【レポ】映画業界の働き方改革:フランスに学ぶ契約と労働環境のあり方

オンライン講座「映画スタッフ・監督の契約事情~フランス映画界の事例紹介~」が開催。フランスでの監督経験を持つ黒沢清監督らが、同国の契約書のあり方を紹介した。

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2024年11月からフリーランス新法が施行され、フリーランスと事業者間の適正化が法令化された。

映画業界においてはスタッフが契約書を交わさない慣習が長年課題となっており、新法への対応が求められている。そのためには事業者とフリーランススタッフ双方が契約書に関する認識・重要性を向上させることが必要だ。

そんな中、文化庁は一般社団法人Japanese Film Projectと協力して、映画スタッフ向けの契約レッスンの研修会を実施。その一環としてオンライン講座「映画スタッフ・監督の契約事情~フランス映画界の事例紹介~」を開催した。フランスは映画スタッフをはじめクリエイターの保護施策が手厚いと言われるがその礎となる契約書は、どのような慣行になっているのか?同国でメイクアップアーティストとして働く岡悠美子氏、フランスで長編映画2本を監督した経験を持つ黒沢清氏、在仏映画ジャーナリストの林瑞絵氏が登壇し、同国の契約書のあり方を紹介した。

フランスではエキストラも労働者として保護される

まず林氏がフランス映画の雇用制度について説明した。フランスと日本では、そもそも雇用の考え方が異なるという。フランスの雇用契約は、基本に従属関係の概念があり、被雇用者は、雇用主の指揮や監督、制裁を受ける従属の状態にあり明確なヒエラルキーがある。こうした雇用関係を結ぶ場合は契約書の作成が必須となっている。映画スタッフは被雇用者となり、労働協約の下、雇用契約を結ぶことになるとのこと。

林瑞絵氏

フランスでは、エキストラでさえこの雇用関係の契約書を交わす。林氏もエキストラの経験があるそうで、その明細書もみせてくれた。そこには分担金や社会保障費や労災、年金でいくら引かれるかの記載もあり、権利がきちんと保護されている。

これに対して独立事業者という立場があるが、社会保険制度においての独立事業者は映画業界では少ない。

フランスにはアンテルミタン制度というものがある。これは、芸術分野の不定期労働者が年間507時間以上働くと、仕事のない時も手当がもらえる制度だ。利用者は31万2,000人だという。この制度は世界的にも珍しく、芸術関係に従事する労働者は、構想や企画開発の時間を作れるし、パフォーマーは稽古などに専念する時間を作れる。映画関係者ならほぼ登録可能となっており、この制度で得られる賃金は一日平均56ユーロ(日本円で約9,000円)だ。

次に、実際のフランス映画界の契約事情が紹介された。契約書は主に2種類ある。労働法典・労働協約に基づく雇用契約書と、知的所有権法典に基づく契約書だ。後者は、脚本家や監督、字幕翻訳者など、著作権等の権利が発生する労働者のための契約書となる。

フランス国立映画映像センター(CNC)では「映画と視聴覚の登録簿」というコーナーを公式サイトに有しており、個々の契約や訴訟記録などが閲覧可能なデータベースや、映画の戸籍と称するサイト「映画と視聴覚の登録簿」で個々の作品の契約や訴訟記録が見られるデータベースを無料公開。透明性を確保している。

フランスの労働協約とは労働法典を補完する存在で、様々な業界の特有の条件などを考慮して作成されており、650種類もあるそうだ。雇用者と被雇用者の間で交わされる労働条件や労使関係のルールを定めた文書で、映画産業も独自の協約があり、それに基づき契約書を作成している。この協約は1950年に誕生し、現在は2012年版を修正しながら用いているとのこと。

協約の内容は、監督や脚本家などの職業の定義、労働時間、休憩、休日の規定などがある。フランスでは一週間の労働時間は最大48時間、週休2日、1日8時間の撮影時間などが定められている。準備に時間のかかる特定の技術者などは別途の時間設定が設けられているものもある。また、翌日の撮影開始まで最低11時間の間隔を空けねばならず、6日を超える連続就労は禁止されている。

賃金は職種ごとに最低賃金が設定され、夜間や休日の労働には別途手当がつく。食事の規定や、差別やハラスメントに関する条項も定められている。2021年からは、助成金を獲得するために性暴力予防の研修が必須となっているとのことで、近年は制度的にもハラスメント対応を強化しているようだ。

