従来型の製品の機能を伝える広告は大量に溢れ、見られにくい時代になっている。そんななか、重要性を増しているのが、「なぜそのブランドが存在するのか」を示すブランドパーパスであり、生活者との感情的なつながりだ。
一方、映像作品を生活者に届けることも年々難しくなっている。配信プラットフォームは多様化し、視聴体験は細分化した。刺激の強い短尺コンテンツばかりが求められる状況もある。
作品の届け方が難しくなるなか、映画館でも配信でもなく、タクシー車内を上映空間とする新しい企画が動き出した。日本初のタクシー映画祭「TAXIATER(タクシアター)」だ。東京23区内を走行するタクシーで撮り下ろしの短編映画を上映し、8月15日からは池袋・渋谷・下北沢の都内3館での劇場上映も展開する。
仕掛けるのは、株式会社ENGINE代表取締役の久保田徹朗氏と、メインスポンサーとして参加する花王株式会社 作成センター 第1ブランドクリエイティブ部長の簑部敏彦氏。「アタック」「ハミング」「キュキュット」の3ブランドが、撮り下ろしの短編映画3作品と、物語を通してブランドの思いを伝える「ブランドプレイスメント」という新たな手法でタイアップする。
広告だけでは伝えきれないブランドの思いを、映画はどう届けるのか。そして、クリエイターの自由と企業の思いは、どう両立するのか。話を聞いた。
日用品もブランドパーパスが重要な時代
――「TAXIATER」立ち上げの経緯を教えてください。
久保田:一昨年、私が自主短編映画を制作したんですが、そのときの制作スタッフとの会話がきっかけです。2つの課題意識をスタッフが語っており、1つ目は、「お金がないからこそ長編を作らざるを得ない」ということ。2つ目は、「最近の仕事は刺激の強い短尺コンテンツばかりだ」ということです。
――お金がないから長編を作る、ですか。
久保田:本来なら、制作予算に対して、最適な映像尺の映画作品を手掛けることが、映画作品の質の最大化の為に重要な筈です。。しかし、短編映画は上映機会が限られるので、リクープする手段が乏しい。だから、予算が少ないなかで、無理して長編映画を作っていて、現場スタッフはほぼボランティアみたいな状況になっているというのです。私自身は映画業界出身の人間ではありませんが、その話を聞いてなんとかならないかと思ったんです。
2つ目の刺激の強い短尺コンテンツについて、私はその是非について語る立場にはありませんが、スタッフたちもそういうものを作るのは必ずしも本意ではないと言っていたのが、印象に残っています。再生回数の視点でいくと、やはり刺激の強いもののほうがどうしても数を稼げます。
そこで、作者自身が作りたいものを自由に作れる環境はできないかと考えて、花王さんにご協力いただき、「ブランドプレイスメント」という新たなタイアップのあり方と、映像プラットフォームのアルゴリズムを越えた届け方を考えるなかで、タクシーで上映するという発想に至りました。
――花王が参加することになった経緯はどういったものだったのですか。
久保田:企画書ができたのが2年前くらいで、ご一緒いただける企業を探しているなか、イベントで簑部さんとお会いする機会がありました。その後、打ち合わせをさせていただいて、ご参加いただけることになりました。
簑部:我々が扱う製品は幅広くありますが、日用品が主です。たとえばラグジュアリーブランドは、以前からブランドパーパスを重要視しているように思いますが、日用品にもその波が確実に来ており、差別化を図るため、ブランドイメージや、企業としての態度・姿勢は重要になってきています。
弊社のアタックを例にとると「#洗濯愛してる会」というコピーで、洗濯で前向きになれるブランドとして打ち出しており、その姿勢は日々の広告でも伝える努力をしています。ただ、個々の製品の広告は、生活者が期待する機能を伝えることも重要です。一方でパーパスは機能ではなく感情に訴えるものなので、そうした広告だけで伝えきるのは難しい面があります。
そのため、製品の強みを伝える従来の広告と、ブランドパーパスを伝える取り組みの両方が必要だと考えています。後者の手段として、映画の力を借りて3つのブランドそれぞれのパーパスを伝える作品を作りたいと思ったんです。

「ブランドプレイスメント」とは
――消費者とのエンゲージメントを深めるという狙いが、今回の取り組みにはあるということでしょうか。
簑部:そうですね。やはり現代は、ファンダムの熱量はすごく高いですから、我々もそうした共感でつながる輪の中に入っていきたいという思いがあります。
――今は広告が見られにくい時代と言われます。そうした課題意識は花王にもあるのでしょうか。
簑部:それはあります。一方で、今SNSで起きているのは、企業の発信であれ一般の方の発信であれ、面白いものは面白いと受け止めてもらえるということです。
ブランドが存続するための広告コミュニケーションでは、人の心をつかむものを作れるか、そして個別の製品の魅力を伝えられるか、その両方が必要です。ただ、機能などを分かりやすく伝えた方が売れ行きにつながることもあり、そのバランスは難しいところで、今はさまざまな試みをしている状況です。
――製品を紹介することと、人の心をつかむことのバランスが「ブランドプレイスメント」という言葉に出ているように思います。これは「プロダクトプレイスメント」とは、どう異なるのでしょうか。
久保田:プロダクトプレイスメントは、映画作品と企業・製品の文脈が関係なく、特定の製品が作中に出てくる手法です。一方で、ブランドプレイスメントは、映画作品と企業・製品の思想・コンセプトを共有する形で映画作品を制作し、作中で製品の利用シーンまで描くという点に違いがあります。
例えば、アタックは「すべての人の明日に向かう一歩を支える」というブランドスローガンを掲げていますが、登場人物が一歩を踏み出し、未来へと向かっていくその中で、製品の利用シーンが描かれています。

