3月3日(現地時間)に開催される第97回アカデミー賞授賞式で、10部門にノミネートされている『ブルータリスト』と、14部門で候補になっている『エミリア・ペレス』の音声でAIが使用されていることが明らかになり、大きな波紋を呼んでいる。
『ブルータリスト』は、第二次世界大戦後に米国に移住したユダヤ系ハンガリー人の建築家ラースロー・トートが、礼拝堂の設計と建築に取り組む姿が描かれる。
ウクライナのソフトウェア会社の技術を使用
Vanity Fairによると、このAI騒動は、『ブルータリスト』で編集を務めたハンガリー人のダーヴィド・ヤンチョー氏が応じた、ビデオ技術誌RedShark Newsの取材に端を発する。そのインタビューでヤンチョー氏は、制作側がAI音声生成技術を専門とするウクライナのソフトウェア会社Respeecherの技術を使用したことに言及。ラースロー・トート役を演じたエイドリアン・ブロディと、彼の妻エルジェーベト役に扮したフェリシティ・ジョーンズが劇中でハンガリー語を話すシーンで、よりネイティブらしく聞こえるよう、AIが使われたと説明している。ハンガリー語を母国語とするヤンチョー氏は、AIモデルに自分の声を入力したところ、映画でブロディとジョーンズが、難しいハンガリー方言を上手く話すのに役立ったと語った。
同氏によると、監督のブラディ・コーベットがAIを使用した理由には、現実的な問題もあったという。インディペンデントで資金を調達した『ブルータリスト』の予算はわずか 1,000 万ドル(約15億5,000万円)以下で、ハンガリー語のセリフにAIを使用したことで、18ヵ月に及んでいた映画のポストプロダクション・プロセスをスピードアップできたとのこと。
またヤンチョー氏は、『ブルータリスト』でラースローが設計した建造物の青写真と、完成した建物のレンダリングが映し出されるシーンにも言及し、設計図とレンダリングも部分的にAIによって生成されたと明かしている。
The Guardianによると、ヤンチョー氏のインタビューが波紋を呼んだ後、コーベット監督は映画におけるAIの使用について声明を発表。「エイドリアンとフェリシティの演技は完全に彼ら自身のものです」とし、2人は方言コーチと何ヵ月もかけて発音を完璧に仕上げ、 Respeecherの技術はハンガリー語のセリフの編集にのみに使用したと釈明。設計図とレンダリングに、AIは使用していないと反論している。さらに、主演のエイドリアン・ブロディも出演したPodcastにて「AIという言葉に触れるだけで少し刺激的になる時代に生きていることは理解しています。残念ながら、インターネット上では物事が簡単に悪用される時代です」「人々が状況の背景や事実をもっと理解してくれることを願うばかりです」と本件について言及した。
『エミリア・ペレス』も音声でAIを使用
第97回アカデミー賞の候補作品の中で、AI使用で物議を醸しているのは『ブルータリスト』だけではない。14部門にノミネートされている『エミリア・ペレス』では、主演のカーラ・ソフィア・ガスコンが歌うシーンで、歌声を高めるためにRespeecherが使われ、本作の楽曲を共同執筆したフランスのポップシンガー、カミーユの歌声をAIクローニングしガスコンの歌声と融合したという。
『ブルータリスト』と『エミリア・ペレス』と対照的に、ヒュー・グラント主演のホラー映画『HERETIC(原題)』はAI使用に明確な反対の姿勢を取っており、映画のエンドクレジットには、「この映画の制作には生成AIは使用されていません」とのメッセージが表示されている。
2023年にハリウッドで起きたダブルストライキでもAIが論点となったが、今後もAIの活用をめぐる議論は激化し、アカデミー賞にも影響を及ぼしそうだ。