「集英社が一番チャレンジをしていくべき」元ジャンプマンガ編集者がイマーシブイベント「マンガダイブ」を立ち上げた理由

集英社が仕掛ける体験型のイベント「マンガダイブ」。イマーシブ空間にマンガを展開する新しい試みは、どのように生まれ、どのような狙いがあるのか?集英社XRの代表を務める稲生晋之(いなき・しんじ)氏に話を聞いた。

ビジネス 企業動向
「集英社が一番チャレンジをしていくべき」元ジャンプマンガ編集者がイマーシブイベント「マンガダイブ」を立ち上げた理由
©遠藤達哉/集英社 ©SHUEISHA 「集英社が一番チャレンジをしていくべき」元ジャンプマンガ編集者がイマーシブイベント「マンガダイブ」を立ち上げた理由
  • 「集英社が一番チャレンジをしていくべき」元ジャンプマンガ編集者がイマーシブイベント「マンガダイブ」を立ち上げた理由
  • 「マンガダイブ」
  • 「マンガダイブ」
  • 「マンガダイブ」
  • 「マンガダイブ」
  • 「マンガダイブ」
  • 「マンガダイブ」
  • 「マンガダイブ」

集英社が仕掛ける体験型のイベント「マンガダイブ」が開催中だ。

マンガダイブとは、最先端のテクノロジーを駆使し、床を含めた5面に映像を配置し360度でマンガの世界を展開する没入型イベント。マンガにダイブするというその名の通り、誌面で展開されてきた作品の世界に没入させるように、立体空間にマンガを展開する新しい試みだ。

本イベントを運営するのは、集英社の新規事業開発部門から誕生した通称「集英社XR」。マンガコンテンツとXRテクノロジーを掛け合わせて、これまでになかった新たなエンターテインメントを創出することを目指している。同チームの代表を務める稲生晋之(いなき・しんじ)氏に、マンガダイブのこだわりと狙いについて話を聞いた。

集英社XR 稲生晋之(いなき・しんじ)氏。

大きなレベニューはマンガの周辺にどんどん広がっている

『SPY×FAMILY』キャラクターダイブエリア。©SHUEISHA ©遠藤達哉/集英社

――集英社XRという新規事業はどのような経緯で立ち上がったのですか。

新規事業開発部は、マンガをはじめとして集英社のメディア・コンテンツを使ってどんなビジネスやサービスを創出しようかを考える部署です。少年ジャンプ・ヤングジャンプなどのジャンプグループは常にヒット作を出していけるスタッフ・体制が整っていますし、出版社としては良作のマンガを世に送り出すこと自体ブレないのですが、マンガが生み出すベネフィット、レベニューが周辺のアニメやゲーム、イベントなどにどんどん広がっていく中で、集英社としてもそこにできるだけコミットしていく必要があると感じています。それに、縦マンガ市場が韓国を中心に世界中で急成長している中、これからも日本では横開きのマンガも作っていくわけですから、マンガの届け方も工夫していかないといけません。

そんな時、IngressやポケモンGOを活用したイベントの流れでNianticの方と出会いました。何か一緒にできないでしょうかという話を始めたのが3年ほど前で、実際に一緒にやるなら、きちんとした受け皿が必要だということで現在の部署を立ち上げて今に至ります。

――Nianticとの取り組みに目をつけるあたり、稲生さんは、昔からテクノロジーに明るい方だったのですか。

いえ全然(笑)。今でも先端技術はわかっていないことが多く、「わからないことはすぐ質問する」を心がけています。

僕は、キャリアとしては20数年前、少年ジャンプ編集から始まり、その後、青年マンガ編集を経て新雑誌を立ち上げたりして、マンガを作り続けてきました。その後、ライセンスの事業部に移り、映像化や商品化の交渉業務に携わり、パイの大きい市場のリアクションとかを手ごたえとして触れることができました。

