10月施行のインボイス制度って何?アニメ・声優業界に与える影響を聞いた

2023年10月に施行が予定されているインボイス制度。頻繁に耳にする機会が増えたが、その細かい内容までよく理解しておらず、おぼろげに“フリーランスや個人事業主などの労働者を対象にした制度”と認識している人は少なくない。

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2023年10月に施行が予定されているインボイス制度。頻繁に耳にする機会が増えたが、その細かい内容までよく理解しておらず、おぼろげに“フリーランスや個人事業主などの労働者を対象にした制度”と認識している人は少なくない。

施行開始まで1年を切っている状況だが、改めてインボイス制度がどういう制度なのか、さらには、フリーランスや個人事業主として働く人の割合が高いアニメ業界や声優業界にどのような影響があるのか、税理士の湖東京至氏、元アニプレックス代表取締役社長でアニメプロデューサーの植田益朗氏、声優事務所「ディーカラー」代表取締役の平岡照己氏に話を聞いた。

平岡照己氏(写真左)、植田益朗氏(写真中央)、湖東京至氏(写真右)。

物価上昇が助長される

――まずインボイス制度はどのような制度なのですか?

湖東とても複雑な制度ですので簡潔に説明しますと、日本には今現在1,000万人もの免税事業者がフリーランスや個人事業主、自営業として働いていますが、その免税事業者を課税事業者にしてしまう制度になります。免税事業者は年収1,000万円以下の事業者ですが、課税事業者になると年間売上に対して消費税の支払い義務が生じます。つまりは免税事業者を対象にした増税制度と言って良いでしょう。免税事業者と言っても年収900万円の人もいれば、200万円に満たない人もいます。ワーキングプアの人にとって消費税の納税は生活を立ち行かなくさせるリスクが高いです。

――インボイス制度は免税事業者のみにデメリットがある制度なのですか?

湖東国民全体にデメリットがあります。例えば、免税事業者で自営業者のマッサージ師に10%の課税が義務付けられれば、その負担分を価格に転嫁しなければいけなくなるでしょう。免税事業者のアニメーターや声優はもちろん、農家や配達員、シルバー人材センターで働く高齢者など様々な業界に存在し、私達の生活を支えてくれています。インボイス制度が施行された場合、物価上昇はより深刻化しかねません

誰かが負担しなければいけない

――インボイス制度が施行された場合、アニメ業界にとってはどういった影響が考えられますか?

植田先程、湖東先生のお話で「価格に転嫁するしかない」という指摘がありました。ただ、価格に転嫁できる業界はまだマシです。アニメ業界の場合、DVDやブルーレイの価格を上げるくらいしか価格転嫁の手段がありません。インボイス制度によって生じた負担は誰かが払わなければならない。経済的に余裕のある発注元であれば負担してくれるかもしれません。そうではない場合、そのしわ寄せは末端のアニメーターに対する“報酬の減額”という形で負担させられかねません

――ワクワークの調査結果によると、フリーランスで働くアニメーターの半数以上が年収300万円以下であることがわかりました。アニメーターとして働き続けられない可能性は十二分に考えられそうです。


植田そうです。アニメ業界としても「アニメーターを正社員として雇用しよう」という動きもあったのですが、インボイス制度の登場によって正社員として抱えることに及び腰になった制作会社は少なくありません。本当に水を差された気持ちです。そもそも、アニメーターの人手不足は深刻ですが、インボイス制度が施行されると、ますます若手が定着しなくなります。それでは、従来のような日本が世界に誇るアニメの供給が途絶えかねません。面白い作品が日本から生まれる可能性は激変して、“アニメを楽しむ”という機会が失われるかもしれません。

――経済的な大打撃が予想されますね。

植田増税に関する負担だけではありません。経理周りの業務も増えることになり、自分自身で時間を見つけて処理する必要が出てきます。時間的に余裕がない人は、税理士を雇って代わりにやってもらわなければいけなくなり、またまた金銭的な負担が発生するかもしれません。

――声優業界にとってはどういった影響が考えられますか?

平岡植田さんがおっしゃる通り、経済的に声優として活動を続けることが難しくなる人、経理業務の発生に伴って自己研鑽の時間が割かれるケースは想定されます。声優は自分自身で出演料のランクを決められるということになっていますが、上げるのは非常に難しいのが現状です。そうなると、シンプルに収入が減少するケースが頻出すると思います。また、私は映画の吹き替えのキャスティングをすることがあるのですが、「インボイスに登録しているかどうか」ということを意識しなければいけなくなるかもしれません。フリーランスの声優をキャスティングしようと思った際、インボイスに登録していなければ、その負担は事業者側が負担しなければいけない可能性が生まれます。大前提として、インボイスに登録しているのかをチェックするという手間が増えますし、インボイスに登録していないことがわかった場合、選択肢から外れやすくなるでしょう。その結果、キャスティングの公平性が失われるかもしれません

制度を理解していない税理士もいる

――2022年から各所でインボイス制度に関する発信がされてきました。1年近く経ちましたが、どの程度周知できたとお考えですか?

