吉本ばななの短編小説を映像化した日台合作映画『シンシン アンド ザ マウス/SHINSHIN AND THE MOUSE』。母を亡くして深い喪失感を抱える主人公ちづみが、訪れた台湾で、台湾人の母と日本人の父を持つ青年シンシンと出会い、少しずつ心を動かされていく物語だ。
プロデューサーの阿部豪氏と監督の真壁幸紀氏(共に株式会社ロボット)が、海外での作品づくりを目指して立ち上げた企画が、約5年の月日を経て結実した。近年増える日本と台湾の共同製作。その最前線で奮闘した経験から見えてきた可能性や課題とは?

企画の始まり
――この作品はどのようなきっかけで生まれたのでしょうか?
阿部:コロナ禍の自粛期間に、映画の撮影がほとんどなくなった時がありましたよね。そのタイミングで真壁監督と「何かやりたいね」という話になったのが始まりです。ロボットはエンターテインメント性の高い大きな作品を数多く手がけてきたのですが、2人で何かアート系の作品もできたらといいねと、海外との合作という方向も視野に入れて、まず素材になる原作を探すところからスタートしました。
――台湾との合作を選んだ経緯は?
阿部:以前、釜山国際映画祭のピッチングへの参加をきっかけに台湾の制作会社と繋がり、真壁監督と台湾ドラマをリメイクした「CODE-願いの代償-」を手がけたことがありました。その時に台湾に対していい感触があって、ちょうど真壁監督が友人から吉本ばななさんの原作を薦められ、読んでみたら台北が舞台だったので、開発を進めることにしました。2023年には台北金馬映画祭のピッチングイベント「金馬創投會議」にも企画が選ばれ、さまざまな制作会社から多くのオファーをいただきました。「中国語圏にはこういったラブストーリーがあまりない」と言われるほど、反応はとてもよかったです。

国際共同製作の道のり
――日台の出資比率やスタッフの座組について教えていただけますか?
阿部:出資比率は台湾65%、日本35%で、台湾側のパートナーはFlash Forward Entertainment.です。台湾で日本との合作を経験している会社は多くないので、経験豊富な相手と組みました。撮影は台北を中心に行い、日本ロケも実施しました。スタッフに関しては、撮影監督をはじめ、照明や美術、シンシン役のツェン・ジンホア(曽敬驊)さんの衣装・メイクは台湾の方を起用。日本からはちづみ役の岸井さんの衣裳・メイク・録音・制作部の8名で台北ロケに参加しました。ポストプロダクションはグレーディングやVFXを台湾で実施し、編集は真壁監督本人が担当、ファイナルミックスは日本語作品なので日本で行いました。
――ツェン・ジンホアさんは昨年の金馬奨で最優秀助演男優賞を受賞するなど、台湾で今、最も注目されている若手俳優の1人です。キャスティングはどのように決まったのでしょうか。
阿部:最初は日本語が堪能な日台ミックスの俳優を想定していたのですが、一度その予定が白紙になったことで、「日本語が話せる人」という制約を離れてキャスティングを考えることができました。その結果、ジンホアさんに行き着いたのです。
――撮影監督は台湾のウェイン・ロー(羅偉恩)さんですね。ジンホアさんが出演されたドラマの撮影も手がけていらっしゃいますが、彼にオファーした理由は?
阿部:ウェインはもともと真壁監督の友人なんです。企画を立ち上げた当初から彼でいこうと決めていたので、ジンホアさんをキャスティングする前からウェインありきでした。結果として、ジンホアさんとはコミュニケーションも非常にうまく取れていたのでよかったですね。ルックを決めるにあたって日本のカメラマンとは違う視点を持っていたので、すごくオリエンタルな雰囲気が映像に出ていると思います。

