カンヌ国際映画祭で5月18日、難民映画基金(Displacement Film Fund)の記者会見が行われ、第2回支援作家が発表された。会見には、基金を主導する俳優・プロデューサーでUNHCR親善大使のケイト・ブランシェットのほか、2026年サイクルの助成対象に選ばれたモハメド・アメル、アンマリー・ジャシル、アクオル・デ・マビオル、バオ・グエンが登壇した。モデレーターはIFFR(ロッテルダム国際映画祭)マネージング・ディレクターのクレア・スチュワート。支援対象者の一人であるリティ・パンは、カンボジアでの制作準備に入っているため欠席した。
冒頭、カンヌ国際映画祭代表のティエリー・フレモーは、ブランシェットが同映画祭に継続的に関わってきたことに触れつつ、同基金を「避難や亡命の状況にあるアーティストを守り、ともに仕事をするための取り組み」と紹介した。カンヌという国際的な映画産業の場で、第2回支援作家を披露する意義も強調した。

5名の映画作家に各10万ユーロを助成
難民映画基金は、避難を経験した映画作家、または避難民の経験を真正性をもって描いてきた実績のある映画作家による短編映画制作を支援する基金として、2025年に設立された。映画業界の専門家、クリエイター、ビジネスリーダー、フィランソロピストらによる連合体が支えており、選出された作家にはそれぞれ10万ユーロの製作助成金が授与される。

今回選ばれた5作品は、2027年1月28日から2月7日まで開催されるロッテルダム国際映画祭2027でワールドプレミアを予定している。
第2回となる今回も、同映画祭のHubert Bals Fundがマネジメント・パートナーを担当する。創設パートナーにはAmahoro Coalition、Droom en Daad、Master Mind、Tamer Family Foundation、ユニクロが参加。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は戦略的パートナーとして継続し、新たにSP Lohia Foundationが主要パートナーに加わった。
初年度作品は東京国際映画祭でも上映へ
会見では、2025年のパイロット版で支援された作品群の成果も報告された。初年度は、マリナ・エル・ゴルバチ、モ・ハラウェ、ハサン・カッタン、モハマド・ラスロフ、シャフルバヌー・サダトの5名が助成を受け、それぞれの作品が完成している。
2026年のマルシェ・デュ・フィルムで日本が「カントリー・オブ・オナー」を務めることに関連し、初年度コレクションが10月の東京国際映画祭で上映されることも発表された。秋にはニューヨークのFilm Forumでの劇場上映も決まっており、これによりアカデミー賞の選考資格取得にもつながる見込みだ。6月17日には、6月20日の世界難民の日に合わせ、ロッテルダムのFenixとLantarenVensterで特別上映も予定されている。
第2回支援作家と企画
今回選ばれた5名の企画は、いずれも避難や記憶、継承、アイデンティティを扱いながら、形式も語り口もそれぞれ異なる。
モハメド・アメルの『Return to Sender(仮題)』は、パレスチナ/アメリカの企画。難民旅行証明書を受け取ったパレスチナ人スタンドアップ・コメディアンが、夢だった世界ツアーに乗り出すものの、訪れる国ごとに不条理な入国審査上の壁にぶつかっていく物語だ。アメルは、自身の半自伝的Netflixシリーズ「MO」で知られるパレスチナ系アメリカ人のコメディアン、脚本家、監督。会見では、戦争から逃れてヒューストンに移住した自身の経験を振り返り、コメディを「防衛機制」であり「異なる環境に適応する方法」だったと語った。

アンマリー・ジャシルの『Deconstruction(仮題)』は、パレスチナの企画。舞台はハイファ。存在と不在、記憶と再発明が幾層にも重なる都市で、過去が掘り起こされ、並べ替えられ、売られ、新しく作り替えられていく中を生きる男を描く。ジャシルは、ベルリン、ヴェネチア、カンヌ、ロカルノ、トロントなどで作品を発表してきた作家で、最新長編『Palestine 36』は東京国際映画祭でグランプリを受賞している。会見では、ハイファについて「1948年に住民の95%が避難を余儀なくされた都市」と述べ、自身が現在そこに暮らしていることにも触れながら、新作への思いを語った。