また2018年には、週刊少年ジャンプ50周年のプロジェクトの中で色々なコラボレーションをやらせていただきましたが、ユニクロさんとのマンガコラボUTが海外でとても人気になった際、マンガをもとにした商品市場やマンガに触れる機会、イベントなどが世界でとても不足しているのを実感しました。グローバル目線で新規事業を色々と考えるうえで、この「マンガに触れる機会の不足」はひとつの考察軸になっています。

マンガダイブ作りとマンガ編集は似ている

――マンガダイブはある種のリアルイベントですが、こういうイベントに出版社は大抵、版元として「監修」という立場に留まることが多いですよね。しかし、マンガダイブは集英社が「主催」しています。先ほどのマンガ周辺に大きなビジネスの山があるという考え方で言えば、間に別会社が入るより、自社でやる方が利益を最大化できるということでしょうか。

利益うんぬんよりも、一番チャレンジングなことができるのは集英社だと思っているからです。

なにか新しいことを始める時には失敗もつきものだし、それを考えるとアニメのライセンシーさんよりも版元の集英社の方がアクセルを踏み込みやすいのでは?と思っています。作家さんに対しても、作品を広げていくという責任を一番強く持っていなければならないのも集英社だと思っていますので。

――マンガダイブに関して、作家さんから実際にはどんな反応がありますか。

とても好意的にご理解いただいています。マンガは作家さんによって1ページごとに完成されているものですが、マンガダイブは完成されている「そこ」からコマや絵を抜き出していきます。この作業には、メリットとデメリットがありまして、マンガにはできない空間表現や時間の描き方、大胆な演出などができる一方、作家さんが組み上げた完璧なものをどうしても一度解体する必要があるので、若干の違和感が生じる可能性があるんです。この違和感の可能性をチャレンジの中で認めていただかないといけない。平面的なマンガを立体的に時間的に演出を加えていく。マンガダイブは大きな可能性を秘めていますが、これっていう芯を食う「正解」も正直、なかなかない。作者さんからのご理解と応援は大変助かっています。

――静止画であるマンガを立体空間にどう置き直すのか、そのセオリーはまだ存在しないわけですね。

きっと、正解は読者一人ひとりの頭の中にあるんです。マンガは読んでいる時に、絵そのものは動いていないけど、読者の中では物語は動いている、その世界は「生きている」。作家さんはそういう感覚をできるだけ演出したいと思ってマンガを描いていますし、読者の皆さんはそれを楽しんでいる。マンガダイブの正解は読者の数ほど無数にあるわけですから、その読書体験を豊かに追体験できるところへと到達できれば、それが僕らの正解だと思っています。

――実際にあの空間を作るにあたって、どんなことに気を付けていますか。

過度に演出しすぎないことですね。5面も使えるから、やろうと思えば色々できるんですけど、やりたいからやる、ではファンのもっている作品観に対して「制作サイドの押し付け」になってしまうと思っていて。例えば、床や後ろの音を走らせて視線誘導するとかもできますし、3D空間をゴリゴリ作ることもできますが、過度に自己満足になってしまうようなものはやらないようにしています。

マンガでも大事なことは「テーマ設定」で、「誰の何をどのように見せたいのか」を明確にすることです。映像を構築する実作業の時間が当然一番長く、手間暇を加えますが、重要度としてはテーマをしっかり絞り込んでいくことが一番大切です。

これは、編集者が作家さんと一緒にマンガを作る作業と同じだと思います。作家さんとマンガの打ち合せをする時、「テーマやメッセージ」をしっかり決めて目線を合わせていくんですね。マンガづくりの作業とマンガダイブの制作作業はすごく似ているんです。

――そのノウハウはマンガを作ってきた集英社ならですね。

それがマンガダイブ制作を集英社自らで手掛ける一番の意味だと思います。マンガを作る際のノウハウは、マンガダイブで感動を生み出すことに活かせるので、マンガダイブのようなマンガ由来のサービスをやるなら我々がやる意義があると思うんです。

