仏最大の日本映画祭「KINOTAYO」が“今”の日本を映す理由。ヌシャ・サン=マルタン会長が語る未来と役所広司秘話

フランスの日本映画祭で最大かつ唯一の独立系映画祭として、確固たる地位を築いているKINOTAYOはどんな映画祭で、どんな人々が運営しているのか、映画祭を率いる協会会長兼総括部長のヌシャ・サン=マルタン氏に話を聞いた。

グローバル ヨーロッパ
下段左がヌシャ・サン=マルタン会長
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2006年の創設から約20年、フランスの日本映画祭で最大かつ唯一の独立系映画祭として、確固たる地位を築いている「KINOTAYO(キノタヨ)現代日本映画祭」は、黒澤明や小津安二郎といった巨匠だけでなく、”今”を生きる日本の姿を映し出す作品をフランスの観客に届け続けている。パリでの上映では約7000人を動員し、その数は近年増加傾向にあるという。

KINOTAYOはどんな映画祭で、どんな人々が運営しているのか、映画祭を率いる協会会長兼総括部長のヌシャ・サン=マルタン氏に話を聞いた。


なぜ「現代」の日本映画なのか

KINOTAYO映画祭はNPO団体「KINOTAYO現代日本映画祭」によって運営されており、その多くはボランティアスタッフだ。サン=マルタン氏は2018年に作品選考委員会に参加、2023年より運営を統括し、昨年会長に就任したそうで、メンバーの中には10年以上活動を続けている者もいるという。

KINOTAYO映画祭は、2006年にパリ近郊のヴァル・ドワーズ県で産声を上げた。この地は、ヨーロッパのハブであるシャルル・ド・ゴール空港を擁し、多くの日本企業も進出しており、日仏交流の玄関口となる土地だ。このユニークな土壌を背景に、県の支援を受けて映画祭はスタートしたという。

作品選定の基準は現代の日本映画であることと、作品のクオリティに加え、できるだけバラエティに富んだ作品を紹介することだそうだ。特にコンペティション部門では、製作から18か月以内の作品で、フランス未公開であるこが条件となっている。毎年200本近い日本映画を鑑賞して、スタッフと議論を重ねて選定するという。

サン=マルタン氏は、KINOTAYO映画祭が、現代の日本映画にこだわる理由をこう語る。

「私たちは、映画は社会との接点だと考えています。すでに世界的に評価の定まった巨匠の作品だけでなく、現代の日本社会が抱える問題や日常を、今の監督たちがどう見つめているのかをフランスの観客に届けたいのです。例えば、今年の作品には人々の“孤立”というテーマが浮かび上がってきました。これは日本だけでなく、フランスも共有する現代的な課題です。日本映画を通して、同じ問題に対する異なる視点を提供し、文化的な対話を深めること。それがKINOTAYOの最も重要な使命の一つです」

日本映画がフランスで愛される理由

フランスは日本映画にとって重要な市場だ。アニメーション映画はもちろん、深田晃司監督や濱口竜介監督など、映画祭をにぎわせる名監督の作品の他、近年では『碁盤斬り』といった時代劇もヒットしている。

なぜ、フランス人は日本映画を愛するのか、その理由についてサン=マルタン氏は、フランスには幼い頃から映画に親しむ教育があり、文化の土壌が根付いていること、その中で日本とフランスには通底する「美意識」や「価値観」があると語る。また多くのフランス人は、子供の頃に日本のアニメを見て育ってきた原体験を持つので、日本文化への親近感を抱いているという。

さらに、漫画や和食など日本文化全体への関心が高まっていることも、映画人気を後押ししているという。「日本への観光客も増えていますが、距離や費用の問題で誰もが日本へ行けるわけではありません。映画は、そうした人々にとって、日本を深く体験できる“イマーシブな旅”でもあるのです」とサン=マルタン氏は言う。

欧州進出の玄関口

KINOTAYO映画祭は、単に映画を上映するだけでなく、日本映画がヨーロッパ市場へ進出するための玄関口としての役割を担う。

実際に、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』は、同映画祭で上映後すぐにフランスでの配給が決まり、深田晃司監督は、KINOTAYO映画祭で新人賞を受賞したことが海外で評価される最初のきっかけとなっただけでなく、同映画祭は彼の作品を初めて選出した海外の映画祭でもあった。観客の投票で決まる最高賞「ソレイユ・ドール(金の太陽)」を受賞した『カメラを止めるな!』や『浅田家!』がフランスで大ヒットを記録したことも、この映画祭が持つ影響力を証明していると言える。(参照

日本映画にとっての重要な玄関口を担う同映画祭だからこそ、日本映画がヨーロッパでさらに存在感を高めていくための課題も見えてくる。サン=マルタン氏は公的な支援の拡充と、市場に合わせたプロモーション戦略、そして、権利関係の整理が課題と語る。

「フランスでは国の支援があるからこそ、インディペンデントな作品も観客に届けることができます。是枝裕和監督や濱口監督も訴えているように、文化庁の予算を増やすなど、制作者を支える仕組みがより一層重要になるでしょう。

次に、市場に合わせたプロモーション戦略です。日本やアジアでは俳優のキャスティングが重視されがちですが、フランスでは監督の視点やアート性がより高く評価されます。それぞれの市場の特性を理解し、アプローチを柔軟に変えていく必要があります。

そして、非常に重要なのが、海外上映に関する権利関係の整理です。特にクラシック作品においては、日本国内の権利元は判明していても、海外での上映権を管理する会社や担当者の情報が不明確な場合が少なくありません。そのため、上映したくても連絡が取れず実現できないケースもあります。黒澤明監督のような巨匠の作品でさえ、そのような問題に直面することがあります。世界中のファンが日本の優れた映画遺産にアクセスできるよう、権利情報を一元化し、窓口を明確にすることが急務だと感じています」

役所広司の人柄に感動

数々の監督や俳優をフランスに招聘してきた中で、サン=マルタン氏の心に最も深く刻まれたのは、2024年にゲストとして訪れた俳優の役所広司との出会いだったという。

「スクリーンを通して素晴らしい俳優であることはもちろん知っていましたが、実際にお会いした役所さんは、想像をはるかに超えて親切で、ユーモアにあふれた方でした」とサン=マルタン氏は顔をほころばせる。「偉大なスターでありながら、決して驕ることなく、誰にでも真摯に接する姿に、私だけでなくチームの誰もが、そして観客の皆さんも深く感動しました」

今年のKINOTAYO映画祭は、11月21日から12月13日の日程でパリからスタートし、その後地方を巡回する予定だ。

公式サイト:https://kinotayo.fr/jp

《杉本穂高》
杉本穂高

Branc編集長 杉本穂高

Branc編集長(二代目)。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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