少年ジャンプ+編集部が2023年にリリースしたサービス「World Maker」。
「絵が描けなくても、パーツを組み合わせるだけで映像コンテやマンガネームを簡単につくる」が売りの画期的な内容がヒットを生み、次なる目玉として「東宝×ワールドメーカー短編映画コンテスト」を開催した。
World Makerで制作した10分以内の映像コンテを募集するコンテストで、大賞に輝いた作品は実写短編映画化、作者には賞金50万円が贈られる。さらに審査員を『キングコング:髑髏島の巨神』のジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督が務めたビッグプロジェクトだ。
Brancでは、World Makerのプロジェクト責任者の林士平氏、東宝株式会社映像本部開発チームリーダーの馮年氏に連続インタビュー。第1回目の本稿では、「SPY×FAMILY」「チェンソーマン」「ダンダダン」などのヒット作を手掛けてきた敏腕編集者の林氏に、World Makerの開発秘話とコンテストの舞台裏、さらには映像業界への提言まで伺った。
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絵が描けない人でも作品づくりにチャレンジできるサービス「World Maker」
――まずは改めて、「World Maker ワールドメーカー」の概要を教えていただけますでしょうか。
絵が描けない人でもネームやコンテが描けるアプリケーションサービスを標榜しています。最初はマンガのネームから始まり、そこから派生してアニメーションや実写のコンテを作ることができる仕様へと拡張していきました。
――17カ国語の翻訳機能も付いているのですね。
本当はワールドワイドにアプリを解放したいのですが、集英社の決済ルール上で現状は難しく、日本国内限定のサービスになっています。ただ理念としては全世界の人に開放したいので、どういったルートならその壁を突破できるのか検討中です。
――開発自体はどの時期からスタートしたのでしょう。
4、5年前ですね。僕が月刊マンガ誌の部署からアプリの部署に異動願を出して移ったときに「アプリを作っていいよ。みんな作ってもらっているんだ」と言われまして。後から全員ではなかった、とわかるのですが(笑)、当時の僕はその言葉を真に受けて「何を作ろうか」とアプリケーションのアイデアを色々練っていたんです。
基本的には、良いサービスとは社会課題を解決するものだと思っています。じゃあ自分がマンガ編集をやっているなかで課題に感じていることは何だろう?と思ったときに、「絵が描ける人しかマンガを描かない」ことだと。絵が描けない人でも物語を作るのが得意な方は脚本や小説家、ライトノベルの作家さんを目指すかと思いますが、ラノベ作家さんの一つのゴールはアニメ化やコミカライズなわけで、その間を埋めるためのサービスを作れないか、と考えたのが発端になります。
――アプリを開発するうえで、ハードルだった部分はどこでしょう。
アプリ開発自体が初めてだったので、全てが手探りでした。最初は色々な会社に「β版を作ってほしい」とお願いしていたのですが、やっていくなかで「この会社には大きいアプリを作る体力はなさそうだ」ということがわかって別の会社にスライドしたり、その結果β版のさらにβ版のようになったりと、そもそも発注先のジャッジすらわかっていない状況でした。これは、あと5・6個アプリを作ってみないとわからなさそうです。
――林さんのご活動の中には「少年ジャンプ+」もありますが、アプリは手探りだったのですね。
シャンプ+のリリース時、僕は他の編集部に在籍しつつ、作品を供給している立場でした。 そのため、「World Maker」の開発時に初めて「アプリとは何ぞや」を考えました。でも、今から自分でプログラミングを学習しても追いつけないよなと思い、アプリの企画・開発・運用をしている方々に話を聞いて回りました。社内でもアプリの仕様書の重要性は共有されていましたが、具体的な部分は新しい取り組みだったのでみんな手探りな状況でした。
「物語を作る才能」を多様なメディアに展開したい
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――そうした舞台裏があったとは!しかしサービス開始から2週間でユーザー30,000人、12,500作品の作品が生まれるなどヒットスタートを切りました。約半年を経ましたが、印象的だった出来事等ございますか?
