映画館が学校に行きにくい子どもの新たな居場所に。100年以上の歴史を持つ上田映劇が取り組む地域と映画館の関わり方

大正6年から続き、100年以上の歴史を持つ、長野県上田市にある映画館「上田映劇」。同映画館はNPO法人アイダオとともに不登校の子どもたちに映画を通じて学びを提供する「うえだ子どもシネマクラブ」を運営している。映画館が地域に対して出来ることは何か、子どもたちの支援を通して、映画にどんな力があると思ったのか、同クラブを運営する直井恵氏に話を聞いた。

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直井恵氏
撮影:丸田平 直井恵氏
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大正6年から続き、100年以上の歴史を持つ、長野県上田市にある映画館「上田映劇」。不登校の子どもたちを支援する取り組みが、静かに注目を集めている。

上田映劇は、NPO法人アイダオとともに不登校の子どもたちに映画を通じて学びを提供する「うえだ子どもシネマクラブ」を運営している。学校に行きにくい・行かない子どもたちの新たな「居場所」として映画館を提供しており、200人以上の子どもが登録をしているという。

そのうえだ子どもシネマクラブがクラウドファンディングを実施し、運営資金を募っている。映画館が地域に対して出来ることは何か、子どもたちの支援を通して、映画にどんな力があると思ったのか、同クラブを運営する直井恵氏に話を聞いた。

映画館を不登校の子どもの居場所に

――直井さんは2011年に一度閉館した上田映劇の再開にも関わっておられますが、映画館の運営に携わろうと思った動機は何だったのですか。

直井私は元々映画業界にいたわけではなく、国際協力のNGO団体で海外支援の現場に関わっていました。そのような活動をする中で、現地のことがなかなか伝わりにくいなということを感じたり、どうやったら人の共感を得られるだろうか、ということをよく考えていたんです。

そんな中、出産のタイミングで地元の上田市に戻ることにしました。当時閉館中だった上田映劇は貸館としては運営していたので、子育て仲間と「うえだ平和映画祭」という手作りの市民映画祭を開催したりしていました。映画には答えはないし、問いを提示してくれます。それは現地に行く体験にも近いものがあって、映画ってすごいなと感じるようになりました。そこから、映画館の再起動にも関わることになりました。

――2020年にうえだ子どもシネマクラブを立ち上げられていますが、その経緯はどういったものだったのですか。

直井うえだ子どもシネマクラブは3つのNPO団体がコンソーシアムを組んで、子どもたちに関する社会課題を解決していくために何か良いアイデアはないかと検討する中で始まりました。

上田映劇は2011年に一度閉館し、2017年に映画館を復活させることができましたが、観客はシニア層が多く、子どもたちに無料でもいいから映画を見てほしいという声が当初からありました。他方、日本では不登校の子どもが増加していて、特に長野県は子どもの自殺率が全国平均よりも高いという背景もあって、学校に行っていない子どもを映画館に招待するのはどうかというアイデアが出てきたんです。

――なるほど。長野県の子どもをめぐる状況と映画館としての課題が交差するポイントにある活動なんですね。実際にどのくらい子どもたちが集まっているのですか。

直井基本的に休館日の月曜日を利用して月2回上映日を設けています。作品によって集まり方が違いますが、常時くるのは20~30人くらい、多い時には子どもや保護者や引率のスクールソーシャルワーカーの方など50人以上の方が来る時もあります。学校関連のドキュメンタリー映画などを上映すると、子ども以外の色々な方が関心を持って来てくれます。

日常的には、普段映劇で上映している作品からセレクトして、子どもは無料で観られるようにしています。学校の代わりに来れる場所にしたいので、金額で差が出てしまうのは避けたかったんです。助成金をもらっていた最初の3年間は資金もそれなりにあったんですが、今は単年度で他の助成金をいただいたりしながらなんとか継続させているという現状です。

――子どもに無料で見せるとなると運営は大変ですね。配給会社に対しては上映料金を払わないといけないわけですし。

直井そうですね。子どもシネマクラブの入場券はアイダオというNPOが負担するという形になっていて、上映する作品の交渉などは映劇のスタッフの方が担当してくれています。シネマクラブでこられた分の鑑賞代はアイダオが負担し、編成は映劇が行っています。

映画館通いがきっかけで留学を目指す子どもも

――うえだ子どもシネマクラブでは、上田市以外に在住する子どもも受け入れているんですよね。

直井かなり広域で受け入れています。遠いところだと、白馬村から遠足を兼ねて2時間くらいかけて来てくれたこともありました。というのも、長野県では「信州型フリースクール認証制度」という全国初の認証制度があって、各地にフリースクールが点在しているので、プログラムの一環として先生と子どもたちが一緒に来てくれることもあるんです。

――学校に行きにくい子どもたちが、映画館に行くことができる理由はどこにあると思いますか。

直井映画館を訪れることにハマるかハマらないかは個人差もありますが、映画館の中は暗闇なので同級生がいてもわからないとか、そういう良い面もあるんです。ハマる子は本当に1人で通い続けて、最終的に学校に復帰したりすることもあります。不登校という言葉でひとくくりにされがちですが、子どもたち一人ひとりには本当に多様性があるんです。