アクオル・デ・マビオルの『Traces of a Broken Line(仮題)』は、南アフリカ/南スーダンの企画。戦争によって系譜が断ち切られ、母がもはや受け渡すことのできないものを守ろうとする物語だ。デ・マビオルは、キューバ生まれ、ケニア育ちの南スーダンの映画監督。長編ドキュメンタリー『No Simple Way Home』は、ベルリン国際映画祭に選出された初の南スーダン映画となった。会見では、近年の戦争が始まる直前に妹とともにスーダンを離れた記憶が企画の出発点になっていると説明し、「母親は歴史の保管者であり、家族のアーキビストのような存在」と述べた。

バオ・グエンの『How to Ride a Bike(仮題)』は、アメリカ/ベトナムの企画。自転車に乗れないベトナム難民の父親が、幼い息子に乗り方を教えようとして失敗し、その後ひそかに自分で練習を始める。少年時代から抱えてきた羞恥と向き合う物語だ。グエンはベトナム系アメリカ人の映画監督で、ブルース・リーを題材にした『Be Water』や、PGA賞、Critics Choice賞を受賞した『The Greatest Night in Pop』などで知られる。両親は1979年にベトナムを離れた難民で、グエン自身はその直後にアメリカで生まれた。会見では、父がかつて建築家を夢見ていたことを振り返り、移住によって中断された人生や職業的アイデンティティが、自身の創作に影響していると語った。

カンボジアの巨匠として知られるリティ・パンの『Time… Speak(仮題)』は、亡命した映画監督が、砕けた人形、アーカイブ、沈黙といった記憶の断片に立ち戻り、消えた人々が語り続けるための生の形を映画によって再構築する内容だという。
ブランシェット「避難しても、その人の職業は失われない」
ブランシェットは会見で、UNHCR親善大使として10年にわたり活動してきた経験をもとに、基金設立の背景を語った。UNHCRとの活動でバングラデシュ、ブラジル、ニジェール、南スーダンなどを訪れてきたとし、自身の役割は「膨大な避難民の数字に、人間の顔を与えること」だったと説明した。

世界の強制移動の規模が拡大し続ける一方で、避難や亡命をめぐる物語は、映画やテレビで十分に扱われてこなかったとブランシェットは指摘する。「人は避難状態に置かれても、配管工であること、建築家であること、映画作家であることをやめるわけではない。しかしキャリアは中断され、その結果、物語が語られなくなる」と述べた。
同基金が短編映画を支援対象としている理由については、短編が映画作家にとって自由に実験できる形式であり、技術的、視覚的、物語的な発明が生まれやすい場だからだと説明した。
「小さな行動が大きな波になる」
会見後半では、避難民や移民の物語を語ることが、政治的反発や資金難、オンライン上の攻撃にさらされている現状にも話が及んだ。
ブランシェットは、避難民に関する基金の資金集め自体が容易ではないと認めたうえで、他者への恐怖を利用する言説が短期的な政治目的と結びついていると指摘し、「会話を続けること」の必要性を語った。

グエンは、独立した物語や事実に基づく物語を支えるためには、従来とは異なる資金モデルを探る必要もあると述べた。アメルは、困難な状況の中でも「諦めず、一歩ずつ進み続けること」が大切だと強調。ジャシルは、作り手を疲弊させることも抑圧の一つの手段だとして、互いに支え合い、自分自身を守る必要があると話した。
ブランシェットは最後に、今回の支援作について「深く楽しませる作品であり、ユーモアがあり、詩情があり、忘れがたい登場人物がいる」と述べた。その登場人物たちは「たまたま避難を経験している」にすぎないとし、作品そのものが力を持つドラマであることを強調した。
現在、紛争、戦争、迫害によって、世界では70人に1人が強制移動を余儀なくされている。難民映画基金は、こうした状況を単なる社会課題として扱うのではなく、当事者や、その経験に深く向き合う映画作家の視点を、国際映画産業の中心へ届けようとする取り組みだ。第2回の5作品は、2027年の披露に向けて制作が進められる。