とにかく作品数が尋常じゃないなと。マンガ賞ってそこまで応募総数自体は多くないんです。そこのハードルを下げたら広がるだろうと予想はしていましたが、遥かに上回る数になっています。これはマンガ賞ともイコールですが、やっぱり玉石混交ではあるので本当に優れた才能をそこから拾い上げて育てていく作業、審査が死ぬほど大変です。どうやって引っ張り上げる仕組みを作ろうか、チームで話している状況です。
――それだけ「待たれていた」サービスなのでしょうね。Webtoonを映像制作に取り入れる動きなどが近年盛んになってきましたし、時代にフィットしている感もあります。
World Makerという名前に「マンガ」「コミック」「ネーム」を入れていない理由は、最初から映像まで発展させたかったからです。今って、マンガの原作がアニメになる数が増えて、スピードも速くなっていますよね。
ただ、いちお客さんの気持ちでいうとオリジナルアニメやオリジナル実写で面白いものも観てみたいんです。日本においては、物語を作る才能がマンガに集約しすぎなんじゃないかという感覚もあって。だからこそ、もっと横展開できたなら面白いのにとずっと思っていました。
マンガの才能もあるけど最初からオリジナルアニメのコンテを切る人がいてもいいし、実写を作ってもいい。さらにいうと、アニメや実写の打ち合わせに行くと脚本もプロットも必ず文字で打ち合わせが行われるんです。マンガはネームで打ち合わせをするから、最初からビジュアルなんですよね。これは問題だなという意識もありました。脚本の打ち合わせで死ぬほど時間をかけたのに、コンテになったときにがっつり変更されていたら「あの打ち合わせの意味は……?」となりますし、そういう無駄をなくしたいなと。
ピクサーやディズニーのドキュメンタリーを観るとコンテで打ち合わせしていますし、「なんで日本でできないの?」と。こっちで簡単にできるシステムを作れたらという気持ちもありました。
「夢」を提示するためにコンテストを企画
――ちなみに、サービス開始時から東宝やNetflixとのコラボレーションは企画されていたのでしょうか。
いえ、作った後で「夢を提示しないと才能は集まらないだろう」と考えて、映画のコンテを作りたい人の夢って何だろう、それはきっと自分の作品が劇場でかかることであり、全世界に配信されることなのではないかと。それを達成しやすいパートナーの方はどなただろうかとリストアップして、1番難しそうなところからアタックしました。どうしても実現したかったので断られたら別のところに行くつもりでしたし、それは東宝さん・Netflixさんにもお伝えしていました。
――東宝×ワールドメーカー短編映画コンテストにおいては、内容等々スムーズに決まったのでしょうか。
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そうですね。東宝さんもTikTokのコンテスト等々を行っていますし、新しい才能をフックアップすることに積極的な会社だと思っています。お話を持ち掛けたら「面白そうですね。やってみましょう」とご快諾いただけました。具体的なルールや仕組みについては細かく丁寧に話し合いを続けましたが、大きな壁があった記憶は全くありません。
――先ほど林さんがおっしゃった「劇場公開」という点についても伺えますでしょうか。というのも、映画館のブランドっていまどれくらいなのだろうか、というのが気になっていて。
個人個人に紐づくかなとは思います。人によってはNetflix等で全世界の人に観られることが快楽という方もいれば、自分が幼い頃から通っていた映画館で上映されることがゴールになる方もいるでしょうし。ただ、映像を作ろうと思う人はコンテンツ好きでしょうし、必ず映画館に行っているはず。そういった意味で、クリエイターには強い引きになるのではないかと考えました。
――それが先ほどおっしゃった「夢」ですね。
そうですね。東宝さんには「1館でもいいですし、上映時間が営業時間外でもいい。それをミニマムとして、とにかく劇場で流してほしい」と相談しました。
――夢でいうと、ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督が審査してくれるのは凄いですね。
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有難いことにご縁があり、ジョーダンさんが日本にいらっしゃるときに「飲まない?」と関係者の方からご連絡をいただいたんです。ご存知の通り彼はものすごい日本のコンテンツ好きで、途中から通訳を待たずに話してきて(笑)。そんな感じで盛り上がったなかで、僕らの問題意識やサービスについても共有し、理解してくれてご協力いただけることになりました。
――応募総数がものすごい数になった、とのお話がありましたがロバーツ監督も含めた審査のなか、印象的な出来事はございましたか?
