ソフトパワーによる国際的プレゼンス向上を目指す台湾。そんな台湾の文化コンテンツ産業の発展促進を目的に、2019年に設立された行政機関が台湾クリエイティブ・コンテンツ・エイジェンシー (TAICCA/タイカ)だ。
『青春18×2 君へと続く道』『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』といった日本と台湾との合作映画が公開されるなど、日本でも台湾とのコラボレーションの増加を実感する機会が増えた。設立から6年、TAICCAは文化コンテンツ産業の発展と国際化を後押ししてきた成果をどうとらえているのか?
こちらも6回目の開催となるTAICCA主催の文化コンテンツ産業の大型展覧会「2025 TCCF クリエイティブコンテンツフェスタ(Taiwan Creative Content Fest)」が11月4日~11月7日の日程で開催された(台北市・南港展覧館)。「ピッチング」「マーケット」「フォーラム」の3つを柱に、台湾の文化コンテンツ業界や独自のIP(知的財産)がグローバルに展開するうえで欠かせないパートナーとのマッチングの機会を提供している。この会場で、今年5月にTAICCAの新董事長に就任した王時思(ワン・シースー)氏にお話を聞いた。

女性の活躍、東南アジアの躍進…今年のTCCFのトレンドは?
――今年のTCCFは女性の活躍を反映した企画が多いように思います。台湾の文化コンテンツ産業のトレンドを受けたものでしょうか?
王時思董事長(以下、王): 女性の力を感じる企画が増えたのは、台湾映画界が世界的なトレンドに合致したということでしょう。
今年は『左利きの少女(原題)』(2026年日本公開予定)や『女孩(原題)』など、女性を描いた台湾映画が海外の映画祭で注目されましたが、これらは我々が長年積み重ねてきたことの成果。女性の力の台頭は、台湾では自然に起こった現象だと思います。
台湾では女性問題だけでなく、ジェンダーの問題も非常に一般的です。多くの作品の中で、自然にジェンダー平等が描かれています。多様な性を受け入れるということ、男性だから、女性だからという枠で定義しない考え方が、台湾ではますます普通になっています。
興味深いのは、これらはわずかここ数年で起きたことなのです。台湾でも同性婚が合法化される前は、非常に大きな反対の声がありました。でも、合法化されるや、社会全体が驚くほど速く、さまざまな性のあり方を理解し、受け入れたのです。ジェンダーフリーのトイレもあちこちにできました。人間がこうした違いを受け入れる能力を過小評価してはいけないということです。むしろ違いを通じて、お互いのユニークさを見出せる可能性の方が大きい。そして、そういう物語こそ、私たちの文化コンテンツの素材になるのです。

――今年のTCCFでは、初めて企画ピッチングにラブストーリーに特化したドラマ部門が設けられました。その意図を教えてください。
王:皆さんからの要望があるからです(笑)。海外の映像業界関係者と合作について話をする時、「どんなジャンルのドラマにします?」と聞くと「まずはロマンティックなラブストーリーで」と言われることが多いのです。特に、日本と韓国で顕著ですね。東南アジアもそうですが、あちらは少し要望が多くて、メインのラブストーリーに加え、ファミリードラマやコメディ、サスペンス、親子愛、友情といった要素もあることが求められます。だからいっそ、ラブストーリー専門のピッチングの場を設けようということになったのです。
「なぜ皆さん台湾人のラブストーリーを見たいのだろう?」と考えましたが、1つ思いつく理由として、今でもかつてヒットしたアイドルドラマのイメージが強いのだと思います。ロマンティックな恋に落ちるある種の“おバカさん”っぽさを台湾人に感じるのかもしれません。この世界はすばらしいと信じていて、人を信用しやすく、計算高くない・・・現実はそうとも限らないのですが(笑)。
――プログラムを見ると、東南アジアとの協力にも力を入れているようです。台湾にとって、東南アジアの国々と協力するメリットとは?
王:台湾は移民社会です。インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナムなどの方が多く暮らしており、外国人労働者だけで全人口の30分の1を占めます。移民の二世も暮らしており、台湾で活躍する歌手や俳優の中にもそうした方々がいらっしゃいます。自分たちとの違いの受容度が、台湾は日本よりも高いのではないかと思います。
さらに、東南アジアでは台湾のジャンル映画、特にラブストーリーやホラーが人気で、ドキュメンタリーも好評です。最近は主にイラストIPの分野でマレーシアとのコラボレーションが進んでいます。それから、タイでは台湾のホラー映画が人気です。インドネシアとも、ホラー映画のシリーズものを合作で制作する予定です。
――台湾の権威あるテレビ番組賞・金鐘奨で、今年はドラマ「The Outlaw Doctor 化外之醫」に主演したベトナムの俳優リエン・ビン・ファットさんが最優秀主演男優賞を受賞されましたね。外国人労働者や医療を受けられない人々に非合法な手術を行うベトナム人医師という役どころで、こうしたドラマが支持されるという点も含め、台湾の社会がよく反映されていると思いました。
王:ベトナムの俳優が金鐘奨の主演男優賞に選ばれたのは初めてです。 確かに、外国籍労働者がテーマの映像作品や小説が増えていますね。新移民(1990年代以降、台湾人との国際結婚を機に定住した人々や移民労働者を指す)を支援する民間組織なども増えていて、そうした多元的な台湾の社会を反映した傾向だと言えます。異なる需要に応えられるコンテンツ制作が求められてくると思います。

