米Varietyなど複数のメディアが報じたところによると、結論として『To Leslie(原題)』でのアンドレア・ライズボローのノミネートは取り消されないことが決定した。だが、彼女を支援するためのSNSの使用は、映画芸術科学アカデミー(AMPAS)にとって好ましくないものであったようだ。
アカデミーのCEOビル・クレイマー氏は声明の中で、問題視されていたキャンペーン活動について「映画のノミネートを取り消すべきレベルには達していない」と判断したとする一方、SNSを利用した一部の戦術については「懸念が生じた」とし、関係者へ直接対応を行うと説明している。
また、今回の騒動を受けて、今年の授賞式後にはキャンペーン規定の明確化や改定が行われる見通しだ。
一体、何が問題となっていたのか
そもそも、なぜこのノミネートがこれほど大きな議論を呼んだのか。事態はやや複雑だ。
アンドレア・ライズボローは、確かな演技力に裏打ちされた実力派の俳優である。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)での神経質な演技から、カルト的な人気を誇る『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2018)、さらには『ゼロ・ゼロ・ゼロ』(2020)のような冷徹な役柄まで、彼女はその容姿と雰囲気を作品ごとに完全に消し去る「カメレオン女優」として知られる。
今回の『To Leslie』で彼女が演じたのは、宝くじに当選しながらも酒に溺れ、全てを失ったシングルマザーだ。この鬼気迫る演技に俳優仲間たちが反応。エドワード・ノートン、シャーリーズ・セロン、そして同じく主演女優賞候補となったケイト・ブランシェットらが、SNSや授賞式の壇上で彼女の名を挙げ、絶賛したことが「サプライズ選出」の大きな要因となったと言われている。
「草の根」か「ルール違反」か
しかし、Varietyなどの報道によると、今回のライズボロー陣営の草の根活動が、アカデミーが規定する「他作品への言及禁止」や「直接的なロビー活動の制限」に抵触している可能性が指摘されていた。
特に問題視されたのは、公式Instagramアカウント(現在は削除)などのSNS上で、ライバルとなる他の有力候補の実名を挙げて比較するような投稿があった点だ。また、アカデミー会員である俳優たちへ直接的なアプローチがあったかどうかも焦点となっていた。
通常、アカデミー賞のノミネートを獲得するため、スタジオ各社はキャンペーンに巨額の予算を投じる。ロサンゼルスの街中を埋め尽くすビルボード(看板)、業界紙への全面広告、専門のコンサルタント料など、その額は1作品あたり1000万ドル(約13億円)を下らないとも言われる。
実際、この時期の街中は大手スタジオや配信会社の作品の看板で埋め尽くされる。対して、興行収入わずか2万7,000ドル程度の低予算映画『To Leslie』には、そのようなキャンペーンに費やせる予算はない。だからこそ、SNSと口コミを駆使した「低コスト戦術」が展開されたわけだが、これが既存のルール(攻撃的な戦術の禁止)との境界線上で摩擦を生んだ。
問われる「賞レースのあり方」
クレイマーCEOは今回の声明で「アカデミーは、対象となる映画や業績の芸術的・技術的な長所のみに基づいて投票が行われるような環境づくりに努めている」と強調した。
過去には、2014年に歌曲賞にノミネートされた『Alone Yet Not Alone』の主題歌が、作曲家による会員への不適切なメール勧誘を理由にノミネートを取り消された事例がある。今回、ライズボローのノミネート維持が決まったことは、本人のパフォーマンスそのものに対する評価と、組織的な不正までは認められなかったという判断の結果だろう。
今回の騒動は、単なるルールの抵触問題を超え、ソーシャルメディア時代の「新しい選挙運動」をどう定義するか、そして映画賞における「資本の力」と「純粋な評価」のバランスをどう取るかという、極めて現代的な難題を突きつけたと言える。
Sources:Variety、IndieWire

