良質な洋画作品を配給するとともに、日本映画の製作にも積極的なギャガ。今年上半期はすでに7本(『デデデデ』を2本として計算)の製作作品を公開する予定で、例年に比べても多い。
そのうちの2本のプロデューサーを務めるのが、山田実氏だ。山田氏はこれまでギャガの宣伝プロデューサーを務めており、この2本が初のプロデュース作品となる。そんな同氏に『バジーノイズ』と『言えない秘密』の製作経緯とこだわり、映画宣伝の今について話を聞いた。
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宣伝から製作プロデューサーへ転身
――『バジーノイズ』と『言えない秘密』は、山田さんの初プロデュース作品ですね。これまでは宣伝プロデューサーだったそうですが。
そうですね。ギャガに入社して10数年、ずっと宣伝の仕事をしていました。ギャガは風通しのいい会社なので、こんなマンガがあるとか、こんな映画を作るといいのではないかなど、色々な意見を企画部署の上司とも気軽に話していたら、自らプロデューサーをやらないかと声をかけてもらったんです。今は、宣伝部と企画製作部を兼任している状態です。
宣伝プロデューサーとしては洋画も邦画もどちらもやってきました。ギャガは洋画の配給作品の方が多いですから、数としては洋画の仕事が多かったですね。たくさん宣伝を担当してきましたが、一番思い出深いのは『ラ・ラ・ランド』と『シングストリート 未来へのうた』を同時に宣伝出来ていた年ですかね。これからも語り継がれるレベルの傑作音楽映画を続けて担当して、それぞれヒットに結び付けられたのは、宝物みたいな経験だなあと思います。
――現在、円安などで洋画の宣伝は大変なんじゃないでしょうか。監督や俳優さんをコストの面で来日など呼びにくかったり。
おっしゃる通り円安も関係はあると思いますけど、コストの面よりも、洋画を取り巻く環境変化が大きくて、洋画を取り上げてくれるメディアの数が減っています。10年くらい前なら、中規模の洋画なら地上波テレビでも取り上げてくれていましたが、今は本当に難しいんです。紙のメディアも勢いが以前と変わっていますし、お金をかけて海外から関係者を呼んでも費用対効果の面で厳しいことが多くなってきている状況です。
――そういう意味では、邦画の製作にも力を入れる必要があるという感じでしょうか。
そうですね。僕が企画製作グループに加入したのも、より多くの作品を作る必要があるということでしょうし、ただでさえ、コロナ前から洋画を取り巻く環境が変わり、コロナで多くの作品が配信に流れたり、買付市場も変化が大きくなってきている状況もあったりして、もっと自分たちでコントロールできる事業にコミットする必要があり、製作にも力をいれるようになっています。
――今年のギャガは邦画の製作作品が多く公開されていますが、その姿勢の現れでしょうか。
公開作品が今年前半に偶然重なったというのもありますが、製作に力点を置いた結果というところですね。
――公開中の『バジーノイズ』は宣伝プロデューサーも兼任されています。プロデューサーと宣伝を兼任することのメリットはありましたか。
お客さんにこういう風に伝わって欲しいから脚本をこうしたいとか、こういうキャスティングにしたらプロモーション面のリアルな見え方が出来るなど明確に公開という出口を意識した制作が出来たことは、もしかしたら、制作だけをされているプロデューサーとは異なる点かもしれないです。それと、宣伝まで見据えて作っていたことで、各出演者サイドとの本編以外の交渉ごと、撮影現場で宣伝として獲得すべき素材については、一部分だけ担う宣伝マンよりもイニシアチブをとって進行できたと感じています。
『バジーノイズ』と『言えない秘密』の製作経緯
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――『バジーノイズ』はどういう経緯で企画されたのですか。
自分が製作のプロデューサーをすることになると思っていなかったのですが、「やってみない?」と声をかけてもらって、改めて自分の好きな本やコミックを読み直した時に、絶対自分の手で映像化したいと強く思ったのが『バジーノイズ』でした。今の世代の若者の心情を絶妙に表現しつつ、DTMという現代を象徴するような音楽のツールがテーマになっている事がとても新しい!と感じ、大好きな原作でした。最初に悩んだのは清澄を演じるキャストを見つけられるかどうかです。僕はK-POPが好きで、その流れでJO1もかなり熱心に追っていました。今回主演の川西さんはDTMの経験もあるというのも見ていたので、ぴったりだと直感し、彼を中心にしたプロジェクトとして動き出しました。
