『セクシー田中さん』報告書問題。ドラマ現場の過酷な労働実態がコミュニケーションを阻害した可能性

『セクシー田中さん』の一件について、日本テレビと小学館双方から調査報告書が出された。各報告書からやり取りの相違が何カ月にも渡って続いていたことが明らかになったが、本件は長らく続いてきたテレビ局の事業モデルそのものに関わる問題とも言えるはずだ。

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『セクシー田中さん』報告書問題。ドラマ現場の過酷な労働実態がコミュニケーションを阻害した可能性
Photo by Tim Mossholder 『セクシー田中さん』報告書問題。ドラマ現場の過酷な労働実態がコミュニケーションを阻害した可能性

原作者の芦原妃名子氏の死という痛ましい事件を起こしたテレビドラマ『セクシー田中さん』の調査報告書が、日本テレビと小学館双方から出された。

各報告書には、双方から本ドラマ制作過程のやりとりがつぶさに明かされており、噛み合わないやり取りが何カ月にも渡って続いていたことが察せる。

この報告書をめぐって様々な言及がされているが、ここでは犯人捜しはしない。もはや事態は個人の誰かを責めればいいという次元にはないように思えるからだ。

この事件は、長らく続いてきたテレビ局の事業モデルそのものに関わる問題だ。これまで現場に無理を強いてきた日本のテレビ番組の制作体制が限界にきているということでもあり、事業モデルの転換を図らねば根本的な解決は難しいと思える。

極端に短い制作期間は「普通」だった

日本テレビと小学館、双方の報告書は『セクシー田中さん』のドラマ化決定の交渉がなされた時から、番組放送後の芦原さんの自死にいたるまで、関係者がどのようなやり取りをしていたかの報告に大部分を割いている。そこから見えてくるのは大きなコミュニケーションの齟齬である。

まず、日本テレビ側は本ドラマの制作の承諾が小学館から得られ、制作が開始されたのは2023年3月と認識していると書かれている。しかし小学館側は、ドラマ制作の本許諾は2023年6月であると認識しており、ドラマの制作開始時期の認識からして3カ月もずれがあるのだ。

このようなずれが制作過程の各所に見られるが、本稿では別のポイントに注目したい。それは、本ドラマの放送開始は2023年10月であり、日本テレビ側の認識では制作決定から6カ月、小学館側の認識ではわずか3カ月しかなかったという、あまりにもタイトなスケジュールだ。

本ドラマは全10話構成、1時間番組のテレビドラマはCMなどを除くと実質45分前後の長さで、全450分の作品をこのわずかな準備期間で制作・放送したことになる。映画なら3,4本に相当する長さだ。この制作期間の短さは、「結果からみると、本件ドラマを制作する上では、この期間では足りていなかった可能性がある」と日本テレビの報告書でも指摘されている。

しかし、同時にこの制作期間はテレビドラマの制作期間として特別に短かったわけではないとも指摘されていることに注目すべきだ。日本テレビの報告書公表版の73ページ目には、「ヒアリングによれば、本件ドラマの制作スケジュールは、日本テレビにおける他のドラマ制作と比較して、特段スケジュールが短かったということはなかった」と記されている。このスケジュール感は日本テレビのドラマ制作において「普通」のことなのだ。

だが、同時に現場プロデューサーのヒアリング結果が引用されている。ドラマプロデューサーの約75%が制作期間が足りないと回答し、準備期間が足りないためにトラブルを経験したことがあると回答したのは60%を超えたという。

つまり、制作スケジュールが短すぎるせいで、しょっちゅうトラブルが起きている可能性が高い。

自由回答欄には「打ち合わせの時間がとれない、無理なスケジュールで体調を崩す人が出てくる、納得のいく内容にならない、突発が起きたときの対応が難しい」という声が紹介されている。打ち合わせの時間がとれなければ、円滑なコミュニケーションはできないし、トラブルが起きても対応は後手に回る。これらはほとんど、『セクシー田中さん』の現場で起きていたことのように思える。

例えば、日本テレビ側の担当プロデューサーが、撮影前のシーンをすでに撮影済みだと小学館サイドに虚偽の説明をしたと日本テレビの報告書によって明らかになっているが、これは芦原氏に対して悪意を持ってなされたというより、差し迫ったスケジュールをこれ以上圧迫するわけにはいかないという、追い詰められた心理で生じたのではないか。

この対応は社会人として、当然やってはならないものであるが、報告書が指摘する「撮影スケジュールの進行やキャスト・スタッフ等の負担を気にした」当該プロデューサーの心情は、どのような環境下で発生したのかも考えなくてはならない。端的に、もっとスケジュールに余裕があれば、そんなウソをつく必要はなかったはずだ。

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《杉本穂高》

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映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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