また、今回の3本の短編映画はそれぞれ花王さんに二次利用していただける形になっております。例えば、SNSで発信するのもいいし、公式サイトに掲載してもいい。ある種のブランディングムービー的なムービー的な位置づけで利用できる点もプロダクトプレイスメントとの違いだと思います。
簑部:製品機能を訴求する広告は、その機能に対する期待を醸成するものですが、ブランドパーパスは感情的なつながりを作るものだと思います。映画がブランドの思いを共有できた時、観客にもその感情が伝わる、そういう関係性だと思います。
――感情的なつながりを生み出すプロットや脚本をどのように作っていったのですか。
久保田:広告制作のように最初にオリエンテーションをやりました。広告の場合は、製品の特徴や狙う市場みたいなお話をすると思いますが、今回は、ブランドが掲げる思いなどを制作陣と共有する目的でオリエンテーションを行っています。制作陣には、その思いを汲んでいただいた企画を作っていただきました。
――ブランドの思いを制作陣と共有するのには時間がかかりましたか。
簑部:時間はそんなにかかっていないですね。我々はもともと、パーパスをブランドごとにきっちりと作っていますから、それを伝えるための準備はそれほど必要ありません。シンプルに、普段我々が考えていることをクリエイターのみなさんにお伝えしただけです。みなさん、本当によく理解していただいて、逆にこの短い時間でよくできたなと思います。
久保田:花王さんの掲げるパーパスが、まるで元々映画のコンセプトだったかのような、普遍的でポジティブなものが多いので、映画のコンセプトに落とし込みやすかった面もあると思います。製品の利用シーンがどう描かれるのかといった具体的な部分で議論はしましたが、企画の立ち上げには、そんなに時間はかからなかったですね。そうしたシーンも、あくまでCMではないですから、映画の中で自然と出てくるようになっています。
映画として面白いことが重要
――クリエイター側が作りたいものと、企業側が伝えたい内容との間に齟齬が起きるようなことはなかったですか。
久保田:そうですね。ブランドプレイスメントについて、花王さんとすり合わせをしていただきましたが、それ以外については、とにかく「素晴らしい映画を作ってください」と任せていただいたお陰で、制作陣はかなり高い自由度で映画の企画・コンセプトを検討することができました。
簑部:映画ファンの方々が良いと思えるものにならないと、やっぱり感情的なつながりが生まれないですからね。今回の場合、映画から広告的なものが透けて見えてしまうと、冷めてしまうと思うんです。とはいえ、僕らもブランドの思いは大事にしているので、意味のある製品の使われ方をしてほしいとは思っていましたが、映画の内容そのものについてはほとんど何も言っていません。

――本企画のきっかけを考えると、久保田さんとしては、クリエイターの自由は重要なポイントだったわけですよね。
久保田:そうですね。私自身も内容には口出ししない、ブランドとのつながりさえ実現できていればという感じで、かなりの自由度は実現できたんじゃないかと思っています。
――今後、こうした取り組みを継続される意向はありますか。
久保田:もちろんあります。ご興味を持ってくださる企業様がいらっしゃいましたら、ぜひご一緒したいです。今回の企画は、抽象化すれば、映画館以外の媒体をスクリーンにする、ということをメディアフックにした、対企業向けのメディアプランなので、今回はタクシーでしたが、居酒屋のテレビでもいいかもしれませんし、別の場所にも可能性はあるかもしれません。今後も積極的にこうした取り組みに挑戦していきたいです。
簑部:今回の3つブランドはどれもロングセラーですが、我々が掲げている思いも、映画というフィルターを通した時には受け止められ方が変わると思うので、ポジティブなイメージが広がるといいなと期待しています。売り上げのための広告施策と、ブランドを育て、生活者に愛していただくための施策で言えば、これは後者に当たるもので、こうした取り組みによって中長期的なブランドイメージがどう変わるのか、注目しています。
久保田:映画をご覧になった方々の感動の先に、ブランドの思いがふっと残れば、企業にとっても差別化につながると思っています。今後のためにも、今回の施策以前と以後で、ブランドに対する愛着や、購入意向度などがどう変わったかなどは、ウォッチしたいと思っています。
■作品概要
『世界は美しいと誰かが言った』
主演 久保史緒里
監督・脚本 中川龍太郎
『まるくてしかく』
主演 大沢一菜
監督・脚本 小宮山菜子
『Parallel Parking』
主演 林裕太 / 岸本加世子
監督 長島翔 / 脚本 向井康介
上映時間:80分程度(3作品合計)
上映期間:タクシー上映 2026年8月03日(月)-8月09日(日)
劇場上映 2026年8月15日(土)-8月29日(土)
製作 :株式会社ENGINE
制作 :株式会社青火舎(短編映画『世界は美しいと誰かが言った』)
株式会社キアロスクロ(短編映画『まるくてしかく』)
株式会社maroyaka(短編映画『Parallel Parking』)
協賛 :花王株式会社
衣料用洗剤「アタック」
柔軟剤「ハミング」
食器用洗剤「キュキュット」
■劇場上映スケジュール:https://linktr.ee/taxiater







