『悪は存在しない』濱口竜介監督がヴェネチア凱旋会見「黒澤明監督と比べてもらうのは申し訳ない気持ち」

第80回ヴェネチア国際映画祭で審査員大賞(銀獅子賞)と国際批評家連盟賞、映画企業特別賞、人・職場・環境賞を受賞した『悪は存在しない』の凱旋記者会見が、9月12日外国特派員協会で開催され、濱口竜介監督と主演の大美賀均さんが出席。受賞の歓びを語った。

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『悪は存在しない』凱旋記者会見
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第80回ヴェネチア国際映画祭で審査員大賞(銀獅子賞)と国際批評家連盟賞、映画企業特別賞、人・職場・環境賞を受賞した『悪は存在しない』の凱旋記者会見が、9月12日(火)外国特派員協会で開催され、濱口竜介監督と主演の大美賀均さんが出席。受賞の歓びを語った。

濱口竜介監督は、2021年『偶然と想像』でベルリン国際映画祭にて審査員グランプリ(銀熊賞)を受賞、同年のカンヌ国際映画祭でも『ドライブ・マイ・カー』で日本映画初となる脚本賞と国際批評家連盟賞を受賞。翌年には同作が米国アカデミー賞国際長編映画賞を受賞している。そして、今回世界で最も古い歴史を持つ国際映画祭であるヴェネチアでも主要賞を獲得。3大映画祭とアカデミー賞をわずか3年の間で制覇することとなった。これは、日本映画の歴史において黒澤明監督以来の偉業だ。

『悪は存在しない』は、『ドライブ・マイ・カー』でも音楽を担当した石橋英子さんと濱口監督の共同企画。はじまりは、石橋さんがライブパフォーマンス用の映像制作を濱口監督に依頼したことから始まった。当初はライブ用の映像だけを制作する予定が紆余曲折を経て106分の長編映画として完成。本映画と共通の映像素材から制作された音楽ライブ用映像『GIFT(ギフト)』は、10月にベルギーのゲント国際映画祭で披露される予定だ。

(c)2023 NEOPA / Fictive

会見では、冒頭に濱口監督から石橋さんの受賞コメントが読みあげられた。石橋さんは、「ライブ用の映像をお願いしたことで始まった企画だが、濱口さんやスタッフ・キャスト、地元の方々の尽力で素晴らしいものになった、映画を作り上げるプロセス自体がかけがえのないものだった。すでに世界の映画祭で賞賛されている濱口さんが、何もないところから新しいチャレンジをすることは大変なことだと思う。プロデューサーの高田さんはじめスタッフ・キャストのみなさんの努力も尋常でなかったと思う。賞をいただけたことは、今まで以上に地道に仕事をしろということだと受け止めている。この受賞は、音楽家として新しいことに踏み出す力をくれた」とコメント。

濱口監督はこれを受けて、「ほとんど付け加えることがないくらい素晴らしいコメント。何もないところから始めた企画がこうして認められたので、今後も地道にやっていきたい」と述べた。合わせて、共同企画者で発案者でもある石橋さんに対して、「彼女の音楽が導き手になって今までにない映画作りが出来た。不確かな旅に付き合ってくれたスタッフたちにも感謝したい。主演の大美賀均さんは当初スタッフとして参加予定だったが、主演の大役を見事に果たしてくれた。また、ロケ地で協力してくれた地元の方々にも感謝申し上げたい」と石橋さん始めスタッフと地元の協力者たちへのねぎらいの言葉を語った。

大美賀さんは本作にスタッフとして参加予定で、シナリオハンティングの時にはドライバーとして同行したそうだが、その流れで出演することになったという。演技経験はほとんどないにもかかわらず、芝居ができたのはスタッフ・キャストと現地の方の協力あってこそだと感謝の言葉を述べた。さらに、この現場に参加した録音の松野泉さんが「まれに見るご褒美のような現場」という言葉を紹介して、大美賀さんもその言葉に心から同意するとのこと。

会見は記者からの質問に答える形で続いた。石橋さんの音楽の中に具体的なストーリーがあったのか、それとも監督自身の社会に対する問題意識の現れかとの問いに、濱口監督は「2年前に、なんでもいいのでライブ用の映像を作ってほしいと依頼された。1年ほど議論を重ねて物語があれば本当になんでもいいということがわかってきた。しかし、自由すぎるのも難しいので、石橋さんの音楽が生まれる場所で撮るのがいいと考えた。長野には豊かな自然があってそれが最初の題材になったが、人間と自然がどう関わるのか取材を重ね、映画に描いたことと同じような出来事があったと聞き、現代的な話だと感じてこの題材に決めた。撮影は今年の2月から3月まで実施。編集した映像に石橋さんが音楽をつけた。音楽と映像を具体的にやりとりしながら、まるで音楽のセッションのような作り方だったので、自分にとって得難い経験になった」と製作過程を振り返った。

(c)2023 NEOPA / Fictive

続く質問では、3年で3大映画祭とアカデミー賞を制覇し、黒澤明監督と並んだことと、『ドライブ・マイ・カー』の時にしばらく休みたいと言っていたことについて聞かれ、「今回の企画を進めることは休むことに等しかった。(アウトプットばかりではなく)インプットできる制作が必要でこれが回復のプロセスになった。ただ、この映画の内容自体は癒しがある内容ではない(笑)。黒澤明監督と比較していただくのは、正直言って申し訳ない気持ち。黒澤監督は、パルム・ドールなど最高賞も受賞しているし、(自分とは)スケールが違う」と巨匠と比べられることに恐縮している様子だった。

続いて、地道にやっていくという点について、東京藝術大学 大学院映像研究科での学びや、世界から何が評価されていると思うかについて質問があった。濱口監督は、「あの大学院は小さな撮影所を作るという意識で設立されたもの。自分たちは(撮影所システムが健在だった)日本映画の黄金時代から遠く隔たった時代を生きているが、今回の撮影監督の北川喜雄や録音の松野泉など同じ大学院で実習した間柄でもある。(評価されているのは)あの大学院の理念が実を結んだのかなとも思う」と教育機関の功績を振り返った。

一方で、「あの大学院ではインディペンデント映画の作り方を商業映画にいかにつなげるかを教わった。昔の日本映画よりも小さい規模で制作しているので、黒澤映画のような観た瞬間に圧倒されるようなものは自分には作れない。しかし、オルタナティブな作り方がある、そういうものに賭けるような気持ちで評価してもらっているのだと思う」と語った。

最後に、今後海外のクリエイターと映画制作をしたいと思うかとの質問に、「海外とのコラボは興味あるが、こればかりは信頼できる人、自分をどこかに連れていってくれるような感覚を持った人に出会えるかどうかが全て。そういう人と出会えれば海外でも映画を作るだろうが、そう簡単に出会えるものではない」と海外制作については、含みを持たせたうえですぐに動き出す予定はないことを伺わせた。

また、会見ではインボイス制度が映像業界のフリーランスに与える影響についてどう思うかを質問される一幕もあった。濱口監督は、「嫌だと思う。自分もフリーランスだが、正直なぜ必要なのかわからない。生活の糧をむしりとられているような感覚がある。ハリウッドではストライキが起きているが、そういうことにもつながりかねないのではないかと言いたい」と危機感を表明した。

『悪は存在しない』は日本での公開は、2024年のゴールデンウィーク頃の予定。

《杉本穂高》

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映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。