中国アニメ産業の現在地:20年の支援策と補助金の成果【日中アニメトレンドウォッチ👀🔍】#2

『日中アニメトレンドウォッチ👀🔍』の第2章。中国四川省出身で現在は日本の広告代理店でプランナーを務めるEIKYOさんをゲストライターに迎え、中国起点でアニメ市場のトレンドと変遷を辿っていく。第2章では中国政府のアニメーション産業支援の歴史と展望に注目していく。

グローバル アジア
中国アニメ産業の現在地:20年の支援策と補助金の成果【日中アニメトレンドウォッチ👀🔍】#2
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中国のエンタメやコンテンツ産業は国家政策から大きな影響を受けている。そのため、アニメーション産業の現状を語る際は、大手企業の動向を述べる前に、2000年代初頭からの支援政策とその影響を振り返る必要があるだろう。

中国のコンテンツ産業支援策は、当初ポテンシャルの高いスタジオや作品には届かず、アニメーション産業の発展に寄与しない期間が長く続いた。2015年に市場の悪循環を打破した『西遊記ヒーロー・イズ・バック』(2015)の成功も、支援策に恵まれたわけではなかった。しかし、この成功を受けて政府は方針を軌道修正し、有力スタジオ・作品に支援を集中させるようになっている。

今回、本稿では、中国政府のアニメーション産業支援の歴史と展望に注目していきたい。


アニメーション産業支援がもたらした逆効果

2004年頃から、中国政府は国産アニメーション産業の発展を目指し、競争力の弱い企業やスタジオなどを保護するため一連の支援政策を打ち出した。

主な施策として、まずは海外産アニメーションの放送に対する制限を行った。子どもが最もテレビを視聴する17時~20時に国産アニメーションの放送を優先させ、「海外産:中国産」の割合を規定したのだ。

割合は当初「4:6」だったが2006年に「3:7」と引き上げられ、2008年に海外産アニメの放送は全面的に禁止された。ミレニアム世代の筆者が小学生だった頃には、下校後に国営テレビで『セーラームーン』や『デジモン』などが放送されていたが、Z世代以降はこれら海外アニメをテレビで見られなくなっている。

続いて減税措置や補助金制度だ。2011年、河北省石家庄市ではアニメーション制作に対する補助金として、2Dの場合は1分/2,000元(約3.5万円)、3Dは1分/5,000元(約8.9万円)が支給されていた。しかし、これらの補助金制度が産業発展の妨げとなる逆効果を生む。

補助対象は、暴力やキスシーンといった要素を含まない、子ども向けで中国伝統文化を推進する作品に限定されていた。結果として、アニメーション制作に興味のない補助金狙いの企業が補助金額を大幅に下回る低コストかつ低品質な作品を大量生産する事態となった。

中国国家新聞出版広電総局の資料によると、中国のアニメシリーズの生産量は2003年の1万分から2011年には26万分まで急増し、日本を超えて世界1位となった。しかし、その大半は観客も市場も存在しない低品質な作品であり、商品として市場に流通することなく、未放送・未公開のままお蔵入りとなっている。

2015年頃までの中国では、政府の支援政策や補助金がアニメーション産業に全く寄与していないとは言い切れないが、投下金額とは比例していないだろう。たとえば、アニメーション映画の市場シェアを見ると、2014年まで米国勢が6割を占めている。

中国市場でのアニメーション映画興行収入TOP10の合計値と、中国・米国・日本の割合

※テキストボックス内はその年に公開された中国、米国、日本アニメーション映画のそれぞれの興行収入TOP1作品
※2ヵ国以上による共同製作の作品は集計から除外
※「猫眼電影」で公開された興行収入ランキングをもとに筆者より整理・作成