もちろん「たくさん見る」という意味での物理的な大変さはありました。土日をフルで使っても見切れないくらいの応募があったので、まずは審査員の中で3等分して「どう考えてもこれは外すだろう」というものを除外していきました。各パートで足切りを行った上で、もう1回皆で見て最終候補を決めていきました。ただ、必ず人の目を通してすべてチェックしたので、紳士的な審査だったのではないかと思っています。
――審査中のロバーツ監督のようすについても教えて下さい。
とても丁寧に、全ての作品にメモを取りながら「ハリウッド監督の視点で面白くなりえるもの」を選出してくださいました。最初に「ツールを使いこなしていることか、アイデアかどちらを重視して評価するか」という議論になり、アイデアを拾いたいという希望に則って審査していきました。カッコよくツールを使いこなしていただくのも開発チームとしては滅茶苦茶ありがたいし嬉しいことなのですが、本質的な才能という意味ではアイデアや情熱がどれくらい込められているかを重視するべきだと判断しました。
――今回が初めてでもあるため、未知数でしょうし。
そうですね。どんな人が来るかもわからないし、どんなふうに使われているかもわからない状態だったので面白かったです。ジョーダンさんは絵コンテの勉強会も開いてくださり、受賞者の方も参加して下さいました。
「World Maker」もコミュニティを作っていきたい
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――玉石混交という言葉がありましたが、それだけ多くの方がアイデアを持っていて形にしようとしているんだ、ということ自体はクリエイター発掘として明るい材料ですね。
そうですね。もっと遊ぶようにコンテを切れたらいいのにとは思っていたので、この先もっとチャレンジしやすくできたらまだ見ぬ才能に出合えるのではないかと期待しています。
僕の中で似た事例として捉えているのは、ボカロPが市民権を得たことです。米津玄師さんもそうですが、ボカロPから新しい才能が出てきた起源は初音ミクにあると考えていて。「歌えない人でもボーカロイドに歌わせて曲を作れる」に近い形でWorld Makerを通して、これまでにない毛色のクリエイターが台頭してほしいです。
――それだけの数が集まるとある種の“時代性”が浮かび上がってくる、といったような傾向は感じましたか?
僕はあまり感じませんでしたね。まだそこまでのコミュニティになっていないという感覚です。例えば「小説家になろう」などであれば、投稿者と読者に関係性が構築されていて、新しい才能を育てるコミュニティとして成熟しているかと思いますし、週刊少年ジャンプもそうですよね。粗い才能を読者のアンケートで育てていくところがあるし、お客さんの中に「この新人を俺たちが育てる」という応援心があると感じます。
World Makerが見る人と見られる人をつなぐ場になるためにはどうすればいいかとチームでよく議論はしていますが、まずもって運営ができることといえばこうやって夢のある賞を用意したり、丁寧にフィードバックを返したりするくらいしかないのですが、ゆくゆくはコミュニティとしてちゃんと機能していくようにしていきたいです。
きっと、ヒット作が1本出たらそこに引っ張られて“カラー”が生まれていくんでしょうね。受賞作を読んだ人たちが「こういうのが選ばれやすいんじゃないか」と思うといったように。ただそういう方向に流れてしまうと狭まるので、あまり色がつかないようにしていきたいとも思っています。
――林さんが才能を感じるポイントはあるのでしょうか。
マンガだとネームやセリフなど、各パーツでそれぞれありますが、World Makerにおいてはセリフとカット割りしかない。如実にセリフ力や構成力が試されている場ともいえます。ユーザーも「このセリフ、このカットの順番で勝負するぞ」と気を配ってほしいなとは思います。
作品のテンポ感には揺り戻しが訪れる?