こうした厳格な協約があっても契約書が交わされていないという相談が労働組合に届くこともあり、それなりに課題はあるが一定の強制力を持っているものだという。

黒沢監督と岡氏の現場体験談

黒沢監督は、実体験から日仏の映画制作を語った。監督と脚本の立場から見えることには限りがあるので、契約の全てはわからないとしつつ、監督業としては日本とフランスに大きな違いはないと語る。監督の仕事は基本的にプロデューサーとの信頼関係で仕事をするし、日本でも契約書は作られる。一方で、日本では撮影後にサインすることもあるという。

黒沢清監督

フランスは、50ページ近くある契約書が撮影の数日前に届くこともあるそうだ。中身については「信頼してくれ」と言われてサインしたそうで、詳細に中身を検討するような知識や時間がないのが実態だったようだ。フランスでも日本でも、契約書を結ぶことは多いが、あくまで信頼関係が仕事の土台になっている点は同じであるとした。

撮影現場の環境については、フランスの「デラックスなランチ」が良いと挙げた。そして、メインスタッフが早めにランチを切り上げて仕事に戻っても、助手はゆっくりと食事していても許されるなど、自由である点が気持ちよかったと語る。日本の文化的にこれは導入が難しいとも黒沢監督は言う。

監督や演出部の違いについては、どちらの国でも監督のビジョンを全力で実現する姿勢に変わりないとしつつ、日本のような上下関係は少なく、プライベートの時間も尊重されている環境だそうだ。また、日本の現場では重要とされる衣装合わせがフランスではないという。日本ではあらゆるスタッフと出演者が一堂に会する儀式のようになっているが、フランスでは俳優と衣装部で決めて監督が承諾するだけ。これは俳優にとってもやりやすいと、日本人俳優から意見が出たそうだ。またロケ撮影について、地方ロケに行った時には豪華なトイレ付きのバスを用意してもらえたとのこと。

黒沢監督は、適正な労働環境が映画の質にどう影響するかとの問いに、作品の質の前に、いち社会人なのだから就労条件を遵守するのは当たり前のことだと語る。日本でそれが守られないのは、撮影所が一般社会と異なる常識を持った組織を作り上げ、それに対して特別だという感覚を持っていることが悪い方向に出た結果だと考えているようだ。現在は、業界全体が真っ当に社会人として映画作りをしないと生き残れないと、ようやく認識し始めている段階という。

岡氏は、実際にフランス映画界でメイクアップアーティストとして活動している体験を語った。フランスの撮影現場は時間管理が厳しいという。入りの時間から昼食時間、残業も勝手にはできない。入り時間は、前日に演出部と話して決めるとのこと。勝手に早く現場に来たとしても、仕事はできないそうだ。これは残業が発生すればその分、賃金の支払いが増えるためだ。

岡悠美子氏

岡氏は、契約書の内容やあり方について現場の詳しい人に聞いて教わったという。またハラスメント対策について、日々のスケジュール表に相談窓口の連絡先が記載されるようになり、ここ数年意識が高くなっていると言う。

また質疑応答の中で、フランスでは企画段階で契約書を交わすことは可能かについて質問があり、黒沢監督は、日本ではプロット構想段階ではタダ働きで、脚本執筆時には口約束で若干の支払いがあると答えた。

契約書の読み方や内容について、フランスでは大学で教えているかの質問に対して、林氏は授業で扱われていないが、国立大学に労働組合が出張して話をすることはあるという。

話は制作部の違いにうつる。岡氏によると、フランスではロケ現場の近くに制作本部を設置することが普通だそうだ。黒沢監督もそれは経験しているようで、日本では制作本部は東京の事務所だが、フランスではロケ現場のすぐ近くにあり、演出部はよくそこに言って色々と相談しているようだ。

この現場に設置する制作本部が、スケジュール管理を徹底しているようで、勝手に残業できないようにスタッフの労働時間を厳格に管理する仕組みになっているようだ。一方で現場の感覚では時間に縛られずに仕事を楽しんでいる雰囲気に満ちているという。

最後に林氏は、フランスには芸術を守るという大義があり、仕組みでは現実主義的な面もありバランスが良く取れていると話す。全てを日本に導入できるわけではないが、参考になることは多いという。また、黒沢監督は、日本もフランスも困難な撮影があって時間が押すことがあっても、それを達成した時にはみんな喜びを感じるといい、監督がどう上手くやるのかがどちらでも問われると話す。仕事の喜びがまず先にあって、労働だから契約も重要だという順番で考えることが映画にとって一番良いと語り、セッションを終えた。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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