――NHK大河ドラマ「青天を衝け」などの脚本を手がけた大森美香氏、「光る君へ」などの内田ゆきチーフプロデューサー、「いだてん~東京オリムピック噺~」などの倉崎憲チーフプロデューサーを招いた歴史ドラマの制作に関するフォーラムも企画されましたね。この意図は?
王:日本は大河ドラマを通して、世の中に自国の歴史を紹介してきました。私たちもドラマを通して台湾の歴史を紹介したいと思っているので、台湾のドラマ業界にとって大河ドラマは夢だと言えるでしょう。セットや小道具、時代背景の設定など、大河ドラマの技術から学びたいことが多いのです。
今、台湾で起きている重要なトレンドの1つに、ドラマ「茶金」「商魂」などのような台湾の歴史を描いた作品の増加があります。なぜなのかは分かりませんが、若い監督や若い作家に、歴史ものを作ろうとする傾向がある。小説「台湾漫遊鉄道のふたり」も日本の昭和の時代のお話ですが、特に日本統治時代を背景にした題材を好むクリエイターやフィルムメーカーが多いですね。
アジア・日本との協業に求めることは?
――文化コンテンツの分野における国際共同製作が次々と形になっていますね。これまでの手応えと今後の課題を教えてください。
王:国際共同製作を進めるなかで、各国から異なる経験を吸収できます。たとえば、文化面で一番協力関係の長いフランス。フランスはアート性、実験的という意味では最先端なので、台湾の科学技術力と相性がいい。拡張現実(AR)や仮想現実(VR)、没入型アート体験といったジャンルでコラボレーションが進んでいます。
展開が速いのは韓国です。合作すると決まれば、すぐ投資や制作の段階に入る。とても商業化されているので、財務構造や市場の好みといった事柄を検討するプロセスは非常に参考になります。台湾はクリエイティブな部分はとても情熱的ですが、ターゲットの見極めなど、商業性の高いプロジェクトについては韓国から学ぶことが多いです。
ベトナムとの合作は最近新しく始まった試みなのですが、共産主義国で少し特殊なので、第三者を通してでないと、なかなか進出が難しい。ベトナムとのコラボの経験が長い韓国とベトナム市場で協力できるか可能性をはかっています。
あと、進展が早いのはシンガポールです。シンガポールの強みは、さまざまなパートナーを繋ぐことに長けた統合型のビジネスモデル。TAICCAも一緒に東南アジア市場の開拓を進めていきたいと考えています。(※TAICCAは2022年、シンガポールの大手コンテンツ制作会社・メディアコープと協力協定を締結、翌23年には共同で中国語オリジナルドラマの開発プロジェクトを開始。以来、コラボレーションが続いている)
東南アジア市場に進出するには、Netflixなど配信プラットフォームに頼るばかりではダメで、台湾の映像作品、特にドラマを自ら売り込んでいきたいと考えています。華人が多く暮らしているので、華語コンテンツの受容度も高い。彼らが今見ているのは中国ドラマだとしても、台湾のコンテンツもすぐに受け入れられると考えています。

