ケイト・ブランシェットが主導する「難民映画基金(Displacement Film Fund/DFF)」。避難や亡命を経験した映画作家、あるいは家族などが難民としてのルーツを持つ作家による短編映画制作を支援するこの基金に、ユニクロは創設パートナーとして参加している。
2001年のアフガニスタン難民への衣料提供に始まり、25年以上にわたって難民支援を続けてきたファーストリテイリングが今、なぜ難民とともに映画を作るのか。同社の難民支援を長年牽引してきた取締役グループ上席執行役員の柳井康治氏は、なぜ本業と直接関わらない映画基金に取り組むのか。
基金の第一弾5作品が東京国際映画祭での上映が決まった今、統計やニュースだけでは伝わりにくい難民の現実を、映画の力でどう届けようとしているのかを聞いた。
ユニクロの難民支援のこれまでと課題
――ファーストリテイリングは25年以上、難民支援を続けているそうですが、今回、映画という領域で難民を支援する企画に参加することになった経緯を教えてください。
柳井:当社の難民支援の始まりは、2001年に難民の方に服を届けたことから始まりました。2006年には国連の難民支援機関であるUNHCRと難民支援に本格的に取り組み始めました。さらに、2011年にはグローバルパートナーシップという形で、多角的に難民支援を強化し、もう15年になります。
そうして、支援を続けていくうちに、支援の形は大きく4種類くらいに大別されることがわかってきました。
まずは、紛争や災害によって突発的に難民になった方や、既存の難民キャンプでおきた災害などに対する緊急支援。昨今の世界情勢の悪化による難民問題の長期化とUNHCRの資金不足は大きな課題です。次に、アパレルブランドとして一番役に立てる分野である衣料支援。実際、本当に着の身着のままで国を出て行かないといけないという人が多いんです。そういった方々に、ユニクロの店舗でお客様から預かりした服を選別し、まだ着られる服をUNHCRを通して世界各地に寄贈しています。
そして、難民になりたいと思ってなる人はいません。みなさん、いつかは国に帰りたいと思っていますが、第三国に長期的に避難や定住せざるを得ない時もあります。難民の方々がその状態から抜け出し、第三国で生きていくための自立支援が重要です。私たちはUNHCRと連携して、バングラデシュ・コックスバザールの難民キャンプの中で、難民女性が有償ボランティアとして、継続的に手当を得ながら、縫製技術を身につけるトレーニングを提供しています。最後に、就労支援です。2011年から日本では難民認定を受けた方々を対象に、難民雇用を開始しています。ユニクロは世界中に店舗があるので、日本のみならず、世界各地のユニクロ店舗で難民の方は働いていらっしゃいます。
この中で特に重要なのは自立支援です。難民の約半数は女性と子どもです。自分の置かれている状況を正確に把握することも難しい年齢の子もいるのですが、年を重ねていくと、自分の置かれている状況や将来に希望を持ちにくくなってしまいます。
でも、頑張って技術を身に着けることができれば、国に帰ることができたときに、自分が貢献できる仕事があると思えると希望が持てるようになるんです。すごく苦しい状況にも一筋の光が差すようになります。

こうした難民がおかれている状況や支援の重要性を、毎年6月の「世界難民の日」を通してお話しているのは、もっと多くの方に知ってほしいと考えているからです。メディアで取り上げられる機会は多くありません。そこで、何かこれまでとは違う形でできることはないかと考えていた時に、難民映画基金の構想が立ち上がり、基金の立ち上げの段階から関わっています。
映画には共感を呼ぶ力があります。自分たちでも驚くほどの広がり方をすることがあるので、映画の物語によって伝えていくのもひとつの手段としていいのではないかと思ったんです。
――難民映画基金では、実際に難民としてのバックグラウンドを持つ映画作家を起用していますね。
柳井:はい。これについても議論をして、難民の背景を持つ人以外にも参加してもらった方がいいのではという意見も出ました。例えば、著名な映画監督に参加してもらうとかですね。日本人でも難民を題材にした映画を作っていらっしゃいますし、海外でもケン・ローチ監督やアキ・カウリスマキ監督のような巨匠が難民をテーマにした優れた作品を作っています。
そういう方々が参加すれば、大きな話題にはなると思います。しかし、初年度と2年目に関しては、難民にルーツを持った監督を対象にすることにしました。特に立ち上がりの数年は、この基金の立ち位置や方向性を認識していただくためにも、難民の背景を持った方にしようという話にまとまりました。
本業とかかわりのない映画に支出するということ
――本業と関わりのある衣料支援や雇用支援などは企業としての取り組みやすいと思います。しかし、今回の映画基金は、直接本業には関わりませんが、会社の資金を使って支援されるわけですよね。社内でこうした企画を通すのは、難しくないのですか。
柳井:社内で疑問視されることはありませんでした。難民支援はさきほど申し上げた4つのタイプがある一方で、難民支援の目的を伝えるために、これまではPRイベントやマーケティングの手法で発信してきましたが、映画には大きな可能性があることは、自身の体験もあって、周囲からの理解を得られました。
――こうした企画を成立させるのは一般企業では簡単ではない気がします。
柳井:おそらく、単純に「映画を作りたいです」という話し方だったら弊社でも通らなかったと思います。映画は作りますが、それ自体が目的ではなく、これは難民を背景に持つ監督たちに声を与える機会をつくることであり、難民支援の手段のひとつとして映画基金を用いるという話しをして、理解をしてもらいました。
因みに、映画を作れば、そこに雇用も発生します。難民出身者にも少なからず働く機会を提供できるということでもあり、情報の伝達の他に就業機会の提供も含まれているといったことも説明しましたね。