ハマる子たちがよく言うのは、映画館は強制されない、ここにきても映画を観ないといけないわけじゃないし、休んでいるだけでもいい、自分で決められる自由があるということです。あと、色々な人に会えるのがいいと言う子もいて、学校と自宅の往復では出会えない人に出会える場にもなっているんです。地域の一般のお客さんはもちろん、イベントなどで来てくれる映画監督の方など関係者にも会えるのが魅力だと言ってくれます。

――どんな映画の評判がいいですか。

直井これも個人差がすごくあります。例えば、アイルランドのアニメーション映画『ウルフウォーカー』を上映したことをきっかけに、1人の男の子が海外に興味を持つようになって、今アイルランドに留学できないかと頑張っているんです。その子は、中学1年から学校に行けておらず高校にも進学しないでいる時に、シネマクラブが出来ました。彼は元々本や音楽が好きだったようで、映画館通いがきっかけで一緒に詩集を作ったりもしました。ほかには、小学1年で学校に行くのをやめてしまった子がいて、その子はバスター・キートンなどの無声映画が大好きなんです。この前『ルックバック』を上映したら、それよりも『ヨーヨー』のほうが面白いと言っていました(笑)

そういうストーリーを持った子たちが、延べ人数では2,000人を超え、今登録している子は230人ぐらいいるんです。それぞれの子どもに対して、将来のために長いロードマップが必要な時もあるかもしれませんが、映画館がそこに至る最初の安心できる場所になれればいいなと思ってやっています。

――シネマクラブに通うと出席扱いにする学校もあるそうですね。これは学校の裁量で可能なのですか。

直井本当は学校長が決められるのですが、市町村によって対応が様々です。上田市では昨年にガイドラインが策定され、いくつかの条件を満たすと出席できると決まりました。ここ3、4年議論を交わしてきたことが少しずつ前進しています。

学校の先生たちがこの活動に理解を示してくれるようになってきている実感もあります。研修会で学校の先生たちや青少年の補導員の方たちが映画館に来ることもあるんです。

――シネマクラブをこれまで続けてこられて、映画と教育や学びということについて、何らかの可能性を感じることはありますか。

直井それはすごくありますね。自分の存在が唯一無二であることを肯定するのは難しいことだと思います。でも、映画を見ると、人はひとりとして同じではないことを実感しますし、自分の変わりなんていないということを想像することが楽しくなってくると思うんです。今自分が見えているものは世界のほんの一部でしかないんだということが映画だと伝わるし、好奇心を育めると思うんです。

上映だけでなく制作にもトライ

――現在、クラウドファンディングを実施中ですが、今資金を必要としている理由についてお聞かせください。

直井行政の補助金や助成金は新しい取り組みだと申請が通りやすいのですが、継続事業には厳しいです。子どもたちからお金を取らないので、収益化するのも難しい。今後はペイフォワードのチケットなども含めて、色々な方にこの活動を支えていただけるように、賛同者を集めたかったというのがあります。

――映画鑑賞だけでなく制作にも挑戦されていますね。

直井はい。去年から少しずつ動き出していて、昨年は家庭に眠る8ミリフィルムを集めて、それを素材に映画を作るということをやっています。地域映画というジャンルで活動されている三好大輔監督が松本市におられるのでご協力いただき、子どもたちと一緒に映画を作っていくものです。子どもたちは音のない8ミリフィルムに効果音をつけたり、ロトスコープでアニメーションにしてみたりとか、やり始めるとすごく楽しいと感じてくれているようです。継続して子どもたちもやりたいと言っているので、そのための資金も必要としています。

――8ミリフィルムは結構集まるものなんですか。

直井70本近く、時間にして23時間分くらいあります。アーカイブという視点でもすごく貴重なものが多く、初めて見る光景に、新しい気づきを得ることも多いようです。

――2月半ばにはシンポジウムも開催予定ですね。

直井2月16日に、8ミリ映画のお披露目会を行います。シネマクラブの活動の他、映像アーカイブの活動をされている相川陽一先生や、情報デザインの須永剛司先生にもお越しいただき、パネルディスカッションをやります。

2日目の2月17日は、こども映画教室®︎の浅見孟さんと深田隆之さんが来て、そのプログラムを語っていただきます。もう一つ信州大学の荒井英治郎先生などをお招きして、映画館という場所が学びとどういう接点を持てるのかという話を伺う予定です。

――直井さんは、上田映劇が閉館した後に戻ってこられて、劇場の復活をされたわけですが、映画館が街にあるとないとでは、地域の変化は感じますか。

直井具体的な変化を語るのは難しいですが、上田にはミニシアターと小劇場と古本屋が近くにあるんですね。そういうものが街にあるのが宝なんだと言ってくださる方はいます。地元の方だけでなく、県外から観光で来られた方が感動するようなこともあります。シネマクラブのような取り組みがシネコンでできるかと言うと、それはできないと思うんです。同じ映画館でも、単館のミニシアターの存在意義は、こういう点にあると思っています。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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