植田インボイス制度という言葉の周知はある程度はなされたと思います。しかし、制度の概要があまりに複雑なため、「インボイス制度ってどういう制度か知っている?」と聞かれて答えられる人は1割も満たないのではないでしょうか。

平岡私の事務所にも50人ほど個人事業主である声優が所属しているのですが、インボイス制度に関する問い合わせはほぼありません。恐らくインボイス制度という言葉は知っているけど、「よくわからないから何をして良いかわからない」となっている人も少なくないのでしょう。

――いろいろな問題点が指摘されましたが、なぜ周知が進んでいないのですか?

湖東仮にインボイス制度が施行されたとしても、今日明日の生活が一気に悪くなるわけではありません。じわじわと私達の生活を追い込む制度ですので、危機感を持ちにくいことが大きいです。そもそも、複雑すぎる制度ですので、詳細に把握していない税理士も結構います。だから周知が進んでいないのです。

――やはりその複雑さが大きなネックになっているのですね。

平岡あとは“課税事業者は関心を持ちにくい”という点も挙げられるのではないでしょうか。課税事業者、つまりは年収1,000万円以上の事業者は人気や発信力があります。しかし、インボイス制度が施行されたとしても、課税事業者に直接の大きな影響はありません。その結果、関心を持ちにくく、国民にも周知しにくい。

加えて、「インボイス制度は反対!」というような発言は、“政治批判”と捉えられてしまいネガティブな印象を持たれかねません。スポンサーに関わる仕事をやっている課税事業者の声優は少なくないため、わざわざ危ない橋は渡りたくないでしょう。なにより、施行されても生活に大きな影響がなければわざわざ声をあげようとは思いません。仮に発信したくても事務所から止められるケースも珍しくありません。私が彼ら彼女らの立場なら恐らく声はあげません。

政府は焦り気味?

――2023年10月の施行開始は回避できないのですか?

湖東もちろん、反対の声をあげることも大切ですが、一番効果的な方法はインボイスの登録をしないことです。インボイスの登録者が少なければ、制度は実施されません。

――登録状況はどうなのですか?

湖東東京商工リサーチの独自分析によると、1月中旬までのインボイス登録の件数は約200万件に達したようです。しかし、これはあくまで法人と個人事業主を合わせた数字。個人事業主だけを見ると2割程度。到底施行できる数字ではありません。そのため、当初は登録期限が2023年3月まででしたが、2023年9月までに延期されたものと思います。

――政府与党の焦りが見えますね。

湖東はい。また、与党は2022年11月、反対の声の多さに「激変緩和措置」を発表しました。納税額削減や緩和措置など、登録者の負担を軽減するとされていますが、その期限は3年間のみ。登録が進まないので免税事業者に登録させるための誘導措置です。ますます制度を複雑にする愚策と言っていいでしょう。とにかく、制度をよくわかっていない人は、様子見という選択肢が有効であり無難と言えるでしょう。発注元や親会社から登録を迫られていたとしても、「焦って登録しなくていいよ」ということは積極的に発信していきたいですね。

――お2人は今後どのような発信をしていきたいですか?

植田「10月施行が決まっているから仕方がない」という風潮が日本全体にあるように感じます。ただ、現政権を見ていても当然「お任せして安心」とは思えません。岸田首相には国民の声に対しても“聞く力”を発揮してほしいです。そのためにも少しでも大きな声が届くように、アニメ業界の関係者をはじめ周知して行ければと考えています。

平岡もともと、「日本の政府には期待していない」と考えていました。ただ、インボイス制度を通して現政権を見ると、岸田首相からは「なんとしても増税するんだ!」という信念をひしひしと感じます。私もエンタメ業界、ひいては私達の生活を守る、という信念を持って活動していきたいです。

取材協力:VOICTION インボイス制度を憂慮する声優の有志グループ

2022年8月の発足以来国会議員、地方議員への陳情やインボイス制度が業界に与える影響の調査、また問題点を含む制度の周知活動を続けている。
2月24日(金)からはオリジナルで制作した『インボイス制度説明アニメ』全7話をSNSで公開している。
共同代表は声優の咲野俊介、甲斐田裕子、岡本麻弥の三人。
公式サイト:https://voicelessvoice803.wixsite.com/voiction
公式Twitter:@VOICTION

《望月悠木》

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望月悠木

フリーライター 望月悠木

政治経済、社会問題、エンタメに関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。