――マンガとイマーシブコンテンツの相性について、現時点ではどんな感想を持っていますか。

マンガはそれぞれの作品で違うものだから、そこにイマーシブという手法を合わせる時、その掛け合わせの選択肢は無限にあるはずです。ただ、没入感が出ればそれでいいんだという短絡的な考えは危険で、一定のフォーマットができてしまうのも良くない。むしろ、可変式でどんどん形を変えていけるのが、本来の体験型のエンターテインメントが目指すべき方向だと思います。たとえば『【推しの子】』の時は、マンガをチーフにした3Dモデルと楽曲、声優さんのご協力を得て仮想ライブ空間を作りましたし、作品ごとに色々な手法があるはずです。

【推しの子】ストーリーダイブ応援上映のようす。©SHUEISHA ©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社

本当に毎回手探りですから、ご来場いただいた方々がどんなことを感じたのか、できるだけ現場に行ってくみ取るようにしています。現地に自由に書ける大きなメッセージボードを設置しているんですが、イラスト付きのメッセージをたくさん寄せていただいています。

『【推しの子】』の時は小さい子どもが大人には描けない足元の位置に星野アイちゃんやB小町を描いてくれて、このメッセージボードは読者の熱量みたいなものが形になっていることを感じました。ファンの方たちも、自身以外のほかのファンの思いや熱量も体験できて本当に良い空間になっているなと思います。編集者のはしくれとしてもイベントをやって良かったって思いますし、スタッフ一同に最高の栄養になっています。

【推しの子】のメッセージボード。©SHUEISHA ©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社

海外でもマンガダイブを展開したい

――マンガダイブは海外からのインバウンド需要も見込んでいるのですか。

今もたくさん海外から来てくれています。日本でも去年あたりからイマーシブという言葉が流行り出していますが、欧米では5、6年前から絵画や美術のイマーシブイベントが行われていますし、アジアの人も含めて海外の方のデジタル系イベントに対するアンテナの強さを感じています。マンガダイブはそれをマンガというものを用いてやるので、ストーリーとキャラクターで既成のイベントとは一線を画したい、海外のものとは異なるプラスアルファができるんじゃないかと思っています。そして、ふきだしを読まないとわからないものにせず、できるだけノンバーバルな構成にしたいと思っています。

『SPY×FAMILY』ストーリーダイブエリア。©SHUEISHA ©遠藤達哉/集英社

――今後、集英社XRとして取り組んでいきたいことはありますか。

マンガの魅力をできるだけ広く伝えていくのも僕らのミッションなので、マンガダイブで言えば、海外にどんどん出ていきたいと思っています。海外の読者のことは現地の出版社などに比べると僕らにはわからないことがたくさんあります。そこをきっちり自分たちが理解していかないと出版社の将来につながりません。その国ごとにあったスタイルでマンガダイブを展開していったり、現地のクリエイターさんと協力したりということをやっていきたいですね。その国のクリエイター経由でそのマンガを知る人も出てくるでしょうし、それだけタッチポイントも増えます。そういう機会をできるだけ増やすためにマンガダイブ含め、XR事業を活用していきたいです。

「マンガダイブ2024 NIHONBASHI」開催概要

  • 会場:室町三井ホール&カンファレンス

  • 期間:2月21日~3月24日『SPY×FAMILY』THE WORLD OF DOUBLE LIVES

  • 住所:東京都中央区日本橋室町三丁目2番1号 COREDO室町テラス3階

  • チケット料金:
    グッズ付き限定チケット:一般2,000円、高校生1,700円、中学生1,200円
    通常チケット:一般1,600円、高校生1,300円、中学生800円、小学生500円、未就学児無料※すべて税込

  • 主催・企画・制作:集英社XR

  • 企画展詳細およびチケット購入はマンガダイブ公式サイトまで

《杉本穂高》

関連タグ

杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

編集部おすすめの記事