――日本との合作については、いかがですか?
王:日本とは、長い間、同じ歴史を共有していた関係です。たとえば映画『青春18×2 君へと続く道』の路線のように、私たちは日本人の好みをよく理解していると思っているので、安心して協力することができます。日本との合作は、ほとんどが現在、準備段階にあります。日本は交渉に時間をかけるのが習慣ですし、それはいいことだと思っています。合作するプロジェクトやパートナーを選ぶ日本側のプロセスから学ぶことが多いです。
――「日本側のここが変われば、もっと合作がスムーズにいく」と感じる部分はありますか?
王:特にはありません。たとえば、規模の大きい作品を手がける前に短編作品を作ってみるとか、いきなり5対5で出資はしないとか、日本が準備に時間をかけ、リスクを軽減していくやり方はとてもいいと思います。長いスパンでとらえていて、準備段階で人材を育成し、ロケハン、脚本修正などを経てから撮影を始める。ゆっくりですが堅実で、一度手を組めば、最後まで協力していける。1つのコンテンツに対して、長い時間をかけて評価するのが日本のテンポや習慣ですし、長期にわたって1つのIP(知的財産)に投資しようという姿勢は、短期的に成果を出そうとしがちな台湾や韓国が学びたい部分だと思います。
――映画やドラマ、アニメなど、文化コンテンツと言ってもさまざまですが、日本との合作において注目している分野は?
王:日本とのコラボレーションでメインとなっているのは映画ですね。ビジネスモデルとしても成熟しています。
注目しているのはIP開発の部分です。日本は漫画やアニメが強いので、今後数年のうちに出てくる合作作品は、漫画のアニメ化、映画化、ドラマ化に集中していると思います。
TAICCAの今とこれから
――TAICCAの設立から6年がたちました。文化コンテンツ産業の発展を支援してきたこれまでの成果を、どのように受け止めていますか?
王:まず映画については、国の政策やTAICCAの登場が制作本数や生産能力の向上につながったと思います。今年は現時点で、既に『96分(3月日本公開)』(ディザスター)と『角頭-鬥陣欸(原題)』(黒社会)の2本が興行収入1億台湾ドルを突破し、このうち『96分』は2億を超えています。さらにもう1本、『泥娃娃(原題)』(ホラー)も1億を超えそうです。今年は一気に3本誕生しました。不景気にも関わらず、一定の制作本数を維持し、創造性を持った作品を数多く制作できているのですから、成果があったということでしょう。
これからだと思う部分は、規模の大きな作品と投資が足りていないことです。まだ政府の支援、特にTAICCAのような国の基金のサポートに頼っている状態なので、もっと民間の投資を引き込みたいと思っています。中華電信や遠傳電信、台湾大哥大といった電子通信会社やテレビ局、配信プラットフォームなど、より多くの民間企業に文化コンテンツ産業へ投資してもらいたい。民間のリソースが入ることで産業がさらに活性化し、グローバルに展開できるようになると考えています。

――台湾では今年、多数派の野党主導のもと、文化部の予算が大幅に削減されました。TAICCAの活動に何か影響はありますか?
王:TAICCAにはあまり影響がありません。TAICCAの経費も政府の予算が充てられていますが、それは運営に関する部分だけで、投資には別の台湾国家発展基金(NDF)が使われているからです。ですから、TAICCAの投資が途切れるようなことはありません。
――昨年のTCCFでドラマ「聴海湧」の孫介珩(スン・ジエホン)監督にインタビューしましたが、本作を含め良質なドラマを多数制作してきた公共電視台(公視)への予算がカットされるという報道があり、心配しています。
王:文化予算の削減は公視には影響してくるので、今後、公視が制作するドラマの本数が減少する可能性はあります。公視のほかにも華視(中華電視公司)、それから公視傘下の台語台(台湾語放送)、客家台(客家語放送)、原住民族電視台などにも影響が出そうです。私としても、公視が始めたばかりの「小公視」(児童向けチャンネル)への影響を心配しています。
――王董事長が就任して以降、TAICCAの方針や取り組みに変化があれば教えてください。
王:TAICCAの基本方針に変わりはありません。コアとするミッションは、台湾オリジナルのコンテンツのグローバル展開、より商業的なビジネスモデルと産業エコロジーの構築、それから台湾オリジナルIPの奨励。これらは継続して行っているものです。
以前より強化した点を挙げるとすれば、投資先の判断をより精緻に、正確に行うようにしたことですね。大規模プロジェクトと小規模プロジェクトを分け、異なるニーズに応じた支援策を用意しています。








