関係を広げてきました。「良い企画があればまた紹介してほしい」と言ってもらえる関係が築けてきた実感があります。
――世界的に制作本数も増えており、国際市場での競争はますます激しくなっていますから、こうしたつながりは貴重ですね。
谷元:おっしゃる通りで、彼らに作品を見つけてもらう、観てもらうまでが大変なんです。東南アジアや中東、北アフリカや中南米でも数多くの映画が制作されるようになりましたし、映画祭やセールスエージェントに目に留まるための競争はますます激しくなっています。
世界的に競争が激しくなってきたからこそ、様々なフェーズでの多角的な支援が必要になってきています。VIPOとしては日本映画の国際的な競争力を高めるために、幅広いフェーズで支援を拡充していきたいと思っています。