『PERFECT DAYS』で実感した映画の共感を生む力
――難民映画基金の第一弾で完成した5本は、今年1月のロッテルダム国際映画祭で初上映され、東京国際映画祭でも上映が予定されています。東京でこうした映画が上映されることの意義について、どのようにお考えですか。
柳井:まずは純粋に嬉しいです。「難民の作った映画」として見てもらい彼らの物語を自分事として捉えてもらう、あるいは意識の片隅にでも難民のことを気にかけてもらう。それだけでも意義はあると思います。
一方で、東京国際映画祭のような映画が好きな人が集まる場所で上映されることにも大きな意味があると思っていて、難民が題材であるかに関わらず、面白い、良くできた作品に出会いたいという感覚で見てもらえることもとても大切な気がしています。
世の中で流行っている映画の多くは、社会課題を描いているからというより、お芝居がすごいとか脚本が面白いということから広がっていくものだと思います。むしろ、そういうものとして受け止められる事に期待しているんです。
我々がこの活動を始めたのは、難民の問題を1人でも多く届けたいという想いからです。でも、そのことだけにこだわらない方が広く伝わる可能性があると思っています。「これは難民映画です」と言われて見るより、「これは今一番面白い映画だ」と言われた方が見たくなったり、結果として心に残り続けるんじゃないか。東京国際映画祭がそういう場になるといいなと思っています。
――映画には共感を生む力があり、それがより多くの人に届ける原動力になるというのは、『PERFECT DAYS』の製作で実感されたことなのでしょうか。『PERFECT DAYS』は、THE TOKYO TOILETのプロジェクトを広く知ってもらうために企画されたのが発端でしたが、そのことよりも純粋に良い映画を作ろうという想いが先行したから、世界に広まったというような面がありますか。
柳井:そうですね。そのことを実感したのは大きいです。『PERFECT DAYS』は当初、短編企画というアイディアでした。トイレを作ってもそれを清潔に保ってくださっているのは、清掃員の毎日の努力です。そのことを伝えたくて企画したわけですが、長編になる事を決めた段階で、そうしたメッセージを全面に出すコミュニケーションは諦めました。
制作中も、共同で立ち上げた高崎卓馬さんとも「ヴィム(・ヴェンダース)がトイレを撮りたくないと言ったらどうする?」という相談をしていたんです。
結論としては「それでもいい」というものでした。トイレを撮っていないけど、清掃員が日々やっていることが感じられる作品になっているなら、それでもいいのではないかと。ヴィムや役所広司さんがそれでも本質が描けていると判断したのなら、口をはさむ必要はないと撮影前に話し合って決めていました。
難民映画基金の発想もそれに近いものがあります。
難民にルーツを持つ人に映画を作るように依頼し、こちらからはどういう内容にしてほしいとは口を出さず、撮りたいように撮ってもらえればいいと思っています。その方の想いが作品に定着すれば、おのずと難民に関する「何か」が伝わるはずです。
もちろん、伝わるかどうかは観る側のタイミングやシチュエーションにもよると思いますが、伝わった時に、どれだけのものが人の心に残るかに違いが出るものだと思うんです。

――難民映画基金の今後ですが、完成作品をどのように展開していくのですか。
柳井:まさに今、そのことについて話し合っている最中です。第一弾、第二弾ともに素晴らしい才能を持った方々が集まってくれましたから。できるだけ多くの人に届けたいと思っています。
配信で展開するのもいいと思っています。第二弾には、Netflixで人気のシリーズを抱えているモハメド・アメルさんのような有名クリエイターも参加しています。多くのファンを抱えている人でもありますから、新作を心待ちにしている人もたくさんいると思いますし。
――それぞれの作品の著作権は、作家自身が保有できる上、基金の方でも展開を後押ししていくことになるのですか。
柳井:そうですね。5作品をコレクションで打ち出すのも、それぞれの作品が評価されることも大切なので、そのためのいいバランスをうまく見つけていきたいと思っています。