実は『バジーノイズ』の原作に出会う前に一度JO1の事務所にコンタクトを取ったことがあって、その時は「良い企画があれば」ということで話が止まっていたのですが、その数カ月後に『バジーノイズ』の企画を提案したら、賛同してくださって。
――川西拓実さんは映画初主演ですね。不安はありませんでしたか。
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言葉数の少ない主人公の清澄は、表情芝居が重要だったのですが、演技経験が少ない中ですごく頑張って、素晴らしく演じてくれました。清澄役は川西拓実くん以外考えられないと今も思っています。応援していたアーティストの初主演作品なので、かなり気合を入れて取り組みました。
――もう一本の『言えない秘密』は台湾映画のリメイクで、こちらも音楽が深くかかわる内容です。
『言えない秘密』は僕がやりたいと言って出した企画の一つです。ギャガは以前、『きみの瞳が問いかけている』という映画を製作していますが、これは韓国映画のリメイクです。オリジナルの韓国映画は日本ではそこまで知名度が高くないのですが、良質な作品で、その雰囲気を上手く出しながら拡がる興行が展開できました。こうした優れたアジア映画をリメイクするという道筋が開けたと感じたんです。
台湾映画の『言えない秘密』はもともと当時観賞していたのですが、改めて観返したら、もの凄く巧みに練られたストーリーラインとピュアな恋愛模様が絶妙なバランスで描かれた素晴らしい作品でした。音楽ものが2本続いたのは偶然ですが、僕自身、音楽映画が好きなのも関係しているかもしれません。
――『言えない秘密』主演の京本大我さんはどうでしたか。
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京本さんも初主演とは思えない堂々とした芝居を見せてくれました。『言えない秘密』はクラシックピアノが題材の作品なので、ピアノが弾ける俳優を探していました。調べてみると京本さんは、独学でピアノを学んでいるとのことなので、ハマるのではと思いオファーさせてもらいました。京本さんは舞台の経験は豊富ですけど、映像の芝居もやっていきたいというタイミングだったみたいで、その一本目の映画が音楽ものだったことも運命的に感じてくれたようで一気に決まっていきました。3か月以上のピアノレッスンは私もほとんど立ち会っていたのですが、熱心過ぎて驚く位の取り組み方で「何としても成功させる」という気概がとても強く、実際のピアノ経験がほぼなかったとは思えないほどの演技を見せてくれました。
――『バジーノイズ』はマンガ原作、『言えない秘密』は台湾映画のリメイクと、どちらもオリジナルの作品が存在します。元の作品の作者との向き合い方はどのようなものでしたか。
『言えない秘密』の方は2007年の台湾映画です。リメイクアレンジについてはそこまでコミットしないという権利元との契約ではあったのですが、預かった原作を大事に、現代の日本の観客に受け入れてもらえるようなアレンジを心掛け、脚本段階で台湾側にもチェックしてもらい、大きな問題がなく進行していきました。
『バジーノイズ』の方は、原作者のむつき潤先生にとって初の連載作品ですから大事にされていたと思います。当初オリジナルを尊重して原作に忠実なプロットを出したんですが、先生の方から、改めて映像化するにあたって今に時代に合わせて変えてもいいですよと言っていただけました。むつき先生は学生時代、映像制作について学んでおられたそうで、『バジーノイズ』を描いている時から映像化したいと思っていらっしゃったそうで、撮影中も何度も現場に来てくれて、何より完成した本作を相当気に入ってくださっていて、こんなに嬉しいことはないと思っています。
――大きな変更では、舞台が神戸から横浜になっていますね。ロケのしやすさもあるかもしれませんが、横浜を舞台に神戸出身の二人が出会うという展開になったことで、二人が親密になるきっかけになっていました。
そう思っていただけたなら良かったです。二人の主人公の関西弁は原作の良さだと思い、それは崩したくなかったので、横浜が舞台であっても神戸出身の設定はそのままにしました。