――林さんはEテレ「スイッチインタビュー」の菅田将暉さんとの対談の中で「現在のコンテンツやユーザーの可処分時間の奪い合い」というお話をされていました。
昔より遥かにエンタメの数が増えてきて、その辺の学生が踊ったり、トークしたりするだけでもコンテンツになる時代になりました。そういったなかで、選ばれるための競争はより熾烈になってきた印象です。
――スローテンポの作品が減ってきたという意見もありますよね。
アニメや実写でもテンポが速くなってきているのはみんな何となく実感しているでしょうし、音楽においてもサビから始まるものが増えましたが、システムに対する生存戦略といえば当たり前かなと。それがいつまで続くのかは気になるところですが、もう揺り戻しが来ているような感覚もあります。
今回のコンテストの応募作品の中にも展開が早いものは多かったですが、それはWorld Makerに限らず自然なものだとも思います。
――揺り戻しの気配は僕自身も感じています。実写映画などでも、余白のある作品が尊ばれる空気も強まってきたなと。
人間の認知の仕組みって構造上は変わっていないから、早いものに慣れたとしても限界はあるはず。僕は普段Audibleを2倍速で聴いていますが、意味を拾いながら聴くのはこの速度がギリギリだなとも思いますし。
――ひょっとしたら世代間の違いもあるかもしれませんね。今回のコンテストでは、応募者の年代等はいかがでしたか?
マンガ賞だと年齢を気にしますが、今回はそもそも審査表に年齢も性別も書かず、純粋に作品だけで判断していました。ある意味、正しい形だと思っています。
――審査される際、「実写化できるのか」もポイントの一つだったのでしょうか。
東宝さんは気にされていましたが、僕らは全く考えていませんでした。実写の「幽☆遊☆白書」然り、昔だったらマンガやアニメでしか表現できなかったものが、今は実写の選択肢に入りつつある。AIを上手に活用しつつCG含めた制作コストがグッと抑えられて、これからどんな表現が生まれてくるのか楽しみではあります。
若手育成で重要なのはルートマップを作ること
――これからクリエイターを目指す方々に向けて、メッセージをお願いします。
日本発で世界中で楽しまれているのはアニメだと僕は思っています。自分で絵を描けなくてもアニメの原作で本当に面白いものを作れば可能性は広がるはず。そして、ライトノベルや実写の脚本、放送作家等々様々な形で物語を発表している方々にコンテからトライしていただきたいとも思います。アニメと実写の垣根がなくなって、才能ある人たちが色々な媒体で作品を発表してほしいです。
――映像業界の方々に話を伺うと、「マンガ業界は若手育成の礎があるけど、映像業界は若手の発掘・育成が弱い」という意見がよく出ます。林さんはどうご覧になっていますか?
お金を稼いだ会社が投資をすればいいかと思います。マンガは賞の数が尋常じゃなく多いのですが、出版社として稼いだお金を若い才能に投資する再配布の意識が強いのかなと。その前提から違うように感じます。
例えば「賞を獲った後に何をしたら監督という立場になれるのか」というルートマップを作ってあげること。賞を獲った後、短編映画なのか深夜ドラマなのかを任せて、監督として成長していくところまでフォローするといいますか。ひょっとしたら短期的には1円も利益にならないかもしれないけれど、10年後の素晴らしい映像業界を作るための投資である、と支援し続ける覚悟が必要な気がします。
僕たちも若い作家にいきなり連載を預けることはなく、何本か読み切りでテストマーケティングを行った上で「この才能は連載に見合うのか」を判断していますし、その過程でファンもついていくことで、最初の連載で生き残りやすくもなる。そういったテストマーケを、映像業界は若い監督においてあまり力をいれていない印象があります。マンガ以上に時間はかかるかもしれませんが、5年スパン等で作家とお客さんを育てる、ということはできなくはないはず。カロリーが高いけどリターンが少ないからやりたがる人がいないのかもしれませんが、本屋大賞みたいに「毎年この時期にあります。選ばれるとこういう恩恵があります」というシステムを作ること自体はそこまで難しくない。僕で良ければ、出来ることを協力したいです!
「World Maker」