――ウェインさんは9月公開の日本映画『白鳥とコウモリ』の撮影も担当されているのですよね。個人レベルでの日台の協力も進んでいるのだと実感します。
阿部:彼はとても勉強熱心。岸井ゆきのさんのことも大好きで、「『ケイコ 目を澄ませて』を5回くらい観てイメージしてきた」って言っていました(笑)。真壁監督とバイクを2人乗りして台湾のロケハンをしていましたね。
資金調達の苦労
――今回活用した助成金や支援制度を教えてください。
阿部:台湾側は、TAICCA(タイカ/台湾文化内容振興院)が本作のファイナンス全体の約40%を占める最大の柱で、台北フィルムコミッションの助成金も15%程度利用しています。日本側はJ-LOX(コンテンツ海外展開促進・基盤強化事業費補助金)と東京ロケーションボックスを活用。J-LOXはプリプロの開発費として、東京ロケーションボックスは、ちづみの実家など東京ロケに利用しました。
台湾側の助成金や支援制度の申請については、現地のパートナーに一任していました。金馬映画祭のピッチングを通じてTAICCAと繋がることができたことで、結果としてスムーズに進めることができたと感じています。振り返ると、自分たちで申請手続きを主導していれば、もう少し早く完成までたどり着けたのではないかと思うこともありますが、最終的には信頼できるパートナーに任せて良かったと考えています。
――日本国内の製作委員会と海外のお金を組み合わせるのは難しいと思うのですが、そのあたりはどうでしたか?
阿部:そこも非常に苦労して、日本側でも出資先を探して何社も回りました。ロボットは受注した仕事を最近はメインにやっていたので、自分たちから発信して出資者を探しにいくのは、私としては初めての経験。そんな経験を経て、どんな映画でも完成しているということは、お金を出してくれる人がいるということで、そこにはストーリーが詰まっている。作品になっているものは本当にリスペクトに値するなと、改めて思いました。
日台の文化の違い
――台湾ロケで苦労したことは?
阿部:「予備日がない」と撮影3日目に言われた時は衝撃でした。最初にスケジュールを組んだ時はあったはずなのですが、撮影の予備日が1日もなかったんですよ。台湾側のプロデューサーいわく「この規模の作品だと予備日はないのが常識だ」と。台湾流の対処法は「雨が降ったらその日に考える」というスタイル。本来は夜市での撮影も予定していたのですが、嵐のような天候になってしまい、夜市が全部店じまいしてしまったので、急きょ「市場の中で撮ろう」ということになりました。そこは台北に観光で行っても普通は入らないような場所で、他ではなかなか見られない映像になっていると思います(笑)
――現場の文化の違いはいかがでしたか。
阿部:日本は映画製作の労働環境に関するルールがようやく整備されつつあります。ただ低予算の作品ではなかなか守られていないことも多いのですが、台湾は『シンシン アンド ザ マウス』の規模の作品でもスタッフの労働時間がしっかり守られていて、12時間を超えるとオーバーチャージが発生するという制度がきちんとしています。
――予備日がないと厳しいですね。
阿部:時間内で撮りきるためには、みんなが朝からしっかり動くことが大切なのですが、現場に着いたら、まず食事というところから始まって、しかも労働時間のメーターは既に回っているんですよ。プロデューサーとしては「その時間も入っているの?」と驚くのですが、俳優さんたちは現場で温かいものが食べられると喜んでいましたし、良い面もあるんですけどね。
――台湾で撮影した作品のプロモーション等で、日本の俳優がよく「ご飯が温かくておいしかった」とおっしゃいますが、その裏でスタッフがヒヤヒヤしているのですね。
阿部:台湾では、食事の時間を後ろ倒しにしてまで撮影を続けることは基本的にありません。食事が届いたら、温かいうちにスタッフやキャストが和気あいあいと一緒に食べるのが一般的です。撮影現場では、道端に椅子を並べたり、路上に停めたバイクのシートを活用したりと、その場に応じて即席の食事スペースをつくることも珍しくありません(驚)。
一方、日本の撮影現場では、「あと1カットだけ撮ってから食事にしよう」と食事時間を後ろにずらして撮影を優先するケースも多く、その感覚の違いには最初とても驚きました。だからこそ、日本の俳優の皆さんが「ご飯が温かくておいしかった」と話される背景には、台湾ならではの撮影文化や、食事の時間を大切にする価値観があるのだと思います。
――日本側が撮りたい“台湾らしい雰囲気”と、台湾側が“見せたい景色”にズレはありませんでしたか。
阿部:私たちは日本側の景色を見慣れているので、日本の撮影パートをどんどん短くしていったのですが、台湾側からすると、日本の景色を見たいんです。そういう違いはありましたね。

台湾との共同製作のメリットと課題
――台湾と組むことのメリットを教えてください。
阿部:一番大きいのはTAICCAをはじめとする充実した支援制度です。台湾はどんな作品でも支援するという体制が整っていて、海外との合作作品も、ソフトマネーがあるからできるという面がありますよね。収支を見るだけではなく、作品の内容に対して投資してくれるという点がとても良いと感じました。
TAICCAの支援は、一定の割合のキャストやスタッフを台湾の人材にするという条件はありますが、今回はもともと台湾人俳優の起用と台北ロケが企画の核だったのでクリアできました。
――苦労された点や、今後の課題は?
阿部:撮影スケジュールが日本語に翻訳されないのがつらかったです。本来であれば日本語に翻訳されたスケジュールが出てしかるべきところ、全く出てこなかった。スケジュールは現地スタッフが作成するのですが、よく間違いがあって、日本から参加したスタッフ8名が中国語の原文から誤りを発見しなければいけないという状況が最後まで続きました。
通訳についても、現地スタッフが用意した通訳の方はどうしても台湾側に寄り添う傾向があります。優秀であるほど、こちらの真意をうまく調整して伝えてしまうケースもあったので、「このままの温度でそのまま伝えてくれ」と言うこともありました。信頼できる通訳を最初から固定して確保することが、共同製作では重要だと実感しました。パートナー選びも非常に大切です。
株式会社ロボットとしての今後の展望は?
――苦難の多いプロジェクトだったとのことですが、やって良かったと感じる点は?
阿部:先ほどもお話ししましたが、私たちは受注仕事がメインだったので、自分たちで企画を立ち上げて出資者を探しに行くのは初めての経験でした。グラスゴー映画祭にも参加したのですが、海外での反応を見るのも新鮮でしたし、自分たちが幹事でリードした作品だからこそ、一番近い状態で製作の過程を見られてよかった。今回の経験を糧にして、どんどん新たなチャレンジをしていきたいと思っています。
この仕事をして27、28年になりますが、まだ経験できることがあって、伸びしろがあるんだなと感じました。並行して別のNETFLIX作品もやっていたので、人生で最も辛い時期でしたが、今はそれを乗り越えて、(制作中の)『ゴジラ-0.0』の現場に行くと「何も問題が起きないな」と思えるくらい(笑)。一つひとつの経験が次の現場をスムーズにしてくれると感じます。
――今後の展望を教えてください。
阿部:今年10月には新しいハリウッドとの合作作品の撮影が始まります。山崎貴監督がハリウッド資本で手がける作品で、本当にワクワクしています。今回の台湾での経験から「言葉は自分で持っていくしかない」と実感したので、今度は最初から言葉を身につけて臨もうと、今スパルタ式の英語スクールに通っているんです。ロボットとしても、私個人としても今後は自社IPの発信と制作幹事としての仕事を増やしていきたい。『シンシン アンド ザ マウス』がその皮切りになっています。

『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』
6月26日(金)より新宿バルト9、シネスイッチ銀座ほか全国公開







