本物の「タイパがいい」コンテンツを目指す。ホリプロデジタルが挑むWeb動画の未来とホラーの可能性

ホリプロデジタルは高品質ホラー動画制作と長期展望を重視し、新しい映像文化を創り出そうとしている。代表取締役の鈴木秀氏と映像制作事業の中核を担う吉村氏にインタビュー。

映像コンテンツ 制作
左:吉村氏、右:鈴木秀氏
左:吉村氏、右:鈴木秀氏
  • 左:吉村氏、右:鈴木秀氏
  • 影井ひな
  • 影井ひな
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  • 吉村氏
  • 左:吉村氏、右:鈴木秀氏
  • 左:吉村氏、右:鈴木秀氏

縦型ショートドラマの市場は、世界的に急成長を遂げており、2029年には566億ドル(約8.5兆円)に達すると予測されている。大手放送局から個人まで多くのプレイヤーが参入し、しのぎを削る市場となってきた。

そんな中、比較的早い段階から同市場に参入していたホリプロデジタルエンターテインメント(以下、ホリプロデジタル)は、さくさく見られるショート動画だけでなく、じっくりと見てもらう高品質な動画にも注力し始めたという。

同社はタレントマネジメントを中核に、コンテンツ制作、マーケティング支援なども行う。ホリプログループの中でもデジタル戦略に強みを持つ会社だ。

同社の映像制作事業の中核を担うのが、吉村氏だ。彼が担当するYouTubeチャンネル「未明シアター」では、日常の隙間に入り込む恐怖を描いた短編ホラーを数多く発表して、人気を博している。

同社がホラー動画にどんな活路を見出しているのか、代表取締役の鈴木秀氏と吉村氏にウェブ動画の今後とホラーの将来性について話を聞いた。


高品質なショート動画にこだわる理由

――ホリプロデジタルが高品質なショート動画に力を入れている理由からお伺いしてもよろしいですか。

鈴木:僕は以前YouTuberの事務所を創業しており、退任する頃から市場の変化を感じてました。動画市場全体が情報過多になり、おすすめ欄に載ることだけを目的に動画が量産されているような気がして「エンタメとしてこれでいいのか」と思うようになってきたんです。ほとんどの動画がスキップされる中でも選ばれる動画を作るためのマーケティング戦略を、弊社の一番の強みとできる企業にしていきたいと考えています。

――吉村さんにお声掛けした理由は何だったのですか。

鈴木:世の中のトレンドが縦型ショート動画に移りつつあり、制作コストも比較的低く抑えられることから、横型動画もコスト削減を余儀なくされる状況で、吉村さんは時代に逆行して「より良いものを作ろう」ということだけを考えて制作していると思ったんです。エンタメ業界にいるのに「これでいいのか、自分は一体何をしているんだ」と感じていた時、彼の作品に出会い、この時代を変えてくれるかもしれないと、思い切って連絡してみました。

吉村:好きなものを追いかけたくてテレビドラマの制作会社を辞め、YouTubeでホラー動画の配信を始めました。クオリティの高いものを作っていれば、いつか多くの人に影響を与えられるかもしれないと思いながら取り組んでいた頃に、お声がけいただきました。僕らは当時、再生数も少ないマイナーな存在だったので、連絡をもらったときは「ホリプロを騙ってるんじゃないか」と警戒しました(笑)。

――吉村さんがホラーに目覚めたきっかけはなんですか。

吉村:『リング』『らせん』や、あとはテレビの『USO!?ジャパン』などですね。『ほんとにあった怖い話』はドストライクで大好きです。「1人で見ちゃいけないものを見ている」ゾクゾク感とか、何日もその世界観にとらわれ続ける感覚を与えてくれるような、五感をくすぐるタイプのホラーが好きです。

―― 映像の世界を目指されたのも、「ホラーを作りたいから」とお伺いしました。

吉村:最初は、お化け屋敷の会社に入りたくて履歴書を送っていました。後になってわかったんですが、お化け屋敷ってほぼ外注なんです。運営会社で作っていることは稀で、履歴書の返事も全然もらえませんでした。それで、他にホラーを表現できる場はどこかと考え、テレビドラマの制作会社に入りました。でも、地上波ではホラー作品が以前より少なくなっているように感じて、「自分のやりたいことはできない」と思い独立することにしました。

みんな、最初の2,3秒で惹きつける動画に疲れている

――SNSを中心とした動画の現状について、コストを下げていく方向になっているというお話がありましたが、あえて高品質の作品を作っていくという戦略に、どういう勝機や可能性を見出しているのでしょうか。

鈴木:実は僕ら、この市場でもかなり早い段階で、大手生命保険会社さんのプロモーション用の縦型ショートドラマを作っています。縦型動画はすぐにスワイプされるので、冒頭2秒で人をひっかけるテクニックを使うことが常識化していますが、そのことに皆疲れていて、見る方も慣れてきていました。その中で、本当にクオリティが高いドラマがあったらどう感じられるのかにトライしたのが大手生命保険会社のショートドラマです。自分が一番大切に育ててきたタレントの半生を描くドラマを吉村さんに作ってもらったところ、17万件以上の「いいね」とともに、非常に熱いコメントがたくさん寄せられたんです。これは一つのフォーマットになったと感じました。

