2026年5月16日、カンヌ国際映画祭の併設マーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」で、欧州視聴覚機構(EAO)主催のセッション「Fiscal Incentives & Cash Rebates – A Game Changer for Public Funding?」が開かれた。各国に広がる税額控除(タックスクレジット)やキャッシュリベートが、映画製作の資金調達にどう関わりつつあるのか。その経済的価値、国ごとの違い、複数制度を組み合わせる際に生じる法的課題をめぐり、プロデューサー、フィルムファンド代表、配信・放送事業者の代表らが約2時間にわたって議論を交わした。
本稿ではセッション前半、EAOによる市場・政策動向の基調プレゼンテーションを軸に、欧州における製作支援の構造変化を整理する。
直接助成・インセンティブ・投資義務——三つの政策ツール
冒頭、モデレーターを務めたEAO法務情報部門責任者でアクティング・ディレクターのMaja Cappello氏は、映画製作への公的支援を大きく二つに分けた。製作者へ直接公的資金を渡す「直接助成」と、民間資金を映画製作へと誘導する「プロダクション・インセンティブ」である。
「『直接助成か、それともインセンティブか』というハムレット的な問いを立てたくなるかもしれません。でも、それは問いではないんです。問うべきは、両者がどう補完し合えるかです」とCappello氏。一般にインセンティブは産業政策的、直接助成は多様性を育む文化政策的と語られるが、実態に即して見れば、この区分はもっと精緻に捉え直す必要があるという。
劇場市場の縮退と、変わるゲームのルール
続いて登壇したフィルム・アナリストのElisa Joliveau-Breney氏は、「ゲームチェンジャーというより、ゲームそのものが変わりつつある」と切り出し、市場側の変化を三点に整理した。
一点目が劇場市場の縮退だ。2023年の欧州の映画館入場者数はコロナ前平均を26%下回り、回復の兆しは乏しい。年間新作公開本数はむしろコロナ前を上回り、スクリーン数も横ばい。約4,000本ある新作のうち興行収入全体の80%を稼ぐのは200本未満で、大多数の作品が実質的に劇場収益を生まない構造になっている。



二点目に、視聴覚市場全体で成長しているのはSVOD(定額制動画配信)だけだという指摘。テレビ局の収益は停滞しており、劇場映画の伝統的な財源である放送局投資にも下押し圧力がかかっている。

三点目は消費者行動の変化。映画は短尺動画やAI生成コンテンツを含む多様な映像と観客の注意を奪い合う立場に置かれている。「劇場映画にとって、収益化も資金調達も、観客の関心を引くこと自体も難しくなっています」とJoliveau-Breney氏は語った。

直接助成は「自動型」へ、インセンティブは拡大の一途
政策ツール側の動向にも顕著な変化がある。政府が映像産業を支える手段は、直接助成、プロダクション・インセンティブ、そして放送局・配信事業者への再投資を求める投資義務の三つ。欧州ではいずれも製作段階に重心が置かれ、配給・上映分野への支援は手薄だという共通点もある。

EAOの調査によれば、欧州のフィルムエージェンシーの直接助成の内訳は、選択的(セレクティブ)助成が65%、実績に基づく自動助成が35%。依然として選択型が主流とはいえ、2018年から2022年にかけて選択型は伸び悩み、自動型がより強く伸びた。

プロダクション・インセンティブの拡大はさらに目立つ。EAOデータでは、2024年時点で欧州内のスキーム数は36に達した。2025~2026年にはデンマーク、ウクライナ、アルメニアで新たな国家制度、アイルランドではアンスクリプテッドTVへの対象拡大などが発表されている。インセンティブ率は20%から45%まで幅があり、エストニアは現在40%だ(プレゼン資料上の表記に誤りがあり、登壇者のEdith Sepp氏に配慮して訂正された)。

「欧州ではほぼすべての国が、なんらかの形でインセンティブ制度を備えています」とJoliveau-Breney氏。フィルムエージェンシーが直接助成とキャッシュリベートの両方を運営する国々のデータでは、インセンティブへの配分が直接助成を大きく上回るペースで伸びている。経済重視の政策へとシフトしつつある可能性をうかがわせる数字だ。
三つ目の投資義務については、放送局向けの仕組みは古くからあるが、配信事業者を対象とする制度は欧州ではまだ新しい。フランスCNCのデータを見ると、配信事業者が仏映画の資金計画に名を連ねる比率は徐々に上がっており、効果が出始めている。ただし視聴覚メディアサービス指令(AVMSD)が改正手続中で、今後の展開は注視が必要だ。

製作財源の62%を公的資金が支える欧州
これら市場と政策の変化は、欧州映画の資金計画にもそのまま映っている。直接助成は横ばいから緩やかな減少傾向にあり、プロダクション・インセンティブは伸び続けている。市場規模別に見ると、大規模市場ほどインセンティブの比重が大きく、中小規模の市場では直接助成の比重が大きい。

2022年時点で、直接助成・プロダクション・インセンティブ・公共放送局投資を合算すると、欧州映画の財源の平均62%を公的資金が占めた。中小市場ではこの比率がさらに高い。「公的支援は欧州映画にとって不可欠なものであり、その中で成長を牽引しているのはインセンティブです」とJoliveau-Breney氏は締めくくった。









