【カンヌ現地レポート】「インセンティブは文化政策の敵ではなく、その僕(しもべ)であるべき」――欧州主要プレイヤーが議論する公的支援の最適バランス

公的助成からインセンティブへ――欧州映画支援の軸足は確かにシフトしている。だが、それは「文化」を後景に押しやることを意味するのか。カンヌ国際映画祭で繰り広げられた議論は、小国と大国、公共放送とグローバル配信、そして製作現場のプロデューサーがそれぞれの立場から「最適なバランス」を模索する場となった。

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【カンヌ現地レポート】「インセンティブは文化政策の敵ではなく、その僕(しもべ)であるべき」――欧州主要プレイヤーが議論する公的支援の最適バランス
【カンヌ現地レポート】「インセンティブは文化政策の敵ではなく、その僕(しもべ)であるべき」――欧州主要プレイヤーが議論する公的支援の最適バランス
  • 【カンヌ現地レポート】「インセンティブは文化政策の敵ではなく、その僕(しもべ)であるべき」――欧州主要プレイヤーが議論する公的支援の最適バランス
  • Martin Kanzler氏
  • Edith Sepp氏
  • Peter Dinges氏
  • Filip Bobiňski氏
  • Carlo Cresto-Dina氏
  • Philippine Colrat氏
  • Marianne Furevold-Boland氏

2026年5月16日、カンヌ国際映画祭の併設マーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」で開催された欧州視聴覚機構(EAO)主催セッション「Fiscal Incentives & Cash Rebates – A Game Changer for Public Funding?」。前半でEAOのSophie Valais氏とElisa Joliveau-Breney氏が示したデータと法的枠組みの整理を受け、後半のパネルディスカッションでは、欧州各地のフィルムファンド代表、独立系プロデューサー、放送局、グローバル配信事業者という多彩な顔ぶれが、政策目標と現場感覚を率直に交わした。モデレーターはEAOのMaja Cappello氏とMartin Kanzler氏が務めた。

【前半はこちら】



小国エストニア――「文化が先、しかし経済も否定できない」

最初に口火を切ったのは、エストニア・フィルム・インスティテュート(EFI)CEO、Edith Sepp氏である。小国の国立フィルムファンドを代表する立場として、彼女が強調したのは「選択(セレクティブ)」と「自動(オートマティック/インセンティブ)」助成の二者択一ではなく、両者を包括するエコシステムとしての設計思想だった。

Edith Sepp氏

「私は文化を常に優先的に考えます。なぜなら、私は小さな国立フィルムファンドの代表だからです。しかしその上で、経済的影響を否定することはできません」。Sepp氏は、欧州映画――とりわけ作家性の強い作品――が市場の圧力から距離を取りつつリスクを取るためには、選択的助成が不可欠だと語る。一方で、国家予算における選択的助成の比率が縮小傾向にある現実も直視しなければならない。

エストニアの特徴的な点は、キャッシュリベートと選択的助成スキームを同一機関(EFI)の傘下に置き、両者のバランスを意識的に調整していることだ。通常、リベート制度は経済効果を訴求しやすく政治的にも理解を得やすいため、選択的助成より大規模化しがちだという。「だからこそ私たち公的ファンドは、何が本質かを常に思い出させ続けなければならない」。

さらに彼女は「継続性」の重要性を訴える。エストニアは単年度予算制度のため、毎年翌年の予算規模が変動し、長期計画が立てにくい。「成功する映画には長い計画が必要です」と、会場にいた文化省幹部を意識しつつ釘を刺した。加えて、プラットフォームや放送局との対立的姿勢ではなく協調的関係を築くこと、そして製作支援だけでなく欧州映画の域内外への流通支援にまで踏み込むことの必要性にも言及した。

大国ドイツ――「インセンティブは文化政策の敵ではなく、その僕であるべき」

続いて発言したドイツ連邦映画庁(FFA)CEO、Peter Dinges氏は、Sepp氏との認識の一致を「驚くべきことに、いや、ファンディングの論理として当然」と評しつつ、自国の文脈に引きつけて議論を深めた。

「インセンティブは文化的映画政策の敵ではない。その僕(servant)であるべきだ」と語る。小国がアイデンティティや言語を守るため選択的助成に重心を置く傾向にあるのに対し、大国では大きな産業基盤・キャパシティを維持するため自動的助成とインセンティブの比重が高まるのは「論理的」だと整理する。

Peter Dinges氏

Dinges氏が紹介したドイツの構造改革は三本柱から成る。第一に、長年並立してきた二つの連邦助成システムの統合。第二に、キャッシュリベート制度「DFFF」の刷新で、国内・AV/シリーズ・国際の三区分すべてに30%のリベートを適用し、原資を2億5,000万ユーロに倍増させた。第三に、8%の投資義務(オプトアウト条項付き)の導入である。2027年1月1日の施行を目指す。

Dinges氏は20年前にFFAに着任した際にはインセンティブが存在しなかったことを振り返り、2007年に5,000万ユーロで始まったDFFFが現在2億5,000万ユーロに達したこと、2022年から2026年の3.5億ユーロの支出が60億ユーロの投資を呼び込み、レバレッジ比率5.8を達成したことを示した。

そして彼が補足的に、しかし重要な論点として挙げたのが「機関のレジリエンス」である。「政治的に緊張した状況下では、選択的助成の審査委員会は政治的偏向を疑われて攻撃されやすい。自動システムであれば、創造的自由はプロデューサーに委ねられ、機関は政治的攻撃に対してはるかに強靭になる」。文化政策の正統性そのものを守る論点として、この指摘は会場の関心を引いた。

「プロジェクトから企業とエコシステムへ」――政策目標のパラダイムシフト

近年、政策目標の優先順位は変化したのか、それとも変わらないのか。Kanzler氏の問いに対し、Sepp氏が示した洞察は、議論を一段深いところへ運んだ。

Martin Kanzler氏

「最大の変化は、独立系プロデューサーをめぐる視点です。15年前、私たちはプロジェクトを支援していた。しかし今、私たちは独立系の『企業(カンパニー)』を見るべきではないか。プロジェクトだけでは、国のエコシステム全体を創出し、維持することはできない」。プロジェクト中心から企業・エコシステム中心へ――この発想の転換こそが、彼女の見立てる最大の構造変化である。


《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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