つまり、彼は縦型の演出でもハイレベルなものを作れるのですが、彼に縦型ホラーを作ってほしいとは一度も言っていません。

――それはなぜですか。

鈴木:彼の良さは、純粋にホラーが好きなことが根底にあることです。縦型では表現しきれないものがあって、横型動画の方が恐怖の表現を幅広く描写できて彼の才能がより活きるからです。縦型ばかりやらせていたら、将来を見据えた時に、本来の魅力を十分に伸ばしきれず、クリエイターとしての可能性を狭めてしまうのではないかと思うんです。たとえ「縦の方がバズるよ」と言われても、僕は彼の世界観とセンスを大切にしたいんです。

――吉村さんご自身は、縦の演出と横の演出の幅の違いをどう感じますか。

吉村:縦型は最初の2秒、3秒で引き寄せるという、インパクト勝負みたいな映像が増えている気がします。縦で作る時は、ワンアイデア・ワンオチぐらいのスピード感になってしまい、すごい勢いで「消費されるだけのコンテンツ」になっているなと感じています。その反動なのか、最近は僕らのYouTubeチャンネル『未明シアター』でも、少し長めで「なるほど、こういうことだったのか」と分かるような作品の方が、視聴維持率や再生回数も伸びているんです。ホラーに関しては、ある程度展開を練りこんで「こういうことか」とゾクゾクできる体験時間があった方がいいと今は思っています。

鈴木:縦型動画はドーパミン系コンテンツなんですよね。そういうのを吉村に作らせるのは間違っていると強く思います。彼に縦型のショートホラーを大量に作ってもらえば、短期的な利益は出せて案件も取れます。でも、これからのことを見据えないといけません。生成AIはテンプレート的な動画を大量に生み出せますから、それではこれからのクリエイターは生き残れないと思っています。

――確かに『未明シアター』は、じっくり見せる、じっくり怖がらせるという感じですね。Jホラーの系譜というか。

吉村:僕はまた『リング』とか『呪怨』の時代のように、「日本のホラーはこんなに怖いんだぞ」と世界に言いたいんです。今は短編を作っていますが、いつかは長編も撮りたいです。

鈴木:『未明シアター』の利益を投資して大きい作品を作っていきたいです。海外に行くとジャパニーズホラーのお化け屋敷がショッピングモールなどにあるんです。特にタイやインドネシアに行くと当たり前にある。僕らの作品も海外に持っていきたいという話を2人でしています。

――国内だけでなくグローバルに展開するという目線で活動されているわけですね。ホリプロデジタルとして、ホラーの事業は成長の柱の一つという位置づけですか。

鈴木:大きい柱ですね。そこをあえて周囲の競合に見せないような経営をしていますけど。

本当の意味で「タイパ」がいい作品を作りたい

――才能と情熱のあるクリエイターを支えたいという鈴木さんの思いと、ビジネスとしてどう成り立たせるかということも、きちんと考えられているんですね。

鈴木:そうですね。サポートのために現場に行ったら、彼はクリエイターなのに、資金面やビジネス面、コラボレーションの部分も調整しないといけないような、集中できる環境じゃなかったんです。それなのにあれだけの作品を作っていたので、「これを全部ホラーに集中した時、どんな馬力を出すんだ」と考えてワクワクしてしまって。僕は代表として、他企業やタレントとの調整や資金面の管理など、制作が円滑に進むための環境づくりを担うので、彼には作ることに専念してほしい。

――今後、Webのショート動画市場はどうなっていくとお考えですか。

鈴木:おそらく縦型動画においては、AIが作ったのか人間が作ったのかが判別不能になり、ベータ世代(今1歳になる子たち)が物心つく10年後、AIの動画でも「別にどっちでもいい」という時代が来ると思います。そういう時代になると、すごいものを作れるクリエイターと作れないクリエイターで格差が生じると思います。見る側が「AIで作ったもので十分」となった時に、僕らはAIでは作れない情緒的な「間」の部分とか、言葉じゃない部分で感性を動かすコンテンツを作れる企業にならないといけないんです。

――「タイパ」という言葉が定着していますが、本当に時間をかけたくなる作品を作るということでしょうか。

鈴木:本物の「タイパがいい」コンテンツでありたいなと思っています。僕らミレニアム世代は、レンタルDVDが一番盛んな時期に青春時代をおくっていて、『ほんとにあった! 呪いのビデオ』とか『怪談新耳袋』とかを借りて、みんなでワーキャーしていました。でも今の子たちにはそういう経験をさせてあげられていない。だから、僕らの映像を見て「夜みんなでワーキャーしたいよね」と10年後に言わせたいんです。

吉村:先ほども言いましたが、僕はJホラーを復権させたいというのと、色々な業種の方々を巻き込んでホラーの知名度を上げていきたいという思いがあります。夢はホラーのテーマパークを作ることなんです。

ホラーを閉じたジャンルで終わらせず、誰もが楽しめて関われる文化にしたい。もしこの記事がホラー好きのあなたに届いているのなら、ぜひ一緒に面白い未来を作りましょう。

《杉本穂高》

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杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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