そんな時代の中国産アニメのシェアを支えていたのは『喜羊羊と灰太狼』と『熊出没』シリーズだ。前者は2005年、後者は2012年よりテレビアニメが放送された。2010年代前半は、両シリーズとも毎年約20億円前後の興行を記録。「春節」の家族団らんカルチャーに合わせた子ども向けの「賀歳片」(日本の「正月映画」のような位置づけ)として、ファミリー層から興行を獲得したものの、海外映画・アニメなどで目が肥えた多くの観客からは「駄作」として敬遠されている側面もある。

劇場版『喜羊羊と灰太狼』

国産アニメ映画に付きまとう「低クオリティー&赤字ビジネス」のイメージ。良作も巻き添えに

失望し続けてきた観客の信頼を取り戻すのは簡単ではない。革新的なヒットを記録した『西遊記ヒーロー・イズ・バック』(2015)以前にも大人向けの作品はあったが、興行が振るわず失敗に終わっていた。

たとえば、『魁拔(クィーバ)』シリーズは、業界内で「映像もストーリーも完成度が高い画期的な作品」と高く評価されたものの、2011年から2014年にかけて公開された3本の劇場作品は、計7,000万元(約12.4億円)の赤字を出した。

また、テレビアニメ/Webアニメで一定の知名度とファンを積み上げた『秦時明月之龍騰万里(The Legend of Qin)』(2014)と『十万个冷笑話(One Hundred Thousand Bad Jokes)』(2015)も期待されたほどの大ヒットには至らなかった。

■2011年-2015年公開した大人と若者向けの国産アニメーション映画の興行

作品タイトル

種類

公開年

興行収入(人民元)

魁拔1(クィーバ1)

オリジナル

アニメーション映画

2011

350万

魁拔2(クィーバ2)

2013

2523万

魁拔3(クィーバ3)

2014

2490万

秦時明月之龍騰万里(The Legend of Qin)

テレビアニメ/Webアニメ

の劇場版

2014

5954万

十万个冷笑話

(One Hundred Thousand Bad Jokes)

2015

1.19億

※「猫眼電影」で公開された興行収入をもとに筆者より整理・作成

結果として、「大人向けアニメーション映画=赤字ビジネス」というイメージが業界に定着し、資金調達は一層困難になっていった。

大ヒットした『西遊記ヒーロー・イズ・バック』も、資金面で難儀した。同プロジェクトは2007年から始動し、完成までに8年を要した。初期にはエンジェル投資をもらったがすぐに枯渇し、田暁鵬監督が数千万円の貯金を切り崩して制作費を負担。それでも足りないため、家族や友人から借金をし、クラウドファンディングを募ったこともあったという。幸運にも2014年頃に11社の出資企業から約11億円の出資を得て完成・公開にこぎ着けたようだ。

『西遊記』の成功を転機に、変わりつつある支援策

実は『西遊記ヒーロー・イズ・バック』(2015)の大ヒットの少し前から、政府は支援政策の方向転換を進めていた。たとえば、「支援金は制作費用の何%を超えないこと」といった条件をつけることで、補助金額を下回る制作費で作られた需要のないものがある程度減らされた。さらに、アニメーションやマンガの関連事業を一律に支援する方針も改め、興行実績や受賞歴のある企業や作品を重点的に支援する方針へ移行していた。

『西遊記ヒーロー・イズ・バック』の成功は投資家や観客だけでなく、政府の態度も大きく変わる転機となり、国産アニメーション映画に期待感を高めた。これは興行896億円を記録した『ナタ~魔童降臨~』(2019)や324億円の『長安三万里』(2023)などのアニメ作品の興行成績を大きく伸ばすヒット基盤を築いたと言える。

実際、興行実績や受賞歴のある作品を重点的に支援する傾向は2015年以降顕著になった。


《EIKYO》

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EIKYO

EIKYO

中国四川省出身で四川大学卒業後2014年来日。 早稲田大学大学院文学研究科社会学修士課程を経て広告代理店のストラテジックプランナー。 日中アニメ・コンテンツ・広告のことをいろいろ考えながら市場分析・生活者洞察の仕事をしています。 連載コラム【日中アニメトレンドウォッチ👀🔍】更新中。

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